世界が終わる朝に
誰だったかは忘れたが、ノストラなんちゃらとかいうやつの予言によれば、明日、世界は終わるらしい。
それを信じて怯えているやつ、そんなわけないと吐き捨てるやつ、色んな奴がいるらしいが、俺は信じている。
いや、信じていたい。明日世界が終ってくれるなら、俺としては願ったり叶ったりだ。
予言の日の前日である今日。もう朝とは言えない時間に目を覚まし、1時間ほど布団に包まれて、どうでもいいことを考えていた。
ようやく布団から抜け出したころには、すでに時間は12時を迎えている。
尿意を催したところでトイレへ向かい、その帰りに洗面所へ向かう。
1度手を洗ったところで、冷たい水を顔にかける。
顔を漱ぐ度に、地面に水が落ちているような気がするが、気にしない。
洗い終えると水を止め、タオルで顔を拭きながら、また布団へと戻った。
こういってはなんだが、俺は立派な無職である。
大学を2年で辞めた後は、親からの仕送りによって生活をしている。
以前まではバイトもしていたが、バイト先の店長が気に入らず、一発殴って辞めてやった。
幸い警察沙汰にはならなかったが、あのときは少々危なかった。まぁ、スッキリはしたが。
ということで、俺には特にやらなければいけないことがない。
飯を食う前に、1本吸うか――と考えたところで、俺は煙草が切れていることに気付いた。
少々面倒だが、買いに行くしかない。
俺は起き掛けの服装のまま、1滴目に目薬を差すと、そのまま玄関へ向かった。
陽の光は、非常に暖かい。
そんな光も、明日には消えてしまうのか――そう考えたところで、特に俺には感傷などは浮かばなかった。
まぁ、仕方ないのかもな、と気だるそうに歩いてゆく。
煙草の自販機まで来たところで、俺は財布を取り出す。
小銭がちょうどないため、400円を自販機に投入した。
そして、340円の文字の下にあるボタンを押す。
すると、ガラン、という音とともに、白い箱が落ちてきた。
しかし、俺はそれを取り出しながら、1つの異変を感じた。
おつりが返ってこない――。
返却レバーを引いてみても、何の変化もなかった。
これでは、60円も無駄になるじゃないか。
「ふざけんなよ、クソが」
そう俺は吐きながら、自販機を一度軽めに蹴る。
だが、自販機は依然として、ひょうひょうとその場所に突っ立っていた。
買ったばかりの煙草をふかしながら、俺は帰路についた。
まだ苛立った気持ちが残っている俺は、散らかった部屋に無造作に置かれたクッションを、気づけば蹴り上げていた。
クッションはその勢いで転がり、時計やペン立てなどを倒す。
「くそ、なんなんだよ、もう」
それにより、さらにイラつきが増幅した俺は、舌打ちをしながらカップ麺を取り出した。
なんだかんだで、腹の減りには勝てない。
イライラした気持ちを抱きながらも、148円の幸せな世界に、俺は身を委ねた。
そうして、また、1日は過ぎていった。
何があるわけでもない、1日。
夜、布団に入りながら、そんなことを考えていた。
目の乾きに耐え切れず、俺はまた目薬を差す。
それよって潤いを得る瞳とは違い、俺に人生に潤いなどなかった。
結局、このまま終わるのだ。何もないまま、世界は終わっていくのだ。
20年の人生の中で、何を残すわけでもなく、何かしたわけでもなく、消えてゆく。
ふん、知るかよ――。
それもこれも、俺が悪いんじゃない。俺を取り巻く環境が悪いのだ。
俺を生んだ親が悪いのだ。育てられた学校が悪いのだ。働けない社会が悪いのだ。
諦めにも似た感情が、俺の心を支配してゆく。
そうしているうちに訪れた睡魔に、俺はそっと寄り添った。
そして、朝。目が覚めると、そこには確かに、陽の光が、いつもと同じように感じられた。
転がった時計も、刻々と、時を刻み続けている。
寝違えてしまった首の痛みが、確かに今この瞬間を証明していた。
昨日買った煙草も、食べたまま片づけていないカップ麺の容器も、確かにそこにある。
煙草を買った時にお釣りが出なかったことも、帰ってからクッションを蹴ると、それよりさらに色んな被害が出てしまったことも、覚えている。
そこで、初めて世界はもう終わっていたのだと知った。
涙が流れた。
非常に短い作品となりました。
無理に引き延ばすより、スパッといきました。
ノストラダムスの予言が、モチーフになってます。読めばわかりますよね、はい。
責任転嫁、目薬、煙草、そして、世界の終わりと、世界の始まり。