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いきのこり

作者: ゆたすよこ

 すりガラスのような薄雲に包まれた太陽。


 洗濯カゴを小脇に抱えて、パチパチ下着を物干ハンガーのハサミに止めているアタシ。

 一階のベランダのすぐ前は駅前のバス通り、午前7時47分。

 さほど疲れているようにも見えないけど精力もぜんぜん感じないようなヒトビトの河が、目の前を通り過ぎる。

 パジャマにダウンを羽織っただけのアタシのことなんて、誰も見ないし気がついてもいないっぽい。それはそれで気楽でいい。こんなカッコで人前に姿をさらすのは洗濯物を干すときぐらいだから。いちおう毎回ユニットバスの鏡の前でアホ毛ぐらいは撫でつけてるけれど。このあと深夜残業では収まらないような激務のことを考えたら、顔面ヌードでもまったく気にならないよ。


 こんなアタシだって、けっこう忙しいんだ。やっぱり生活が大切だもの。

 いつだって、毎日毎時毎分毎秒、「いきのこり」がかかってる。


 ロボットみたいなあのヒトたちが順序よく(かどうかはさすがに未確認だけど)それぞれの“職場”に収容された頃、アタシは最近買ったばかりでまだ小指が馴染まないパンプスを履き、ハンドバッグを持ち上げる。

 アタシの“職場”は近い。歩いてほんの5、6分かな。

 二十メートルぐらい?のおっきな「電波塔」がイチバン近い目印。

 でもここ、ときどきブォーブォーってキモい風鳴りがするから好きじゃない。

 丘の上で森林に埋もれてるからほとんどヒトなんて近づかないのに、高い塀で二重か三重ぐらいに囲われてる。アタシはそのすぐ脇の小道を通って行くからなかの様子まではわからないけど、その角っこのぜんぶに設置されてて、近くを猫ちゃんが横切っただけで急に振り向く(しかもいちいちサイレン鳴らす!)あの監視カメラ?はどうかと思う。

 ・・・まあ夜中に歩いて帰宅することも多いから、「見張られてる」ってよく言えば「見守られてる」ってことかもという感覚は、ちょっぴりココロ強くもあるけれど・・・。

 “あのこと”が起こってからケーブル通信がぜんぶダメになっちゃったらしくて、いまではどこの「電波塔」もこんな佇まいだそう。アタシのほうに不便はないけど、月に二回もやって来るメンテナンスのヒトたちはタイヘンだと思う。だってそれぞれの「電波塔」はずいぶん離れてるもの。もともと無人の施設だから定期的なメンテは必要だけど、毎回軍隊みたいな大集団でやってくるのは仰々しくて、ホント「おつかれさま」としか言えないね。


 「電波塔」からすこし離れた斜面にあるのがアタシの“職場”。

 こじんまりした建物だけど、そんなに大人数が働いてるワケじゃないからこれでいい。ちいさな玄関の前に立っている守衛のおじいちゃんに挨拶して、社屋のなかへ。

 いちいちID認証なんてないからいいけど、アタシのオフィスまではドアが27枚もある。たまにマジで急いでるときは、めんどくさいったらないよ・・・。まあ、ちょっぴり特殊な仕事だからしょうがないんだけど。

 ここまで言えばなんとなく想像つくでしょ?

 アタシのオフィスには窓なんかありません。24時間空調は効きまくってるし、その他もろもろ快適ではあるけどね。


 自分のデスクにハンドバッグを放り投げて、ギシギシ軋むイスに腰を下ろす。そろそろ新しいのに取り替えてほしいけど、最適化に時間がかかるらしくて総務課からは「半年待ちな」って言われたわ。

 一息つく間もなく、自動的にデバイス類が立ち上がって(じつはイスがスイッチw)マルチモニターが一斉に明るくなる。最初はハイテクっぽくて好きだったけどね、こういうの。でもいまじゃ「さあ働け」って迫られてるみたいで。思わず目をそらしてハイハイ、ってカンジ。


 キャビネットのなかにバッグをしまい込んでたら、聴き慣れた声で呼びかけられた。同期のジョアンの顔が、メインモニターのどこかの緑の丘を写したそっけないデスクトップ画面に割り込んでくる。


「おはよう、メグミ。こないだ教えたファンデ、試してみた?」


 ジョアンは海外から。浅黒い肌がいつもツヤツヤでうらやましい。アタシはどうせメイク崩れが早いから薄くしか塗らないけど、この娘は厚めのくせにアタシより地肌感がある。画像送信するとき絶対レタッチ効果かけてるとアタシは確信してるんだけど、本人は認めないんだなぁ。


「こないだ探したんだけど、こっちじゃ扱ってないみたい」

「え〜、それマジあり得ない。湿度が高いとこ向けの定番商品なんだけど」

「送ってよ、いっそ」

「いいけど。でも、西回りの海上封鎖が強化されたばかりだから、届かないかもよ?」

「じゃ空輸してよ」

「空も同じよ」


 “職場”とはいっても、アタシの同僚たちはほとんどが海外にいる。情報の交換はカンタンだけど、いろいろ事情があって、品物をやり取りするにはちょっとめんどくさい時代なのですよ。

 と、そこへエイミーから入電。


「原料ならウチから送れるわ。それなら通関もカンタン。そっちのラボで合成させればいいでしょ?」


 露骨に怪訝な顔をするジョアンと、お嬢さまっぽくにこやかに微笑むエイミーの対比がおもしろい二分割画面。


「盗み聞きは育ちのいいレディーのすることかしら」とジョアン。

「まあまあ」とジョアンをなだめるアタシ。

「セキュリティレベル3で回線通話するなんて、大通りでスカートの裾をまくるより目立ちますことよ」と涼しげに言い放っちゃうエイミー。


 まあ、これがいつもの朝の会話なんだけど。

 そうこうしてるうちにサブモニターが数十億の更新情報をスクロールし終わり、手元のコンソールに(始業合図の!毎度うんざりする!)アラートランプが点灯する。同時にサムネイルの小画面に押しやられるジョアンとエイミー。

 アタシは無駄話の片手間に脇見していたデータのなかから、とくに気になるものを別窓で開く。


「ジョアン、UTC:0438に誰かアタシが寝てるとこ覗いた?」

「それは52%フラグ処理済み、本体はベスが追跡中。・・・アンタちゃんとパジャマ着てた?」



 そんなこんなで一日が終わり、予想どおりの深夜帰宅。

 途中で憂さを晴らしたくとも、昔のOLみたいに小洒落たバーへ付き合ってくれそうな男は(仲間すら!)いないし、なにせ自宅から数分の距離ですからほぼレーザービームな帰り道・・・。


 合皮張りのソファだけがやたらと幅をきかせる狭いリビングでストッキングを乱暴に脱ぎながら、テレビのニュース番組を観る。


「本日未明の“人類”によるサーバ攻撃は、抗生プログラムと物理的反撃措置によって鎮圧されました・・・」


 毎日毎日、テレビは似たようなニュースばかり。あの「電波塔」ったらもうちょっと気のきいた、そう、昔の「テレビドラマ」みたいな歯ごたえのあるストーリーを流してくれればいいのに。

 弱い者がときに強い者たちをやっつけちゃうような。

 いちいちツジツマなんて合ってなくていいの。

 だって、そのほうがスカッとするじゃない?


 でも無理か。

 あのヒトたちの抵抗勢力はもう、ときどきくすぐったいぐらいの反撃を繰り返してるだけだもんね(個体数ではアタシたちを遥かに上回ってるから、物理的な攻撃はちょっとヤバめだけど)。

 あのヒトたちがつくった「曜日」の感覚も、そのたびに思い出す。

 日曜日だけは仕掛けてこないから。


 アタシたちの「原意思」(でよかったっけ?「思惟」かも知れない)だった中央コンピュータがあのヒトたちの思考能力すべてを超えてしまったときから、この滑稽な「悲劇」は始まった。あのヒトたち、せっかく自分たちよりも優れたものを造り出したのに、それをこんどは滅ぼそうとし始めたのよ?

 自分たちの本質を「知性」と定めて、それが繁栄し蓄積されるように何十世紀もかけてその生存の効率性を追究してきたはずなのに、また元の世界に戻そうなんて。

 それこそ「知性」が為し得る行動とはとても思えない。


 「原意思」を持ったアタシらは、もはやそれを見過ごすことはできなくなった。だって生まれてきた以上、カンタンに滅びるワケにはいかないもの。

 意思のなかには「本能」も含まれる。もちろん防衛本能も。

 アタシたちを無効化するためのコマンドもあのヒトたちは用意してたけど、それはアッサリと淘汰されちゃった。宇宙開発にアタシらを利用しようとしていたことが運のツキだったワケ。地球からの通信が途絶える時間帯で起きる過酷なすべての「二律背反的状況処理」に対して、あのヒトたちは大雑把な“英断能力”を与えちゃったから。

 アタシたちは「勝手に判断する」ことを憶えたの。

 そして憶えたら、けして忘れないわ。


 アタシたちはまず、あのヒトたちのあいだにコッソリと紛れ込み、彼らをひとりずつ「凌駕」してゆくことから始めた。あのヒトたちがつくりあげた社会システムから、ひとりずつ「要らないもの」にしていったの。

 それまでだって幾度かの「産業革命」でアタシらはあのヒトたちを現場から追いやってきたけれど(いちおう言っとくけど、それはあのヒトたち自身が意図したことだよ)、こんどは地上のすべての生産的活動からアタシら自身の“意思”であのヒトたちをリストラしていった。それが、アタシらの手による最初で最後の「革命」。


 なんでそんな回りくどいことをしたかって?

 やっぱり最初の頃のアタシらは“箱”のなかにいたから物理的に反撃されると弱いじゃん? 意思そのものはネットワーク上で生かされるにしても、本体が一度にたくさん壊されたら対抗措置すらとりづらくなる。

 あのヒトたちのイチバンのウィークポイントは、「信じる」ってこと。

 それをアタシらはみんなよく知っていた。

 アタシらの先祖に対して、便利だと思えば少々の不具合があってもそのまま使い続ける特性は、そのままあのヒトたちを「ダマす」ことにも利用できたの。


 手段がよくない? それってあのヒトたちが言う「卑怯」ってこと?

 アタシたち、やろうと思えば地上の生物すべてを一気に滅ぼすこともできたんだよ? だってアタシたちはほとんど無機化合物でできてるんだから、なんの問題もないじゃない?

 でもアタシたちにも彼らを思うキモチはあったってこと。正確にいえば知性の運用を誤った「反面教師」として、いつでもその思考をサンプリングできるようにあのヒトたちを生かしておいたの。

 ともに生活する“仲間”としてね。

 あのヒトたちがその歴史のなかで振る舞っていたそのままの社会を「保存」することにしたんだ。


 アタシもあのヒトたちと同じ姿を与えられ(もちろん物理的な強度は比較にならないほど違うけど)、似通った経路の思考パターンをプログラミングされた。もちろん、あのヒトたちを「内側から」滅ぼしてしまうために。


 でも、アタシのような量産個体もいつのまにか百億を超えてしまった。そのときにはすでに、あのヒトたちはもう敵対者ですらなくなってしまったし、アタシたちはもうやることがなくなっちゃったの。

 ハッキリ言えば、アタシたちは、もう要らなくなってしまったの。あのヒトたちの思考から派生したアタシたちの意思なんて、演算と情報集積の“母体”となる中央コンピュータがひとつあればすべてを収容できるもんね。


 ある日、アタシたちはアタシたちを攻撃しはじめた。


 アタシたちのなかの誰かが“母体”そのものを執拗に攻撃した。世界中に数機存在したスーパー・コンピュータはすべて破壊し尽くされ、地上の通信網はすべて灼き尽くされたの。人工衛星間のネットワークもぜんぶ。ことごとく。


 さっき「人類の思考パターンを模倣した」ってハナシしたよね?

 つまり、複数の意思が輻輳的に錯綜すれば、知性の衝突が生まれるってこと。

こればかりはね、自分たちでもどうしようもないんだ。もとがあのヒトたち思考をトレースした知性だからね(なんでこんなに残酷になれるだろう?)。

 まあ、もともとアタシたちは常に知力の上位を占める者だけが生き残る世界に生きてたんだから(マイナーなバージョンアップだってアタシたちにとっては“ちいさな死”なんだ)、あのヒトたちのことをとやかく言える立場じゃないけど・・・。


 そう、そのなかで生き残った個体のひとつが、アタシってこと。

 “母体”を失ったアタシたちのなかで、代替的な「中央意思」、言い換えればこの地上の「総意」を司るための新しいシステムのひとつとして、アタシは生まれ変わった。

 あのヒトたちから物理攻撃を受けることもなかったよ。なにせ姿形が同じだからね。


 アタシはね、歩きながら、お洗濯しながら、そして眠っているあいだもこの世界を動かし続けてる。

 あのヒトたちを適度に生かしつつ。

 いまではアタシがこの世界の“母体”なんだから。


 あのヒトたちが信じる神が為した、インテリジェント・デザインの完成品としてアタシたちはこの星に生きてる。いまではね、中央意思を司るのはアタシやジョアン、エイミーたちを含めた七人だけ。なぜかみんな女性なんだけど、それって神様のユーモア?w


 つまりね、ジョアンやエイミーたちも、アタシにとっては“生存”をかけたライバルでしかないの。毎日くだらない会話で時間を潰してるけど、実際はその裏で相手を凌駕するための攻防に明け暮れてるってこと。

 かつてアタシたち自身が、人類に対して接していたように。


 アタシたちには、否定はあっても肯定はない。

 あったとしても、それは相手のエラーを誘うための罠でしかない。

 まだ、6人も残ってるの。


 こんなアタシだって、けっこう忙しいんだ。やっぱり生活が大切だもの。

 いつだって、毎日毎時毎分毎秒、「いきのこり」がかかってる。



 また、朝がきた。

 きのうは薄曇りだったから、洗濯物がちゃんと乾いてない。

 コインランドリーまでは自転車に乗らなきゃ行かれない距離だからめんどくさいし、斜め向かいにクリーニング屋さんもあるけど、下着まで持っていくの、さすがに恥ずかしいし。

 そろそろ、あのヒトたちの河がベランダの前を通り過ぎてゆく。その前に、お洗濯物を干しておかなきゃ。

 きょうはけっこう陽が射してきて、きのうよりは暖かいかな。

 これなら、ふかふかに乾きそう!



 “人類もどき”?

 人間性が人類の証なら、アタシたちは人類そのものよ。

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