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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

龍の花嫁

作者: 瀬ノ木鮎香
掲載日:2014/01/19


それは昔々の、誰も知らない物語。



小さな山間の村。

訪れるものは少なく。

けれども人の心が豊かな村だった。



ある年。

村は日照りに見舞われた。

一滴の雨さえも降ることはない、太陽の日差しはただ厳しくなるばかりで。

村人は弱った者から次々に倒れていく。

誰にもどうすることもできなかった。

このままではいつか村から人が消える。

そう思い嘆いていたとき。

真っ青な空に、一筋の龍が現れた。

真っ白な身体に光る金の鱗。

太陽よりも鮮やかな鬣。

そうして龍は村へと降り立ち、一人の少年の前に静かに現れた。

『この者は我が花嫁。17の年、迎えに来るまで大切に育てよ。さすればこの村に龍の加護を。』

ふわり、と手にした玉から現れた小さな赤ん坊。

赤子は少年の手に渡る。

一声、赤子が泣き始めれば、今まで気配すらなかった空に雲が立ち込め、雨を降らせた。

村人は大喜びで龍に感謝の言葉を述べ、大切に赤子を育てると約束した。



少年には親はいなかった。

日照りが続いていたとき、病に侵されあっけなく逝ってしまったのだ。

だから村人は、少年では赤子を育てられない、と思った。

まだ経った五つの子供に赤子は育てられない、と。

けれど、その少年の手から赤子が離された時、村に大雨が降った。

せっかく育てた作物が水に流されてしまう。

やむなく少年の手に赤子が戻される。

途端、雨は止み、青空が広がり、風がそよぐ。

少年は選ばれたのだ。

少年は腕の中で声をあげて笑う赤子をじっと見つめる。

今までたった一人だった。

赤子の体温は少年より少し高くて。

けれどもその温かさが何よりも少年に安らぎをもたらす。

「僕が守ってあげるよ。」

小さな指を握り締めれば、離さないという力で握り返された。



龍の加護を―――言われたとおり村はとても豊かになった。

雨が降り、風がそよぎ。

隣の(とはいっても山を越えたところだが)村には再び日照りが続き、この年の作物は絶望的だといわれたときでさえ、村はなんら困ることのない収穫を得た。

すべては龍のご加護だと、村人は信じて疑うことなく、そして赤子は大事に大事に育てられた。

月日は流れ、言葉もしゃべれなかった赤子が幼い童となった頃。

村を、狼の群れが襲った。

どの年もこの村には実り豊かで。

けれどそれは村の中だけの話。

一歩その境を出ればそこは飢えが広がっていた。

人が食べ物に困るのならそれは野生の動物も一緒。

徐々に大きくなっていく狼の遠吠えに、村人たちは身を寄せ合った。

少年も小さな少女をぎゅっと抱きしめる。

何があっても守る。

たとえどんなことがあってもこの腕の中の無垢な少女を守って見せる。

けれども、どうやって?

自分には力がない。

大人でもなければ、剣さえも振るうことなんてできない。

足だって、狼に比べたら逃げ切ることなんかできるわけない。

カタカタと震える体は止めることなんてできない。

けれどもそれは襲い来る狼の恐怖からではない。

とても大事な少女を守ることができないかもしれないという恐怖から。

「こわい?」

腕の中から大きな瞳が少年を見上げる。

その瞳は薄い緑。

「こわい?」

答えない少年に少女はまだ舌足らずに問いかける。

「・・・怖い。」

素直に頷いた。

途端少女はにっこりと笑った。

「だいじょーぶ。」

「え?」

少女は立ち上がり、家を出て、狼のいるほうへと歩いていく。

慌てて少年は少女の後を追いかける。

「危ないから出ちゃだめだ!」

「おおかみ、いなくなったら怖くないでしょ?」

静止をはかる腕をすり抜けて。

狼は村のすぐそこまで姿を見せていた。

一際大きな狼が少女に向かって牙をむく。

『去ね。』

それはいつもの舌足らずな少女の声ではなかった。

威厳と畏怖に溢れた地に響く声。

風が勢いよく舞い上がり、空に暗雲を呼ぶ。

『ここはお前たちの来ていい場所ではない。去れ。そして再び時を待て。実りの時が来るのを。』

カッ、と稲妻があたりを照らし。

そのとき少年は確かに見たのだ。

少女の足元に伸びた影が龍の形をしていたのを。

低く唸り声を上げていた狼は、じっと少女を見つめ。

襲い掛かりもせずにくるりと背を向け、再び山へと姿を消した。

「もう、だいじょーぶ。こわくないね。」

小さな両手をいっぱいに広げ満面の笑顔で抱きついてくる少女。

今までの雰囲気をがらりと変え、いつもの愛くるしい少女がそこにいた。

そして村人は今まで以上に少女を崇め奉った。

少女こそが龍をその身に宿らせていると。

天にいるはずの龍を地に下ろすことができる、と。

さすがは龍の花嫁だ、と。

少女は無邪気に笑う。

少女を受け止めて少年は。

言い知れない何かを感じ取っていた。



月日は流れに流れて。

けれど変わらず二人はいつも一緒にいた。

少年が青年になり。

少女が娘となり。

いつもいつも一緒にいて。

そしてある日突然気づく。

自分達は男と女だということに。

無邪気に抱きしめあったあの頃とは違って。

触れ合った腕からはぬくもり以外の何かが伝わるということに。

二人が気づいたとして、それは自然な流れだった。

けれど少女は『龍の花嫁』

彼女がこの世に生を受けた頃より取り交わされた盟約。

たとえ気持ちに気づいたとしても二人にはどうすることもできない。

ただ胸に秘めた想いを視線にこめて相手を見つめるだけ。

言葉になんかできるはずもなく、形になるはずもなく。

けれども燃え盛る炎のように熱い想い。

じりじりと焦げる思いを抱えて、けれど二人は一緒にいた。

焦ったのは村人。

二人の気持ちは二人以外にもわかりすぎるほどに伝わってしまっていた。


『この者は我が花嫁。17の年、迎えに来るまで大切に育てよ。さすればこの村に龍の加護を。』


龍の神はそう言った。

その言葉通り村は豊かに実り、飢えることなんかなかった。

娘の年はまもなく17になる。

龍との約束の期限だ。

焦りは同時に恐れも生んだ。

もし、あの二人が結ばれるようなことになってしまったら?

龍の花嫁を青年が奪ってしまったら?

豊かな生活に慣れてしまった村人にはそれ以外の生活が考えられない。

きっと龍の怒りが村に落ちる。

龍の加護を失ってしまったら、この村はどうなるのか。

村人は話し合い、そして。

悲劇が生まれることとなった。






「私はもうすぐ17になります。」

娘は強い瞳で青年を見つめる。

「龍との盟約は17の年。私にはもう人としての時間が残されていません。」

青年は静かに娘の言葉を聴いていた。

「人としての私は、あなたが好きです。」

逸らすことなく真っ直ぐに。

「私は。あなたがとても好きです。」

娘の情熱はひどく青年を揺さぶる。

「あなたのお気持ちをお聞かせくださいませんか?」

縋るように瞳を潤ませ。

「そう願うことは、いけないことですか?」

言い募る娘に、青年は答えを返せないでいた。

彼女は『龍の花嫁』だ。

幼い日、この腕の中に舞い降りてきた小さな赤子。

孤独から自分を救ってくれた、大切な大切な宝物。

過ぎる季節をいくつも一緒に過ごした。

この手で一心に育ててきた。

好きにならずに、どうしていられようか!

「・・・・・・。」

ぐっと唇をかみ締める。

膝の上で握った拳がわなわなと震える。

口にしてしまったのなら。

きっともう後戻りなんてできない。

どんな罪を背負おうとも、彼女の手を放すことなんかできるわけない。

それが痛いほどにわかるから。

痛いほどに彼女を愛しているから。

そう、この気持ちは罪なのだ。

「私は、お前を愛してなどいない。」

魂を引き裂かれるほどの苦しみを持って、青年は言った。

「龍に頼まれてこれまで育ててきただけだ。」

「っ!?」

さすがに真っ直ぐに彼女の瞳を見返すほどの勇気はなくて。

息を呑む音だけを耳に捉える。

「嘘ですっ!」

それは悲痛な叫びだった。

「嘘ですっ!あなたは私を愛してくださっている!」

「嘘などではない。私はお前を愛してなんか・・・」

「嘘です。」

ひどく穏やかな確固たる強さを持って告げられて。

思わず青年は顔をあげた。

娘は瞳に涙を浮かべ、微笑を湛えて青年を見つめていた。

風のない水面のような静けさで。

「嘘です。私にはわかります。あなたは私を愛してくださっている。春に降る優しい雨のように。夏の抜けるような広い空のように。秋の夜の深さで。冬の篝火の暖かさで。いつもどんなときも、私はあなたの愛を感じていた。確かにあなたは私を愛してくださっていた。だから、私・・・あなたを、愛した。」

過ぎる季節を。

あなたの隣で何度も何度も。

「だから私、ただただあなたを、愛するために今まで生きてきたの。」

つるりと、娘の頬に涙が零れ落ちる。

「私、あなたを愛しています。」

秘めた恋心。

もう隠すことなんてできないほどに。

もうだめだ、そう青年は思った。

もうだめだ、隠すことなんかできやしない。

こんな真っ直ぐに愛を伝えられて。

ただ一人、愛しい少女が自分を愛しているといってくれて。

もう心を偽ることなんか、できやしない!

何もかも承知で青年は手を伸ばした。

龍の言葉も、娘の想いも。罪も。

そしてこれから受けるだろう、罰でさえも。

何もかもわかっていて、けれども押さえきれず。

娘の肩を掴みそのまま乱暴ともいえる力強さで娘を掻き抱いた。

「・・・愛しているっ!」

絞り出すような声で。

今まで耐えに耐えていた想いを解き放った。

「春の陽だまりのように笑うお前を。夏の雲のように真っ白な心を。秋の夕暮れに染まる頬を。冬の寒さの中私を暖めてくれるお前の手を。お前のすべてを・・・愛しているっ!」

「・・・嬉しい。」

きつくきつく抱きしめあって。

お互いの体温がひとつに解けてしまうよう願いながら。

二人は刹那の抱擁を交わし。

唇に、熱を伝え合った。




「二人で生きていこう。」

そう言い出したのはどちらでもなく。

けれども二人の心はひとつだった。

もう離れることなんかできない。

この気持ちは罪だ。

どんな罰を受ける覚悟もできている。

二人でいれるのならば。

どんな罪だって受け入れよう。

手を取り合って、二人は村を出た。

村には大恩がある。

だからこそ、これから起こるであろう龍の怒りを村に注ぐわけにはいかなかった。

新月を待って、二人は夜にまぎれる。

それは娘が17を迎える前夜。

龍からはきっと逃げ果せる事はできないとわかっていた。

龍は空の神だ。

空が続く限り、空の下で生きている限り。

どこにいても龍は見ている。

だけど二人でいたかった。

許されるとは思っていない。

ただただ二人で・・・・・・



「花嫁様から離れろ。」



もう少しで村の境を抜けるという山の中。

松明をもった村人が二人の行く手を阻んだ。

「今日は盟約の日。龍が花嫁を迎える日だ。そのまま村へと娘を戻せ。」

「それは、できない。」

青年は娘をその背に庇う。

「これまで育ててやった恩も忘れて・・・。」

「感謝している。だからこそ、村から離れようと」

「きゃあっ!」

娘の悲鳴に青年ははっと振り返る。

そこには娘を羽交い絞めにするようにして、一人の村人がいた。

「放してください!」

「花嫁様。さぁ龍の神がお待ちです。どうぞ村へとお戻りくださいませ。」

言葉こそ丁寧なものの、娘を捕える腕は強く。

「放してください!!」

どんなに身体をよじっても掴まれた腕は離れることなく。

「やめろっ!」

青年が娘を捕える村人へと掴みよる。

「はなせっ!」

二人はもみ合い、はじかれた娘はその光景をよろける視界の中で捉えていた。

もみ合うのは二人。ではもう一人は?

キラリ、新月のわずかな月光の中鈍く光る銀の刃が娘の目を射る。鎌だ。

それは細い月のように冷たく鋭利で。

両手で持って、走る。

その先には青年の背中。

もみ合っているため、背後に迫る危険に気づくことなく。

「あぶないっ!」

よろける身体を無理矢理走らせる。

迫る切っ先。

無防備な背中。

そして・・・・・


「っっ!?」



驚きの声は3つ。

ひとつは鎌を構えた村人。

もうひとつは青年の動きを止めていた村人。

そして。

「・・・あ・・」

がくりと崩れていくのは。

その刃を身体に受けた、龍の花嫁。

どくどくと鎌の突き刺さった場所から赤い血が流れ。

それはとまることなく。

「あ・・なた・・・ぶじ・・?」

突然のことに放心している青年の姿を目に映し、ほっと微笑んだ。

「う、あああああっっ!!」

地に落ちた娘の身体を抱え上げれば。

そこにはすでに血溜りが流れていた。

「けが、ない?」

弱々しく震える腕を持ち上げて青年の頬をなでる。

「なぜ私など庇った!?」

「だって・・・あ、いして・・るから・・。」

突き刺さった鎌は容赦なく娘から血を奪う。

村人二人は自分達の侵した罪の大きさに怯え。

足早にと逃げていく。

「待っていろ、今薬を・・・・!」

立ち上がろうとした青年を、娘は止める。

「いい、から・・そばに、いて・・。」

はぁ、と吐く息に血が混じる。

「このまま、そばに、いて・・・?ずっと、約束、して・・くれたで、しょ?」

「ああ、側にいる。約束だ。側にずっと・・・!!」

「・・うれ・・・し」

ごぼり、と娘の口から血があふれ出た。

体から流れる血は止まることを知らないかのように地に吸い込まれていく。

「約束な・・に。・・ごめ、な・・まもれ、ない・・わたし・・。」

「しっかりしろっ!もう喋らなくていいから!」

青年は着物を破ると流れ出る傷口にきゅっと当てる。

けれども瞬時にそれは滴り落ちる赤に染まる。

「い、しょに・・いてくれて・・・ありが・と・・・。」

娘の手が、血に濡れた青年の手に添えられる。

ひんやりとした冷たさに。青年はぎゅうっと娘の手を握り締めた。

命が流れ出るのを防ぐように。

「わたしの、手…あったかい…?」

「当たり前だ!お前は生きているんだから!これからだってずっと私のそばで・・・生きていくんだ!二人でずっと一緒に!」

「…う、れし。ず、と…い、しょ…?」

「一緒だっ離さない、離れない!ずっと!!」

ぽたりぽたりと、青年の涙が娘の頬に落ち、それはあたかも娘が泣いてるようで。

「い、しょ、ね・・・ずっと・・あい、し・・・て、る・・・。」

ぱたりと娘の手が力なく落ちた。

わずかに微笑みの形を残して、その瞳は閉じられ。

二度と開くことなく。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

たった一人青年の咆哮が、闇に響いた。





「龍よ!これが罰なのですか!あなたの花嫁を奪った私に対する、これが罰なのですか!!これではあまりにも酷すぎます!!」

天に向かって、青年は叫んだ。

その腕に血だらけの冷たくなった娘の亡骸を抱えたままで。

その顔にはうっすらと幸せな花嫁の笑み。

「奪うなら私の命を奪えばいい!この命などいくらだってくれてやる!」

そうして娘に刺さったままの鎌を抜く。

どろりとどす黒い血だらけの鎌を。

「約束したとおり、ずっと一緒だ。黄泉路の果てまでも、ともに。・・・愛している。」

鎌を逆手に持ち変えると、ためらいもなく自らの胸へと突き立てた。

痛みなど、感じなかった。

むしろ喜びのほうが勝った。

これでもう離れることなくすむ、と。

もう誰にも邪魔されることなく二人でいられる、と。

「・・・・お前は、私の、花嫁・・だ・・。」

重ねられた手は二人の血に染まって。

ほんのりと暖かかった。

月は新月。

細く長い冷たい月。








『盟約の日は来た、我が花嫁はどこにいる?』



村に白い龍の神が舞い降りた。

村中に娘と青年の訃報はすでに届いていた。

村人達は焦り恐怖し、何とか龍の怒りを避けられないものかと思案した。

「花嫁さまはお支度中なれば、今しばらくお待ちいただきたいと。」

『そうか。ならば今しばらく待とう。』

そうして龍の前に歩み出た白い着物を纏った少女。

その頭には同じように真っ白な布で顔を隠すように覆われている。

村人達は考えた。

どうにかして龍の怒りを避けられないものか、と。

この豊かな実りを手放さずにいられるか、と。

人の心が豊かだったこの村は。

絶え間ない実りを受けて、すっかりと心まで肥え過ぎた。

『迎えに来たぞ、我が花嫁。』

「お待ちしておりました。龍の神様。」

村人は考えに考えて、一つの策を弄した。

それは偽の花嫁を差し出すこと。

龍が村に下りたのはただの一度。花嫁を村に預ける時にだけ。

成長した娘の姿などその目にしているはずもない。

ならば、偽の花嫁を作り出したところでなんら問題は起こらないだろう。

そう、考え。花嫁に似た年恰好の娘を一人割り出した。

そして、村を救うためだと唆し、娘を花嫁へと作り上げたのだ。

「龍の神よ。花嫁は大事に村で育ててきました。今後も変わりなき龍の加護を。」

『花嫁よ。その証を我に示せ。』

「え・・・?」

突然の龍の命に村人は驚く。

『我が花嫁ならばその身に間違うことなき龍の証があるはず。それを今ここで示せ。それをもって、盟約としよう。』

焦ったのは村人だ。

そんな話聞いたこともなければ、見た事もない。

今ここにいる花嫁にそんな証などあるはずもない。

『どうした?示せぬというのか?』

空に暗雲立ち込め、否妻が光り始める。

それは龍の怒りを表す。

『我を謀るつもりか?神である、この我を!!』

途端、村に嵐が起こった。

吹き荒れる風に家々は倒され、流れ出る鉄砲水に田畑は押し流され。

「お許しを!お許しを!龍の神様!!」

『ならぬ!我を謀った罪思い知るがいい!!』

そうして龍は空へと帰っていく。

村には豪雨が降り続き、村は流され、村人も何人かが流され失われた。

三日三晩それは続き、ようやく治まったときにはすでに村は跡形もなく。

その後村を復興させたところでそれは何度も雨に流された。

村を捨てようとした。

けれどもなぜか村から出ることは叶わなかった。

村の境までくることができるのに、その先には足を踏み出すことができない。

目に見えない何かに遮られ、村人はそこで生活するしか術がなかった。

「龍よ、龍の神よ。どうすればあなたの怒りは収まりますか?このままでは村人すべて飢えて死んでしまいます。どうかお怒りをお納めください。」

祈ったのはあの娘。

龍に身を捧げる事を受け入れたあの娘。

両手を祈りの形に組み、地に膝をついて。

ただただ空へと赦しを求める。

すると一本の光が村に差し、再び龍が姿を現す。

『この村に今一度我が花嫁が現れた時、今度こそ、我が花嫁を』

「わかりました。必ずや大切にお育てしてあなた様の元へとお返しいたします。」

そうしてやっと、村に平穏が戻ることとなった。







『お前は幸せだったのか?』

龍の手に光る球体。

その中には一人の少女と青年。

寄り添う姿で静かに眠っている。

もちろん龍は知っていた。

ずっと天から見守っていたのだ。

二人の想いも。二人の死も。

決して辛い思いをさせるために地に下ろしたのではない。

幸せになって欲しかったのだ。

新しい生で。

『今はまだ眠れ。その傷癒えた時再び生を受け人として生きよ。――――我が花嫁よ。』

再び生を受ける日まで。

今はただ眠れ。




これは一つの恋物語。



昔々、とても豊かな村の。

たった一つの恋が生んだ悲劇。



それは誰も知らない物語。


今へと続く物語。



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