空、それは…
皆様、お早う御座います。殻空です。
大変長らくお待たせしました。
空の空・第一話です。
全てにおいてまだまだ未熟ですので、どうか、お手柔らかにお願いいたします。
―――雨がこれでもかと降る中、深紅の唐傘を差しながらその傘
をクルクルと回す女の子が一人、そこには有た。
顔は傘に隠れて見えないが、その小さな身体から、歳は小学六年
生から中学二年生ぐらいだと伺える。
傘に隠れた顔から薄らと見える口元は、いつまでも笑っていて、
そして不可解な程に不可思議だった。
黒色の布切れをただ被っただけの、服とは呼べぬ服を着て、靴ど
ころか靴下も履かず、水に滴った土をかわいらしい二本の足が踏む。
雪の様に白い肌は傷一つ無く、触れたら溶けてなくなって終いそ
うなほど脆く、儚くも見える。
少女の踝まである永い漆黒の髪は、まるで一枚の絵の
中にあるかのように魅惑的で、それだけで魅了されてしまう。
校庭の真ん中に立つ少女は、校舎のある一郭を見詰める。
その瞳には一人の男が映るのみで、他の物には一切目もくれない。
荒くなる吐息は、まるで発情した醜い人間の様だ。しかし、その
口元から笑顔は消えない。
…ふと、物欲しそうに右手を男に向ける。手のひらを空の空に向
け、身を乗り出しそうになりながら只管手を伸ばす。
この手が届かないのは少女も知っている。
そう初めから、知っている。
―――だが、届いてはいけない。
―――しかし、触れてはいけない。
―――そして、有ってはいけない。
届かないと知っているのに、諦めたのか、触れたら折れて終いそ
うな右手を元に戻す。
それでもなお、少女の口元から笑顔が消えることは決して無かっ
た…。
―――――――――――――――
十月三十一日、木曜日。
空からは無慈悲に雨が降り、空は無価値に黒く染まっている。
ある場所ではそれを喜び、奇跡となり―――
ある場所ではそれを蔑み、災害となり―――
ある場所ではそれを慈しみ、救済ともなる。
所謂、感性の違いというやつだ。
雨が嫌いな奴もいれば、雨が好きな奴もいる。中にはどちらでも
ない奴だっている。
表と裏、勝と負、上と下、陰と陽。
だが、俺の考えはこれとは少し違う。
表があるから裏がある…という考えは可笑しいと思っている。
太陽があるから月があるのか。それとも、月があるから太陽があ
るのか。
…答えはどちらでもない。
地球を想像して、大地が表だとしたら、裏はどうなる?
宇宙に上も下もあるだろうか?
明暗境界線…通称・白夜と呼ばれる、太陽と月の間の場所。そこ
で陰と陽は成り立つだろうか?
俺は決して頭が良いわけじゃない。
明暗境界線だって、つい最近、本を読んでたら不意に目に入った
だけの、言葉だけの存在だ。
―――古典の授業で、先生が話し始めた「陰と陽」について深く
考えていた千葉 結姫は、ふと机に顔を伏せる。
結姫の席は、一番後ろの窓側にある。そのため、季節の影響を最
も受けやすい席と言える。
伏せた顔を左に向けると、誰かが泣いているかのような悲しい音
と、見ていられないほどの虚しい光景だけがただ淡々(たん)と広がっている。
俺の大嫌いな、雨の世界だ。
伏せた顔を上げ、右手を頬に置き顔の重心を支える。
体制を変えて、また大嫌いな世界を直視する。
しかし、その世界は少し異なった世界だった。
いや、仮説、世界は何処も変わってなどいないのかもしれない。
だが、本説、その場所だけは確実かつ絶対的に変わっている。
―――否、「異」なっている。
校庭全体を見渡せる、このクラスの位置から見える深紅色の傘は、
不気味かつ不愉快に異なっている。
その場所に合わないと言うべきだろうか。
有名な「ムンクの叫び」の絵画に、とても明るい色を混ぜたよう
なその異様感は、最早、人の気分を悪くさせるだけでは飽き足らな
ず、白色の「精神」に、黒のペンでガリガリっと、音が出るほど強
く塗りたくってくる。
世界がグラッとうねる。
脳をわしずかみにされながら上下左右に振られる感覚は、吐き気
を催し、すぐには収まってくれなかった。
…意識が、遠のいていく…最後には顔を伏せ、眠ったのか死んだ
のか判断が付かない程に、静かに…安らかに………堕ちる。
たった数秒の出来事。いや、もしかしたら数秒も経っていなかっ
たかもしれない。
それ程に永く、それぐらいに一瞬の事柄のように思えた…。
―――――――――――――――
ある日ある時ある場所で、一人の少女が苛められていた。
その少女は、生まれつき声を出せない障がいを持っており、普通
の子と比べても比較的に静かな子だった。
読書を好み、会話をするときは手話で話すが、周りの子達が解ら
ないので、ホワイトボードを自分で持ってきて会話をするようにし
ていた。
転校したての頃は、何事もなく日常が進んで行っていた。
しかし、現実は「普通」を許してはくれなかった…。
少女は、ただ普通で有りたかっただけなのに…。
「声を出さない」。その理由だけで、たったそれだけでの理由で、
男子は苛めを始める。女子も苛める理由は変わらない。
だが俺は、苛め自体は悪いものだとは思わない。
苛めが悪いだなんて言ったら、動物を殺し、食用としている人間
はなんなんだ、という話になる。
俺が悪いと思うのは、その苛めを見て見ぬふりをする奴…奴らが
一番悪いと思っている。
そこで手を差し延べれば、道は明るいまま続くんだ。
だけどそこで見て見ぬふりをすると、道はどんどん暗くなってい
く。…いつしか、真っ暗になるんだ。
―――――――――――――――
目が覚める。
少し頭痛が残る頭を左手で押さえながら、顔をゆっくりと上げる。
雨は止まずに降り続けているも、そこに深紅の傘の少女の姿は无。
(さっきの女の子は…?)
疑問を脳裏に残しながら、教室を見渡す。
教室には数人の生徒しかおらず、時計を見る限り、放課後という
ことが確認できる。
確かあの女の子を見たのが…三時間目だったな。ということは…
俺は六時間近く寝てたのか。
―――未だに雨が降っている風景を見ながら、ふとこの時期につ
いて思い出す。
十月が終わると、この藤之高校では文化祭の準備が始まり、十一
月十五日から十六日まで文化祭が行われる。
この町はそこまで行事があるわけではないため、藤之高校で行わ
れる文化祭は町の人や隣町からも非常に人気がある。そのため、文
化祭をやる側の学校にはとても力が入り、年を重ねるごとに規模も
存在も大きくなっている。
ま、正直どうでもいい話だ。興味のないことに一々首を突っ込ん
でいたらキリがない。
ただ、学校を休むわけではない。自分でやるべきことはキッチリ
最後までやる所業だ。
なにも考えずボーッと外を眺めていると、雨が少し弱まっている
ことにやっと気づく。
教室を見渡すと、残っていた生徒もほとんど帰宅していた。
(そろそろ帰るか…)
机の横に掛かっているスクールバックと傘を取り、昇降口へと足
を進め始める。
生徒がほぼ居なくなった学校というのは、妙に居心地の良い静寂
が広がっているものだ。
静かに響く足音…耳に残響する傘のカツッという音…耳を澄ませ
ば近くも遠く聞こえる部活動の掛け声…。
特に、階段を下りる時の足音がとても好きだ。
下に響くも上に響き、帰って来ては消えていく。
だが、今日は階段の音は楽しめそうになさそうだ。
「…それでね、千里のやつ、やけになってハンバーガー十五個も買
って、案の定腹壊して今日は休みなわけよ」
まったく話が読めないが、とりあえずこの有様だ。階段の音もな
にもあったもんじゃない。
心の中で溜息を一つつく。
気を取り直して…さっさと帰って、ゲームでもするかな…。
階段の下から上がってくる女子の横を通りすがる。
茶髪のショートへヤーの女子が一方的に話すのみで、もう片方の
黒髪ストレートの女子は苦笑いを浮かべながらその話を聞いていた。
可哀想に、と思いながらも、少し早めに階段を下りていく。
二人の女子が階段の上へと見えなくなったその時だ。
―――音が聴こえた。
いや、聴こえていた音がより鮮明になって聴こえてきた。
その音は、喋り声と混じっていてとても聞き取りにくい音だった。
正直、距離が離れるまで全く気付かなかった。だが、上と下の関
係が逆になり、距離が離れるという条件を満たして、その音は上か
ら響いてくる。
「良い足音だ…」
つい口に出してしまう程に、その足音は好ましかった。
どこか子供っぽさを感じさせ、しかし、大人の雰囲気が纏う音。
多分、さっき通り過ぎた二人の女子のどちらかの音だろう。
少しの間、階段に留まり目を瞑る。
そのうち登る音は廊下の奥へと遠のいていき、いつしか部活動の
掛け声の方が大きくなっていた。
目をゆっくりと開け、止めていた足をまた昇降口へと向かわせる。
少年は気づかぬ間に、その口元に静かな笑顔を浮かべていた。
―――――――――――――――
今日は帰りに一冊の小説を買って帰宅した。
何事もない帰り道だったが、帰ると珍しく母が家に居た。
「お帰り~」
「ただいま。あれ、母さん仕事は?」
「いやぁ、なんかこっちに来れなくなったらしくて、今日はお休み」
「ふ~ん。ま、久々に休みなんだから、ゆっくり休みなよ」
「お~い」と言いながら手をゆらゆらと振ってくる。
ソファーに寝っ転がっているところを見ると、言わなくても十分に
くつろいでいるようだ。
顔はテレビの方向に向いていて目視できないが、声からしていつも
通り呑気でマイペースの母だと確信する。
ちなみに、母の仕事は翻訳関係らしい。あまり深く話しを聞いたこ
とがないので良くは知らないが…また機会があったら聞いてみること
にしよう。
帰宅後は、帰り道に買った小説を読み、食事中に昨日撮ったドラマ
を鑑賞し、食器を片付けお風呂に入り、まだ読み終わっていない小説
の続きを一時間程度読んだ後、十一時に就寝。平日の日課はほとんど
がこんな風に進んでいる。しかし、小説の部分は大体ゲームの時間で
潰されることが多い。
家は少し大きめの家で、木の門の右に「千葉」と書かれていたりす
る。
父は二年前に他界しており、親は母一人だけしかいない。
この家は父方のお祖父ちゃんが住んでいた家で、父方のお祖父ちゃ
んとお祖母ちゃんは生まれ故郷である北海道に家を買い、この家を譲
ってくれた。
母方の両親は、母がまだ二十二歳の頃に双方他界している。
―――父が死んだとき、母は涙一粒流さなかった。
俺は…母が心底嫌いになった。
理由は単純明快だ。息子である俺から見ても、父と母の関係はとて
も良かった。友人のように喋る二人の間に割り込む隙なんてものはな
かったし、話せば色々な話をしてくれるし教えてくれた。良い両親で
あったとも思っている。
時に笑い。
時に泣き。
時に悲しむ。
見ていて面白かった。
父がボケて、母はそれを突っ込んだり無視したり…その逆だってあ
った。まるでテレビの中の漫才をリアルで見ている感じだった。
『やりたいことをやれ。だけどな、中途半端にだけはなるなよ。』
父がよく、社会や将来の話をしているときに言う言葉だ。
母には怒られたことはあるが、父には怒られたことがない。
だが決して甘やかされていたわけではない。
父は元々暴走族の副長だった。だけど、根はどんな人よりも優しく、
そして人情に熱い人だった。
父が俺に怒らないのは多分、元暴走族だったというのが大きく関わ
っていると思う。
だけど、その父も死に、母と俺だけが残された。しかも、父が死ん
で間もない時の俺は、母が心の底から嫌いだった。
でも、父の命日のことだ。
墓参りをした後、父方のお祖父ちゃんに連れられて帰りの車に乗っ
たとき、墓地の曲がり角に「 」が見えたんだ。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは知り合いの人がいたらしく、そっち
に行って話しており、母は父の処からまだ帰ってきていなかった。
「 」が気になり車を降りると、その「 」はスラット前
進し始める。
追いかけると父の墓の通りに着いた。
周りを見渡してもさっきの「 」は居なかった。しかし、父の
墓の前には異様な光景が、木や草を風が揺らすようにあった。
「良かったねぇ、今日は晴れだよ、雄。調子はどう?私は…そ
うだね…前に比べたら、元気じゃない、かな。でも、これで私の勝ち
だな」
そう言うと、母は父と会話していた時の笑顔を浮かべながら、その
目から溢れんばかりの涙を流す。
まるで、母の目の前には父が居るかのようだった。
気づかぬ間に、自分の目からも涙が出ていた。
涙を拭うと、自分の居た場所が薄らと暗くなったので、空を見上げ
た。どうやら雲が太陽を遮っているらしい。
いつも呑気で、いつまでもマイペース。まるで母の性格を見えるよ
うにしたみたいだ。
ゆっくりと来た道に体を向け、お祖父ちゃんの元へと足を進める。
その日俺は、父が心底嫌いになった。
皆様、お疲れ様でした。
空の空・第一話となる「空、それは…」はいかがでしたでしょうか?
この空の空では、皆様の御想像にお任せする本文が多々あります。
そして「謎」多き物語にもなっています。
これを読み終わった方は、その「謎」を質問したいと思っている人もいるかもしれませんし、そうでないという方もおられると思います。
もしかしたらその「謎」は物語が進めば解けるかもしれませんし、そうでないかもしれません。
その「謎」さえ、皆様の御想像にお任せするかもしれません。
質問や聞きたいことなどは答えられる範囲で答えます。
お気楽にメールで御声かけください。
それでは、また会う日まで。