5-2
「ああ、恥ずかしかった」
朝の薄暗い中で人に出会うと、何も悪いことはしていないのに、なんだか居た堪れない気分にさせられる。
(明日からは、普段着で来て、屋敷で着替えさせてもらえないか聞いてみようかな?)
シドは小走りの所為だけではない頬の熱を感じながら、眼前に職場となった屋敷を確認した。
屋敷の周りには灰白色の石造りの家と赤レンガの家が雑多に立ち並んでいた。屋敷の前の家並みの向こう側のすぐ傍に川が流れており、川の向こうが西の商業地区だ。その商業地区で働いている者や、西地区に店は持っていないが、品を個人的に作り、卸している者の工房で構成されているのがこのクリソベリル町の特徴だ。町のあり方もまた独特で、屋敷の部分だけぽっかりと広い土地が鉄柵に囲まれ、その周りに家並みがあり、他の町のように、店が集中して出来ている商店街というものは無く。町全てに店が点在した、町自体が商店街のような形をとっている。かといって、八百屋や肉屋がばらばらに店を構えているわけではなく、この辺りは食に関する店、この場所は布生地などの裁縫に関する店と似通った店が二三軒固まって商いを行っている。
家一軒分の幅と馬車が通れるほど広い道幅分離れているが、川の流れの音が良く聞こえる。
シドはその川の音色を聞きながら、深呼吸を一度した。屋敷に入る前に、乱れた息を整えようとしているのだ。
屋敷の門の前は丁度、工房の裏口ようだ。赤や黄色といった色とりどりに染められた布が裏口付近に作られた三列の竿にかけられ、何枚も風に吹かれている。一列ほど道にはみ出ているが、そこは近所付き合いの難しいところ。見てみぬフリををしているのだろうか。
どこの近所付き合いも似た通ったかなのかな、とシドは苦笑した。
その隣からは朝食だろうか、野菜の甘い匂いが漂っていた。その甘い匂いに鼻腔がくすぐられながらも、シドは自分の職場となった屋敷のほうへ視線を向けた。
朝から、とってもどんよりしている幽霊屋敷にシドはふっと口元を笑っているようで笑っていない、歪めるようにへの字にした。
この幽霊屋敷が、本当に綺麗になるのだろうか、と近くで見るとますます不安になってくる。
シドは軽くため息をついた。
仕事の開始時間より大分早く来てしまったので、門扉までのほんの数百メートルをことさらゆっくりと歩いていく。『響く鐘』が七つの音を奏でるまでに屋敷に来ていればいいといわれているのでまだ余裕がある。いっそのこと、どこかで時間でもつぶそうか、と考えつつ歩いているシドの前方に小さな塊が三つ見えた。
近づいていくと、その塊は子供達だと分かった。
下段が黒っぽい赤レンガで上は鏃のように尖がった鉄柵に屋敷は囲まれている。その鉄柵は何年も放置されているため、蔓や蔦が縦横無尽に伝って敷地内を見れないようにしていた。三人の子供達はそれぞれ鉄柵や蔓を掴み、敷地中を覗き込んでいた。
「なあ、見えるか?」
「う~ん。良く見えない。ウィンは?」
「ね、ねぇ~。やっぱりやめようよぅ」
ウィンと呼ばれた三人の中で一番小柄な少年は泣き出しそうな声で、他の二人の方に顔を向けて声をかける。及び腰で、蔦に一寸だけ指の第一関節辺りを引っ掛けているだけだ。
「なに言ってんだよ! お前が、幽霊を見てこわかったっていったから、俺達が正体を突き止めてやろうって言ってんだぞ!」
ウィンの弱気な発言に、鉄柵に顔をはめ込む勢いで覗いていた一番大きな子供が、屋敷から視線を外した。鉄柵を両手で掴んだまま背をそらし、真ん中にいる子の先にいるウィンに向かって怒ったような口調で反論した。
「そうだよね~。ウィンの家がこの幽霊屋敷と一番近いんだから、うっかり幽霊に連れ去られたりしたら、こまるよね~」
「つ、連れ去られちゃうの! やだよ~」
真ん中にいた子ののんびりした口調だったが、物騒な言い分にウィンはとうとう涙を目に浮かべ、今にも泣き出しそうになっていた。
子供たちの話しを聞いていたシドは思わず、「ふっ」と笑ってしまった。
シドの笑いが聞こえたのか、大中小の背の順の三人が、ばっとシドの方に気がついた。
「ん? 何だよお前!」
「? ここら辺で見かけたことの無い人ですね~?」
一番大きな子が警戒したような表情でシドを値踏みし、中くらいの子がのんびりと首を傾げた。
「わあ~。銀色の髪だ。めずらしーね」
先ほどまでの涙目はどこにいったのやら、一番小さなウィンは珍しいシドの髪に大きな瞳をぱちくりさせた。
「おはよう。僕はシド。君達が言っている、幽霊屋敷で今日から働く者だよ」
シドは苦笑したまま、ゆっくりと三人に近づいて自己紹介をした。
「ゆ、う、ゆうれい!」
大きな子がビシッとシドを指して叫ぶように言う。
「いや違うよ。本当は、この屋敷、幽霊屋敷じゃないから」
腰を軽くかがめ、噛んで含むようにゆっくりと子供達に聞かせる。その時、しゃらんとシドの尾っぽのように長い、刺繍された布に包まれた銀の髪が肩から流れて、先が地面すれすれ近くの所まで落ちた。
子供達三人はぽかんとした表情で呆けた。
「あれ? どうしたの?」
子供達がどうして目を見開いて絶句しているのかが判らなかったシドは、かがんだ姿勢のまま首をかしげた。それに釣られて、長い髪も揺れる。
「やっぱり幽霊だ!」
三人の中でリーダ格の男の子がシドを指差して言う。
「いえ、朝日を浴びても透けていないので幽霊ではないと思います~。……吸血鬼とか?」
「……いや、人間なんだけど」
別の子供にのんびりとした口調で人外発言をされ、シドはちょっと傷つきながら反論した。
「そもそも、吸血鬼は日の光が苦手だって物語で読んだ覚えが……」
「そうだよ。この人は、きゅうけつきでもないし幽霊でもないよ」
一番小さい子が、シドの反論を補うように、最後の言葉から被せて興奮気味に話し出す。
「そうだよ。僕は父親の異国の血が出ているだけの……」
小さな子の援護にシドは気をよくして、何度も頷きながら自分の出自を明らかにしようとしたが、それより先に小さなウィンがシドの正体を明かす。
「この人は、お馬のお化けだよ! だって、銀色の綺麗な尾っぽがあるもん!」
ものすごく、きらきらした純粋な眼差しで、シドは見上げられた。
「…………」
シドは微妙な顔をした。
目つきが鋭いと言われたことはあるが、馬面っぽいとは言われたことが無い。
なのに、馬? よりによって馬。
別に、シドは馬が嫌いなわけではない。むしろ、どちらかと言えば好きな部類の動物だ。鳥や牛と違って踏みつけられたこともないし、角に引っ掛けて連れて行かれたこともないというなんともシドらしい理由だが。




