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稚拙な文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

「……ちょっと荒れている屋敷って言ってなかったっけ?」

 青年が見上げているライムストーンを使った大きな屋敷は鬱蒼と木々や蔦が茂り、いかにも何かが出ますと存在を主張しているかのような佇まいをしていた。

 どうみても、ちょっと、と言う言葉は似つかわしくないほどの荒れ果てようだ。

 こくり、と喉を鳴らし、青年は屋敷を外的から守るかのように、そこだけ真新しい円形の中に狼の横顔が象られ紋がついている黒光りしている鉄製の門を眺めながら、こんな幽霊屋敷のような場所に来ることになった経緯を思い出していた……。


 フェリアス国は水が豊富な国であり、また、国民全員が何らかの魔法使いであることで有名な国であった。

 建国以来王制を貫き、王の住まう王都は焦げ茶色の大地と南方のカレッタ山脈から何百年もの年月をかけて滾々と湧き出た水を源流とした、王都を通る一本の大きなレーネ川。その川から分かれた小川が葉脈のように都中を流れ、水の匂いのする所である。

 大きな屋敷の前に居た青年の名はシド・シシリー。

 彼を知っている人間は口をそろえて言う呼び名がある。


『不幸少年』


 少年の域を出そうだというのに未だに言われ続けている名で、当の本人は気にしているこの呼び名は、近所では知らぬものは居ない。


 そんな彼は数日前、とある建物の道を挟んだ向こう側の家の隅に隠れるようにいた。

 シドの真正面の建物は、パステルカラーのカラフルな屋根に、壁にはキャンディやクッキーのオブジェが飾られ、窓からはレースのカーテンが見えた。

 ここは、女性が好む小物などを売っている店ではなく、れっきとした王立職業斡旋所の一つだった。


 王立職業斡旋所とは名の通り、職業を探している人の仲介や、職業上の問題などを解決するために、作られた国の公的機関だ。

 扉の上に掲げられている板のチョコレートの形の看板にも、ちゃんと『カーネリアン職業斡旋所』と書いてある。だからといって、今年16歳になったばかりの男の子のシドには、こんな少女趣味全開の場所に入るのは勇気がいった。


「……よしっ」

 暫くたたずんでいたが意を決し、小さな声で気合を入れた。まずは、左右を確認するために頭を動かした。そんなシドの動きに呼応するように、彼の長い髪も左右に揺れる。


 シドの顔立ちは少しばかり、きつい釣り目をしているのが特徴で、エメラルドグリーンの瞳。特記すべきは銀色の髪と小麦色の肌だろう。フェリアス国の国民は金や茶色系の色の髪のものが多く、肌も白い。シドの父親は銀の髪に浅黒い肌、闇のような黒い瞳を持ったフェリス国外の人間のため、シドにもその色の一部がでているのだ。

 シドは腰より少し長い髪を、首辺りから一括りにし、円形の植物の刺繍がされている布を被せる様につけている。布は髪の先を少し見せるだけの長さがあり、まるで尻尾のようだ。


「左右確認。人、障害物、共になし」

 シドは自分の尻尾のような髪を一度撫でる様に触れてから、斡旋所の方へ急いた足取りで向かった。

 大きなハートの形の覗き窓がついている扉を開き、シドは体を滑らすように斡旋所の中へと入いった。


 ふうっ、と誰にも見られず、夢見がちな少女が好みそうな店内に入ることに成功し、安堵の息を零しそうになったシドの耳に地獄からの使者も真っ青になりそうな声が入ってきた。

「あら、シドちゃん。いらっしゃぁ~い!」


 部屋の奥の方から黄色い声、ではなく、野太い黄土色の声が室内を揺るがす程の音量で響いた。

「ひぃ!」

 シドの心臓は、驚きのあまり一瞬止まった。直ぐに反応してくれたおかげで、お花畑が見えなかったのは幸いだった。


「やだぁ。もう来たの? あたし、まだお色直ししてないのにぃ」

 ドスドスと床が抜けないのがおかしい程の足音が扉を見たまま固まっているシドへと近づいて来る。

 シドは、唾を飲み込み、恐怖に怯えながらゆっくりと振り向いた。

「な、な、な……」

 今日は会いたくないと思っていた人物の登場に、シドは言葉が出ず声を震わせた。


 そんなシドを見て、黄土色の声の持ち主は、ほーほっほっ、とこれもまた室内をめぐり、窓ガラスを振動させるような大音量で豪快に笑った。

「シドちゃんなら、そろそろ来るかと思って、待ち伏せしていたに決まっているじゃな~い」

 やだもう、とくねくね体を動かし、右の拳を顎の近くに持ってきて可愛らしい、はずの格好をしているのは、まごうことなき男性だった。それも、胸元についたフリルの白いシャツから溢れんばかりの胸板の筋肉を見せ付けてくれる、筋骨隆々で大柄の体躯の持ち主だ。

 歳は三十代前半。髪は首の辺りまでの長さで、剛毛の上、くせっ毛なのか、好き勝手に毛先がはねている。

 この奇怪な者は昔、一度だけ長く伸ばしたことがあるらしいが、あまりのくせっ毛に何もしていないのに蛇の頭を持つといわれている怪物ゴーゴンのように自由気ままに跳ね周り、剛毛の所為で針金を差し込んだように髪の癖は直らず、新種のゴーゴンと間違われて軍に追い掛け回されたことが在るとか無いとかという逸話の持ち主である。しかも、目つきは鷹のように鋭く、うっかりにやりと笑えば見るものを凍らせる極悪人面になる。


 そんな彼に、シドは深呼吸をして気分を落ち着かせて対峙した。

「なんで、僕がそろそろ来ると思ったですか? バーフィアさん」

 自分の行動を読まれたことに、むっとしつつも聞き返すシドに、極悪人面のエドワス・バーフィアは笑った。

「そりゃ、シドちゃんのファン第一号だからよ」

「……答えに、なってないです」

 そう、このなんで山賊にならなかったんだと不思議がられているバーフィアという男は、こんな顔をしていて、自称乙女の『カーネリアン職業斡旋所』の所長である。

「エリーって、呼んでくれないと拗ねちゃうわよー」

 ぷくっと頬を膨らまして拗ねるバーフィアにシドは、うぐっと、喉の機能が一瞬詰まった。

 あきらかに、視界の暴力だが、シドはこみ上げてくるモノに耐えて、ゆっくりと細く長い息を吐いては吸った。

 何度か吸って吐いてを繰り返したら、大分呼吸が楽になった。だが、シドはバーフェアを直視し続ける勇気がなかったので、そっと室内を見回した。


 斡旋所の中には何故か、天使の人形が数多く天井から吊り下げられていた。壁紙はピンクでリボンが天井や壁を飾っている。扉から入ってすぐ奥には青銅製のアーチ型のガラスのない窓がついたカウンターが五つほど並び、それぞれの台に、にこやかに微笑んでいる受付嬢が座っている。さらにその奥は事務所になっていた。


 事務所には色とりどりの花が鉢や花瓶に飾られている。扉から見て右側のほうに利用客が座れるようにとソファが並べられ、数名の年齢も性別もばらばらの人間たちが座っては、受付に呼ばれる順番を待っている。しかし、今はみな一様にハートマークが散らばっている薄ピンクの床を見ている。


シドたち、もっと詳しく言えば、バーフィア所長を決して直視しないようにうと床のハートマークを数えているのが良く判るほど目まぐるしく視線を動かしている。

 さらに、ソファの奥横には掲示板が三列に並んでおり、仕事の依頼が書いてある紙が張られている。そこにも二名ほどいるようだが、足元が見えるだけで、こちらも、シドたちのほうを何事かという視線で見ることはない。

 それもそのはず、ここ二ヶ月の間で、シドが来るとバーフィア所長の黄土色の声が響くのはよくあることで、瞬く間に噂は広がり、今では斡旋所に来る人は関わり合わないようにと見ないように心がけているし、知らない人も、バーフィアの姿を一瞬でも見れば視界を遠くに逃す。

 ゆえに、この斡旋所内に居る限りバーフィアからシドを守ろうと考える献身的な人はいない。シドの味方はいないのだ。


「もう、そんなに黙り込んじゃって。どうせまた、仕事がクビになったんでしょう?」

「うっ。好きでクビになったわけじゃない!」

「でしょうね~。ふふふ。今度は鳥さんにでも踏みつけられちゃったのかな?」

 乙女らしく笑って、聞いてきたバーフィアにシドは言い当てられなかったことを当てられ、もう一度さっと視線を横にずらした。


 軽く息を吐いて気持ちを落ち着ける。バーフィア相手に隠し事をするのは、難しいことはこの二ヶ月の付き合いで嫌でも思い知っている。ならば、なんてことない、といった風にさっさと話してしまうことに限る。

「……鳥さんって言うな。と言うより、何で分かるんです?」

 ちらっとバーフィアを見て、シドが言うと、乙女所長は厳つい手で口元を多い、くすくす笑った。

「だぁって、シドちゃんのお洋服、鳥さんの足が一杯ついているん、だ・も・の」

 ぐはぁっ、と室内の奥から血反吐を吐くような雑音が入ったが、シドはそんないつもの音など気にせず、自分の服をつまんで見下ろした。


 シドは目立つ髪の色とは逆に、色あせた白の丸首のチュニックに麻のズボンという簡素な服装だった。その中で目立つのは、シャツについた黒い三本の指の鳥の足跡の模様だ。

 何羽分もの足跡の模様は、腹の辺りから、胸へと伸び、そこから背後に伝わっている。後ろのほうの足跡はあまり目立っていなかったが、そこはかとなく、シド自身土埃の埃っぽさが漂っている。

「……ここに来るまで、誰にも聞かれなかったのに」

「シドちゃん……」

 なんで、ばれたんだ、と肩を落としてため息をついたシドに向かい、バーフィアは哀れみが篭ったようなどこか真剣な口調でシドの名を呼ぶ。


「なんですか?」

「確か、今日の臨時仕事はシドちゃんの住んでいる町のお隣さんだったわよねぇ」

「それが、なにか関係でも?」

 フェリス国は東西南北に地区が分かれており、東地区は平民の居住区になっていた。

 東地区は5つの町に分けられており、その町に一人ずつ。計五人の町守と呼ばれる、町の内において住民の把握や厄介ごとなどを解決する権利を与えられているもの達がいる。王都に住まう平民はこの五つの町のどこかに属し、町守の許可を得て居住移転などが可能となっていた。 


シドの住んでいる町の名はマリシアン。その隣町のカーネイで今日一日中、簡単な荷物運びを手伝う単発的な仕事がシドが所内に入ったとほぼ同時に偶然掲示されていたので、誰かにとられる前に請け負えたのだが、まだ昼にもなっていない時間帯に、シドはどういうわけだが、職業斡旋所に戻ってきていた。

 その理由をきっと、この室内にいる人間は全員知っている。なぜなら、この『カーネリアン仕事斡旋所』はマリシアン町とカーネイ町のほぼ中間地点に建っている。斡旋所はこの二つの町の町民を対象にしているため、シドにとっては、ご近所さんたちがたくさん来ているのだ。

「カーネイのほうでの仕事って、初めてだったかしらぁ?」

「いや、これで三度目だけど……」

「じゃあ、そろそろ、シドちゃんの『不幸少年』ぶりが知れ渡り始めるわね。ほら、もともと噂は立っていたけど、実物は見ていないって感じだったじゃない? カーネイの方は。その噂の人物がちらほら現れたんだから、シドちゃんの面が割れるのも時間の問題ね~」

 バーフィアの言葉に、シドは言葉を詰まらせた。


 自分の『不幸少年』という二つ名が憎い。

 どうして、自分はフェリス国では珍しい銀髪なんだと拳を握り、体を震わせた。これじゃあ、特徴が判り安すぎる。髪を短くしたところで意味もなさそうだし、どうしようもない。

 問題は、この斡旋所の仕事依頼がマリシアン町やカーネイ町からが一番多いことか? 

 二つの町の中間にあるのだから、その町々からの仕事の依頼が多いのは当たり前のはずなのだが、八つ当たり的に考える。

 それとも、自分の『不幸』がいけないのか?


「好きで、不幸を起こしているんじゃない」

 シドは自分の考えが卑屈になっているような気がして、活を入れるかのように、口に出してみるも、無意味のような気がした。


 なにせ、シドは『不幸少年』なのだから。


 シドの『不幸』は物心ついたころから始まっているからだ。

 覚えているのは、眼前に広がる長閑な田園風景。シドの記憶の最初の部分に強烈に焼きついている画だ。

 後から親に聞いたことだが、その日は数量限定で、めったに手に入らない異国の甘い果肉を飴で閉じ込めた子供の拳くらいの大きさの棒つきキャンディを親に強請って買ってもらってシドはご機嫌だった。そして、路に出て嬉しそうに飴を振り回していたシドの後ろ襟を、突如飛来した大きな鳥が掴んで飛び去ったらしい。親はあまりの出来事に、呆気に取られて見ている事しか出来なかったそうだ。

 二日後、シドは山一つ向こうで発見された。その時には手に持っていたはずのキャンディはなく、ぽかんと事態を把握していないような表情で擦り傷程度で発見されたそうだが、その事件を皮切りにシドの『不幸』は始まりを告げた。


 八歳の時には、かわいいと思っていた近所の子に「好き」と告白され、舞い上がっていたら、突然シドの周り半径一メートルに空から魚が降ってきた。そのあと、近所の猫たちが大挙して押し寄せ魚は全部取られ、告白してくれた女の子は生臭くなったシドに幻滅して告白をなかったことにして欲しいと遠巻きに一方的に言って去っていった。 


 他にも、十歳のときに雪男と夏の雪山で出会ったり、十二のときに牧場から逃げた牡牛の角にどういうわけだか洋服の端が引っかかり、牡牛と牝の牧洋犬の愛の逃避行に三日間付き合わされたりと、理不尽な『不幸』を上げたら枚挙に遑が無い。


 おかげで、近所では有名な『不幸少年』と言われるようになった。最近では、仕事のためにあちこちに出かけている所為で、他の町にもその名前が浸透し始めてしまっている。


 このままでは、仕事が取れなくなってしまう。この頃そんな危機感を覚えているが、なんとしてでも、シドは仕事をしてお金を稼がなければならないのだ。

「………そう言えば、ねぇ、シドちゃん。ご両親は見つかったの?」

 そう、シドの両親は三ヶ月も前から行方不明だった。

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