4-2
自分の不幸は三つの頃からの付き合いだ。だからといって、「そんなものだ」と気にしないようにするのは難しい。自分が鶏に踏みつけられるのは別にいい。正直、慣れた。
それに、怪我をしないようにうまく避けられる技量を身につけたのはちょっとした自慢だ。だが、誰かをそんな『不幸』の所為で傷つけるのは嫌だ。もともと、『不幸少年』と呼ばれ始めたのは、『不幸少年』の所為で『不幸』になる人間がいるという噂が立ったからだった。真実では無いにしろ、その噂の所為で、心無い言葉を投げつけられたことがある。その言葉を聞いて、シドは一時期自分の家族にさえ、会うのが怖くなったときがあった。
自分の部屋に篭って、誰にも会わないようにして、それでも、もし、部屋の扉を開けて入ってくる人がいたら、その人が絶対に『不幸』な目に遭ってしまう。そう信じきっていた。
だから、誰も自分に近づかないで欲しい。
心配と最悪な想像をしては、自分の心臓の激しい鼓動だけを聴いて過ごした。
そんなシドを笑い飛ばしたのは、母親だった。
シドが部屋の隅で丸くなっていると、母親が近づいてきてシドの頭に触れて言ったことを、シドは覚えている。
『いつまで、しょぼくれているのよ。……なぁに? 巻き込まれる人がいるのが怖い? だったら、巻き込まないようにすればいいでしょう? 危ないと思ったら、人のいないところに走ればいいのよ。それに、あんたの『不幸』って傍から見ると面白いのよね。いっそのこと、面白い不幸に遇いなさい。それで、笑いを取るのよ。そうすれば、誰もあんたの『不幸』を怖がったりなんてしないわよ。いっそ、芸にしちゃいなさい! おもしろかったら、私は大笑いしてあげるわ』
ほほほほほ……、と本気で落ち込んでいた息子を軽く笑い飛ばしてくれた。腹が立つやら、目からうろこが落ちるような衝撃に出会ったようやら。
シドはそのときから、自分の『不幸』とどう付き合えばいいのか判った様な気がした。だからといって、ずっと『不幸』のままでいたいとは思っていはいないが。
今では、母の助言といえるか判らないお言葉のおかげで、『不幸少年』という名称は可笑しな不幸に巻き込まれる可哀想な少年という感じで使われている。シドは、その意味合いも少々複雑な気分で聞いているが、悪い意味に捉えられていないだけ、まあいいか、と思えるようになった。
シドはヴァリアスに出会ったときに感じたことがあった。ウィルフズ家に行ってそれが形になっていったような気がした。それが何かはまだ名前がつけられないが、これだけは言える。
傍で笑っていてくれる人が、ヴァリアスにはいない。
それがどんなに辛いことか、シドには身に染みてわかっている。
バーフィアは「不幸と不吉が出会ったら……」なんて言っているが、きっと、『不幸』にあっても笑っている自分を、笑わない『不吉伯爵』の傍にいさせて、笑わせようとしているんじゃないか。シドはそう、勝手に判断していた。
だからこそ、シドはこの仕事をやりたいと思った。
「……一度受けたからには、やるよ」
(いつまで続くか判らないけど……)
自分がどんな騒ぎを起こすか身にしみているシドは、心の中で付け加えた。
シドの言葉に、ランカは不満そうだ。
「責任感があるのは判るけど、命は一つしかないんだよ兄さん。唯でさえ、兄さんの不思議な現象で兄さん自身が怪我をしたりすることが良くあるのに、不吉と呼ばれている人の元で働くなんて……」
「……大丈夫だよ。案外、僕の不幸現象のほうが強くて、大怪我するようなことは起きないかもしれないよ。ほら、僕の不幸は死にそうな怪我を受けたことないし」
自分で言ってて、ちょっと悲しくなった。
改めて、『不幸』の数々を思い出してしまった。死にそうな目にあっても、死に掛けるような怪我をしたことが無いのは唯一の救いだろう、と心の中で呟いた。そうしないと、諸々の嫌なことが溢れてきそうだった。
「……三日、でしょうか?」
「……不吉と不幸で一日持つか、ですよ」
「? 何を言っているんだ?」
おとなしく次男と長男の会話を聞いていた双子が、ポツリと言った。シドは意味がわからず、首を傾げた。
「ライ、レン。不謹慎だよ。せっかく兄さんが頑張るって言っているのに。言霊って知ってる? 言うと本当にそうなるんだよ」
ランカが双子を注意したところで、何を言われているのか、ピンと来たシドは脱力した。
(お、弟達にまで……)
いや、某乙女のはずの所長よりマシか。
どっと疲れた気分になったシドは大きくため息を吐いた。
「……ほら。兄さんだって呆れているじゃないか。まったく、だめだよ。たとえ話でも、半日しか持たないかも、とか、三時間後に不幸にあってお屋敷大破、とか、言ったりしたら」
「……………」
呆れてはいません、とは言えなかった。
地味にランカが一番ひどいと思ったシドは、僕は長男だから、と自分に言い聞かせて、何も反論はしなかった。そんな自分を褒めたいと思ったのは当然の節理だと思う。
「さすが、ランカ兄さん。とどめを刺す優しい系腹黒」
「感服します、ランカ兄さん。我が家のとどめ、自然派腹黒」
おー、と息ぴったりに感嘆の声をあげ、双子はパチパチと拍手した。
「え? なに、なに?」
突然双子に拍手された当の本人は訳がわからないようだ。
(……今日は、早く寝よう。明日から早いし……)
一瞬、思考が空の彼方に行っていた。
シドは、気力を練るかのように、一つ深呼吸して、手を二度叩いた。
「はいはい。食事も終わったことだし、食器を片付けるぞ。各自、自分の使った食器を流しまで持っていくこと。今日の皿洗いは双子だからな。僕は、手伝わないぞ」
「えー。いつも手伝ってくれたのに……」
「シド兄さんが冷たくなりました」
無表情でがっかりする双子。
さっきの言われたことに対する、せめてもの意趣返しだ。
「二人でやるんだから、すぐに終わるだろ? 僕は、明日から早いから、三つ子を寝かせたら、すぐに寝るよ」
「「……はーい」」
双子は諦めたように返事を返して、食器を持って台所へと歩いていった。
ランカも席を立つ。手には食器を持っている。兄の近くまで歩いて、ふと立ち止まった。
「兄さん」
「ん?」
ランカのほうへ首を少し右上に向けた。
「……本当に、危なそうになったら、辞めてよ?」
次男の表情は本気でシドを心配していることを物語っていた。
シドは後ろで一括りにしている自分の長い髪を、手で包むようにして一度縛った根元から髪を流した。掌から零れた毛先が、遠心力に沿ってブンと揺れた。
「……わかったよ」
苦笑を零しつつのシドの答えに、ランカは軽く頷いてから、手に持っていた食器を思い出したかのように、台所に急いで持っていく。
(……心配、をかけているのかな?)
ちょっとだけ、ヴァリアスの元で仕事をやっていけるのか心配になったが、すぐに思い直した。
(いや、一度請けた仕事だ。始まる前から逃げてどうする)
今度こそ、契約の一年間をきっちりとやり遂げるぞ。
思わずぐっと拳を握り締めて、自分の考えに没頭していたシドは、なにやら視線を感じた。視線の元を探そうと、首をぐるっと回すと、六つの目がじぃっとシドを見ていた。
「リ、リズ、アレン、クラン……どうした?」




