5-3
真ん中の大きさの子が冷静な観察眼をシドに向けた。シドはじっと見られ、居心地悪げに眉を眉間に寄せて困った表情になった。
「馬のお化けかどうかは判りませんが~、ここら辺では見たこと無い人ですね~。誰ですか? お兄さんは~」
口調とは裏腹に、知らない人への警戒感を滲み出している。シドは、寄せていた眉を解いて平素の顔になった。
「シドだよ。さっきも、言ったけど、今日からこの屋敷で掃除係として働くんだ。君達はこの辺りの子かな?」
警戒されているのを肌で感じたシドは、ことさらゆっくりと言葉を話し、にこりと笑った。
「……そうで~す。僕はアーロウ。西地区の大店に淑女に人気の香水瓶や小物入れなどを収めている小間物屋の子でーす。あ、でも、家は中堅どころですのでうっかり誘拐してもそんなに身代金はだせませんよ~。何せ僕、五人兄弟の末っ子ですから~」
「そ、そう」
アーロウは眼鏡をかけ、おっとりとした口調で、一見のんびりしているように見えるがよくよく言葉を聞いていると、かなりしっかりした子のようだ。
シドは、もしかして犯罪者と思われているのだろうか、と思わないでもなかったが、無難にぎこちなく頷くだけにとどめた。
「ふん。こいつん家はおんながすきそうなブラシとか鼻が曲がりそうな変なにおいがする瓶とかいっぱい売ってるから、いつまで経ってもなまっちろいんだ。俺はキーザ。俺ん家はこの東の端のクリソベリル町の町人の胃袋を預かっているといってもかごんじゃねー、クリソベリルん所のファーゴット食堂といやぁ、毎朝レーネ川から取れた魚の料理が評判なんだからな!」
一番大きな子供はふんっと鼻息荒く、両手を腰に当てて胸をそらしながら自己紹介をした。
「ぼ、僕はウィンだよ。そこの染物屋のその長男で、えっと、その、お姉ちゃんがいるよ?」
最後に、名前がわかっていた一番小さな子がそこ、と屋敷の向かいの竹ざおに干されていてた色とりどりの染物の家を指差しながら、おどおどした口調で言う。シドは、中腰のままウィンの指した方に顔を向け、先ほど見た場所の子かと内心微かに驚いた。
三人の子供達のほうに顔を戻し、シドはにこっと笑い、中腰を辞めて背をぴんと伸ばしてから言った。
「アーロウにキーザにウィンだね、よろしく。僕はマリシアン町からきたんだ」
「よ、よろしく」
「へんっ。よろしくしてやってもいいぜ!」
「はい~。よろしくおねがいします」
子供達はシドの名前とどこから来たのかが判明したからか、どこかほっとした表情になりながら、それぞれ挨拶をした。
「……そういえば~。シドさん? さっき、このお屋敷で働くとか言っていましたけど~。本当ですか~?」
「え、うん。ほんとうだよ」
質問の意図が良くわからなかったシドは、こくんと特に考えもせず肯定するように頷いた。
「で、でもでも、ここは幽霊さんがいるんだよ! ま、まさか、幽霊さんが雇い主……」
ウィンは今にも泣きそうな震えた声だ。両手を首の辺りまで上げ、拳を握っているがぷるぷると震えている。目には涙が溜まっていた。
「幽霊じゃななくて、本当に人が住んでいるよ」
小さい子をなかす趣味はないシドは慌てて、ウィンの不安が不要の物だと言いつくろうが、今まで黙っていたキーザが後ろ頭に手を組んで不満そうな表情で言う。
「うっそだー。ウィンは幽霊見たって言ってたんだぜ。なあ、ウィン。このおっさんに教えてやれよ」
「お、おっさ……」
キーザの爆弾発言に、くわっと目を限界まで見開いてシドは絶句するしかなかった。
「う……うん」
シドの呆然としている態度をびくびく上目遣いで見つつも、ウィンは遠慮がちに口を開いた。
「あ、あのね。ぼく昨日みたの。夜ね、おトイレに起きたとき、お屋敷のほうを見たら火の玉がみっつもユラユラ揺れていたの。……それに、それに、その火の玉……笑ったの! 本当だよ! 火の玉が揺れるのと一緒に不気味な笑い声がいっぱいしたんだから!」
話していくうちにその時の恐怖を思い出したのか、ウィンはぶるぶると身体を小刻みに震えさせた。
「……でも、朝になってお姉ちゃんに言ったんだけど、寝ぼけたんだろうって信じてくれなかった……嘘つくなって、言われた……」
ウィンはしゅんと下を向いた。
「ひでー、ねーちゃんだろ? ウィンは怖がりだけど、嘘は言わねーやつだからな。だから、俺ら幽霊の正体を突き止めてウィンのねーちゃんにしょうこをつきつけてやろうと思って、屋敷をていさつしていたんだ。な、アーロウ」
キーザが胸を張って言うと、アーロウも同じく、とこくりと頷いた。
「はい~。『魔物の正体を見た人はいつも大きく報告する』って言いますけど~。やっぱり気になりますよね~。男の子は、夢とロマンを追いかけるものなのです~」
アーロウは拳を空に上げて、おー、と今にも声を張り上げんばかりにメガネの奥にある瞳をキラキラと輝かせた。
ウィンは友達に恵まれているようだ。二人の言葉を聴いて、怖がっていたウィンは顔を挙げ嬉しそうに、どこか照れくさそうにはにかんだ。
どうやら、怖がっているのはウィンだけのようだが。残りの二人、特にアーロウは幽霊を見つけたら捕まえて標本にでもしそうな勢いを感じた。
三人の話しを聞いていたら、だんだんと自分に言われた呼称への衝撃も薄れてきた。シドは、腰に手を当てて苦笑した。
なんだか、懐かしい感じだ。自分も小さい頃は良く次男のランカと一緒に近所の散策を探検と称して色々と歩き回った覚えがある。
ああ、男の子が一度は通る道だなぁ、と懐かしみつつ、しかし、とシドは思った。アーロウの言った『魔物の正体~』云々はフェリス国の諺で、怖い怖いと思っていると些細なことも恐ろしく思ってしまうという様な意味で使われる。つまり、アーロウはウィンの見た幽霊が大げさに言った何でも無いことかもしれないけど、もし本当に幽霊だったら見っけもんだと、さらっと言っているわけだ。
将来、強かな人物になりそうな子供にシドは苦笑いしか浮かばなかった。
「そっか。覗き込んでいた理由はわかったけど、ここは本当に人が住んでいるから、もしかしたら、その人がランプを持って真夜中に庭に出ていただけかもしれないよ」
「えー。こんな荒れた所に人が住んでいるわけ無いじゃん」
不満げな声を出すキーザ。
シドは、困った表情で頭を掻いた。大分昇った陽の光に照らされて、ぱらぱらと銀の髪が煌きながら元の位置に戻っていく。
煌いた銀の髪に惹かれるように、ウィンがじっとシドの髪を見ていた。
シドは少しかがみ、両の膝に手をついて、三人を視界に入れる。そして、幾分真面目そうな顔を作って、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を話した。
「君達、この屋敷は本当に人が住んでいるから、勝手に入っちゃだめだよ。見つかったら怒られるからね」
わかった、と念を押すように聞くと、三人はそれぞれ顔を合わせ、やがてシドのほうに顔を向け、しぶしぶといった表情で、こくこくと頷いた。
子供達の反応に満足げに笑みを浮かべ、シドは膝から手を離した。丁度そのとき、鐘の音が鳴り響着始めた。
「やばっ!七つの鐘の音だ」
初日から遅刻は厳禁だろう。シドは慌てて子供達の前から走り去る。
「入っちゃだめだからねー!」
一度後ろを振り向き、子供達に再度注意を促してから、数十歩先の門扉にあっという間についた。
急いで門扉の片方を人一人が滑り込めるくらい開いて身体をするりと潜らせ、また門扉を閉める。そのまま、わき目も振らずに屋敷のほうへ一直線に走っていく。
その後姿を、いつの間にか後をつけて門扉の前に来た子供三人が見ていた。
「あの人~、やっぱり、幽霊に雇われているんじゃぁ……」
「えー! 怖いよー!」
「じゃあ、幽霊がいるのか…………」
シドの背後から子供特有の高い声が、風に乗って途切れかかった状態で聞こえてきた。
(やっぱりこの外観じゃ、何を言っても無駄そうだ……でも、住んでいる人を思えば屋敷の中から掃除かなぁ)
子供達の声は、シドが屋敷の中に入るまで、途切れ途切れで風が運んできていた。




