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 シドの両親は二人とも『紋章』の研究者だ。

 『紋章』とはフェリス国の国民が使える、他国とは一風異なっている魔法のことだ。

 本来、魔法とは自身に宿っている魔力を言葉に乗せて、『どの属性』を望み、『どんな形』であることを定義づけ、『どこまでの範囲』かを指定し、『魔法の存在を肯定する』ように名前を言わなければ発動しない。簡単に言えば呪文を唱えたり、呪文を物に刻まなければ発動しないのだ。

 そのため、他国の魔法の殆どは魔力を維持しつつ呪文を唱えなければならないので、魔力量がある程度なければ魔法が発動しない。なので、魔法を使うのは難しいとされている。


 しかし、フェリス国民には『紋章』と呼ばれる植物の蔓や花の形や、盾の形の中にグリフォンや月などの模様が入ったものなど、様々な模様が一つ稀に二つ、十五歳から十八歳の間に身体のどこかに現れる。

 時折、生まれたその時に現れる者もいるらしいが、それらは大抵が本人を守護するお守り的な魔法が常時発動するものが多いので、『紋章に愛された子』と呼ばれることが多い。


 『紋章』は人によって異なり、魔法の補助や常時発動魔法的な意味を持っている。

 たとえば『火』や『水』といった意味の模様を持っているとすると、その『紋章』に付随した魔法が簡単な言葉とイメージで使えるので、詠唱などは短くてすむ。 


 但し、『守護の紋章』など常時発動しているようなものの場合、たとえば『小さな幸せ』などを意味するものだった場合は、本人の意思に関係なく、カフェに入ってコーヒーを頼んだら、クッキーがおまけについてきた。といったような、ささやかな事が人より頻繁に起こったりする。


 フェリス国民だけが使えるこの魔法は、初代の王がフェリス国を守る守護女神と契約した恩恵で使えるようになった、と言われているが、誰がどの『紋章』を得られるのかは決まっておらず、血族で代々受け継ぐような『紋章』もあれば、一代限りの『紋章』もある。貴族は受け継ぐ『紋章』を持つ者が多く、平民は大体が一代限りの『紋章』を持っている。

 しかし、『紋章』にはまだ謎が多く、貴族の直系でも受け継ぐ『紋章』が出ないときもあるし、貴族の『紋章』に似た模様をもつ平民が現れることもある。そのため、『紋章』の模様はどんな恩恵をその国民に与えているのか、『紋章』の意味とは一体何なのか等ということを国をあげて研究している。


 シドの母親はフェリス国民なので、『紋章』を持っており、『紋章』の模様の解読に熱心な女性だった。父親は、外国の少数民族の出だが、先祖にフェリス国から嫁いで来た女性がおり、その女性が『紋章』を使い、呼吸をするように魔法を使ったと小さいころから聞かされ、『紋章』に憬れてフェリス国に留学して来た経緯を持つ。


 その後、『紋章』の発生条件を研究しようと、『王立紋章研究所』に就職した際、たまたま同じ時期に採用されたシドの母親とお互い一目で惚れ合い、結婚した。

 長男のシドを含め六男一女を儲けたあとも、二人は精力的に研究を続け、五ヶ月前に、フェリス国の国境近くで見つかった遺跡に『紋章』らしき模様が壁にいくつも描かれているのが発見されたので、研究のため子供たちを残して旅立っていった。それから二ヵ月後に他の研究仲間もいた遺跡の一室で、シドの両親たちだけが、忽然と姿を消した。部屋の奥の壁の『紋章』の模様を解読していた最中だったらしいが、未だに二人の消息は不明。

「……まだ、見つかったと言う手紙は来ていないです」

 肩を竦めて言うと、バーフィアは気の毒そうな顔になって軽く俯いた。

「そう……」

 囁くほど小さな声で答えるバーフィアは、顔は怖いが心根は優しい。シドの両親が早く見つかることを心から願ってくれている。

 そんな、兄(姉?)のような存在に、シドは心からほっとする。両親がいなくなってから、長男である自分がしっかりしなければと思い、下の兄弟達に不自由をさせまいとお金を稼ごうと仕事をするも、なんども『不幸』が起こりクビになってしまい、未だに、最後まで成し遂げた仕事がない。それでも、仕事ができるのはバーフィアがシドの境遇を知って、いろいろと便宜を図ってくれてくれているからだ。おかげで、仕事が途切れたことがない。感謝してもしたりない。


 口で言うのは恥ずかしいので、一度も言ったことはないが、まともに一仕事できたら言ってみようかと考えているのは、絶対にバーフィアには内緒だ。


「まあ、母さんたちは職場の同僚の人たちが頑張って探してくれているから、信じて待つよ」

 本当は、すぐにでも現場に行って、自分で探したい。両親が一度に行方不明になるなんて、今も信じられない一心だ。だからといって、行って出来ることがあるわけでも無いのはシドは重々承知していた。


 両親の失踪は、両親の友人で一緒に遺跡に行った同僚が、真っ先に知らせてくれた。その人の事は、シドも小さいころから知っている。冗談でも、人が行方不明になったなどと言うような人ではなかった。だから、両親は行方知れずだ聞かされたときは、実感はなかったがそうなのだろう、と頭の片隅で納得してしまった。


 そして次に思い浮かんだのは、これから先、兄妹たちとどう暮らしていけばいいのかということだった。両親は国の研究所に在籍しているために。貯えはそこそこある。だが、稼ぐものがいなければ、減っていく一方だ。

 その後、知らせてくれたその知人の同僚は両親の捜索状況を律儀に二週間に一度は手紙で教えてくれるが、手がかりも見つかっていない、と書いてある手紙がずっと続いている。


 できることを、するしかない。

 シドはそう言い聞かせて、この三ヶ月間頑張っていた。


 長男の自分が取り乱せば、一番下の兄妹は歳が最近五つになったばかりの子だ。すぐに不安になって泣いてしまうに違いない。だから、シドは両親がいきなり帰ってきても問題ないように、家と兄妹を守っていかなければならない。それに、親がいつ戻ってくるか判らないから、貯えをあまり使わないようにして、生活しなければならない。


 十五歳になれば斡旋所は利用できるので、シドは長男の義務に突き動かされて、学校に休学届けをだし、仕事を始めたのはいいが、成果はあまり芳しくない。


 とある家庭の草むしりをすれば、どこからともなくやってきたウサギに庭を踏み潰されて仕事はそのまま僅か一時間終了になり、とある店の前を掃除する仕事をすれば『紋章』の練習をしていた人がなぜか大量の土を召喚してしまい、店自体を土まみれにしてしまい、専門の業者を呼ぶことになり三十分で仕事が終わるなど『不幸』の連続で直ぐにクビになってしまい、おやつ代がなんとか稼げている程度だ。


 このままでは、貯金を食いつぶしていまうのでは、と内心戦々恐々としている。

 そして今日も、隣町の商店街で荷運びの仕事を請け、倉庫から商店へ僅か数メートルの距離を荷物を持って運んでいたら、近くの生肉加工場から必死の形相で逃げてきた鶏たち二十羽ほどに、どういうわけだかシドだけが狙い済ましたように踏みつけられ、蹴飛ばされ、ちょうど持っていた荷物を放り投げて倒れてしまった。荷物は当然、地面に落ちた。


 落ちた荷物がまた厄介なもので、壊れやすい陶器の皿が五十枚。すべて粉々になった。

 幸い、近くにいた別の商店の人が決定的瞬間を目撃していてくれたおかげで、生肉加工場が鳥を逃したのが悪く、シドに非はないといってくれたので、荷の弁償はしないですんだが、荷物を壊してしまったことへの罪悪感に襲われ、青ざめたシドの顔を見た店主がこれ以上の仕事は無理だと判断し、今日も僅か二時間で仕事がクビになった。


 シドの『不幸』はあまりにも荒唐無稽もしくは笑えるものが多く、シドに非が無いのは直ぐに判断できるものばかりだった。そのおかげで、今まで仕事がクビになっても責を追ったことは殆ど無い。だが、シドの所為だといい、怒る店主もいた。そのたびに、シドの心はへし折れそうになったが、そのつど、兄妹のために、と言い聞かせ、これまで仕事をしてきた。


 それでも、不意に自分が働くことで相手に迷惑をかけているのではないだろうか、と落ち込んでしまうことがある。

 自分のやっていることは正しいのだろうか、と。


 どうでもいいことだが、鶏たちは半数は暫くしてつかまったそうだが、今もって十羽近くが逃走中だそうだ。

 シドは仕事が無くなったその足で、仕事がクビになったことの報告と他に仕事がないかと、この『カーネリアン職業斡旋所』に来たのだった。

 ゆっくり歩いたおかげで、大分気持ちの整理はついたのだが、先ほどのバーフィアの一言がぐさりと軟くなっていたシドの心に突き刺さった。

 バーフィアはシドの心情を知ってか知らずか。しんみりした雰囲気から一転し、『不幸』の追求を止める事はなく、追い討ちをかけに入った。

 俯いていたはずのバーフィアは顔を上げ、口角を上げて恐ろしい表情だがワクワクといった気配を醸し出しながら口を開いた。

「ところで、話は元に戻るけどぉ、今回はどんな『不幸』でクビになったの?」

 両親の無事を願ってくれている良い人なのだが、この趣味だけはいただけない。シドはぐっと言葉を詰まらせた。

「…………ふ」

 シドは額に青筋が浮かびそうなほど、顔面に力を入れてとりあえず笑みを作ってみることにした。ここで怒れば、この自称乙女は自分が被害者だと言わんばかりに、くねくねしながら乙女的な動作で泣き出す。

 あれは、例えこいつが良い奴だと判っていても、二度と見たくない。一度見たら、五日は悪夢として現れる恐怖の一場面だ。

「鳥さんに踏まれたのは判るんだけどぉ。エリー、詳しく知・り・た・い・な?」

 足を内股にして、腰を右に傾け、てへっ、と言わんばかりに首をかしげた。

「ぐへぁ!」

 また、室内のどこからか奇妙な悲鳴らしきものが聞こえたが、いつもの事なので、シドは気にしない。気にしたら、きりが無いとも言える。


「…………そのままその首、曲げて折ってやりたい」

 心の底から湧き出した黒い何かとともに、低く呟いてしまった。

「シドちゃん、ひどーい。乙女に向かってなんて言い草なのー!」

 バーフィアはひどいひどい、と連呼して内股のまま、身体をくねくねさせて瞳を潤ませた。両方の拳は口元だ。

(しまった! うっかり心の声が漏れた。普段は親身になって言い人なんだけど……。これは、放っておくとめんどくさいな……)

 自称乙女の扱いは難しい。

 心の声は口から出さないようにしないといけない、と自分を戒めるように一度深呼吸をする。

「あのですね、バーフィアさん。人の『不幸』を聞いて、なにが面白いんですか?」

「えー? 人の不幸は、み・つ・の・あ・じ」

 バーフィアは右の人差し指をシドの顔の前に持ってきて、言葉に合わせて左右に振って、最後にちょんとシドの鼻を触った。


「ふげんっ!」


 奇声を発したのはシド自身だった。背筋がぞぞっとして、反射的に後ろに飛びずさる。ドン、とぶつかったのはハート型のガラス窓がついている入り口の扉だった。

 シドがぶつかったことで、バーフィアは今、気がついたと言わんばかりに鋭い目を見開いた。

「あら、やだ。あたしったら、シドちゃんが来てくれたのが嬉しくって、入り口で話し込んじゃったわ。さ、シドちゃん。お客様の邪魔になるから、あたしの部屋でじっくり、ゆっくり話し合いましょう?」

「ま、間に合ってますっ!」

 思わず身の危険を感じて叫んでしまったのは、決してシドの落ち度ではないはずだ。

 バーフィアはにじり寄りながら、そんなシドに向かってさらに凶悪に笑いかける。

「じ・つ・は、シドちゃんにぴったりの良い仕事があるんだけどぉ~。あたしの部屋じゃなきゃ話せないような内容なのよぉ~」

「え?」

 『不幸少年』にぴったりな仕事が、この世に存在するだろうか? 

 シドは一瞬バーフィアの言っていることが理解できなかった。


「ぼ、僕にできる仕事?」

「そう。不幸が起きても生き延びられる、そんなシドちゃんだからできる仕事よ」

 バチン、とウィンクして肯定するバーフィアに、シドは「ひぅ!」と喉から変な音が出た。

「なぁに、ちょろいヤマよぅ? ただの、掃除係ってやつ? シドちゃんならきっと生還できるわ。がっつり稼げるわよ~」

 一部妙な表現が入っていたような気がしたが、稼げると言う言葉に、渡りに船とばかりにシドは目の色を変えた。

「ほ、ほんと?」

「ほんとよほんと。ちょっと荒れている、とある貴族のお屋敷の掃除と、もしかしたら屋敷に住んでいる坊ちゃんの話し相手もしないといけないかなぁ、っていう感じの簡単なお仕事よ~。ささ、あたしの部屋にいきましょうねぇ~」

 逃がさないぞっ、と言わんばかりに腕をつかまれ、シドはずるずると事務所のさらに奥にある所長室へと引っ張られていく。その光景は、まさに山賊に誘拐されていく子供のようだが、室内にいるものは誰も何も言わない。


「いろいろなものを深めるから、じゃましちゃや~よ~」

「は? いろいろってナニを!」

 所長室に入る寸前に、所長は事務所の職員に念を押して、うふん、と恐ろしい笑みを振りまいた。心得たもので、受付で天使の笑顔を常時貼り付けているお姉さんたちは、バーフィア所長の魘されそうな顔を直視しても、にっこり笑顔を崩すことなく、全員そろって綺麗に頷いた。

「ちょ、ほんとうに、仕事の話だけで勘弁してください!」

「ほほほほー! 聞こえなーい」

 叫ぶことしか出来ないシドは魔の所長室へと引きずり込まれ、扉は無常にも閉まった。

 その直後、所内のそこかしこで安堵のため息が漏れた、というのは二時間後にシドがぐったりと所長室から出てきた後に受付のお姉さんから聞いたことだ。

 所長室で仕事の説明を請けた以外のことは、口に出したくもない。

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