小説サークル
サークル活動は同じ目標に向ってみんなで活動するから楽しい。ただしそこで秀でた一人が出たとしたら?
「さあ、みんなで一緒に成長していきましょう!」
サークルの部長が本年度の幕開けのミーティングで言った。
大学に入学して私が選んだのは小説サークルだった。
サークルメンバーの自己紹介を見ながら、渡されたサークル会報に載っている小説に目を通した。結構みんな本格的に書いているようで、心躍る気持ちだった。
「このサークルのメインメンバーはこの五人です。彼らは会報に毎月小説を書いて一つの本に編集し、この大学の卒業生が勤めている出版社に持ち込んでアドバイスや評価を頂いております。なので、ライターになりたい人はここでみんなと一緒に成長していく絶好のチャンスになりますよ」
胸のときめきが更に増した。
私は書くことが大好きで、中学の頃からずっと詩や物語を書いていた。たくさんのお話しはノートの中にびっしりと書かれていて、自分の部屋に大きな山として積みあがる程だ。
日常の中で小説のヒントになりそうなものや浮んだアイデアもびっしりと小さな手帳に綴られている。
できることなら書くことを仕事にしたい、書くことが出来ないとしてもそれに関わる仕事に就くことが私の夢なのだ。
「では腕試しということで、年度初めのお題に関しては全員参加でお願いします。翌月最終日までに「木漏れ日」をヒントにした小説を完成させて下さい。もちろん今回の完成作品は、すべて出版社に持っていきます。では、がんばってください」
私の目はきらきらと輝いていたに違いない。
私の夢がまた一歩近づく、そんな気がしていたから。
だから私は夢中で書いた。
これが少しでも夢に近づくのなら!授業中も家でも頭の中は小説のことで一杯になった。だからサークルにいって誰かと話をすることもなく、ひたすら話の続きや結末のことを考えていたり、気になる言葉や事柄をメモしていた。
「遠野さん?」
はっ、私の名前呼ばれてた?
「あ、はい、すいません。なんでしょう?」
ペンの動きを止め頭を上げると、部長が立っていた。
「あなた他の人と仲良くしようとかは思わないのかしら?」
私は夢中になっている自分に気づき恥ずかしく思った。
「すいません。書くことが好きすぎて頭がそこまで回らなくて……」
部長とサークルのメインメンバーたちは私が慌てている様子を見てくすくすと笑った。
あっという間に月末の小説締め切りの日になった。
私は書いた小説を部長に渡した。
「よく書けてるわね。ひょっとしたら今年の新入生の中でもずば抜けた逸材かもしれないわね、あなた」
自分の顔が火照るのを感じた。
今まで自分の書いたものを見せて褒められるようなことはあまりなかった。オンライン投稿サイトに自分の作品を投稿することも数回したが、たくさんある小説の中で他の人が自分の作品に目を止めることはあまりなかった。
「ありがとうございます!」
すると部長は私にある提案をした。
「日曜日に編集者にもっていこうと思うのだけれど、今回は全員の小説をもっていくからとても荷物が多いのよ。私一人では全部持ちきれないから、私の手伝いをしてもらいたいんだけど。あなた、一緒に出版社に行かない?」
踊りだしたかった。なんたって私の夢に見る仕事の場である出版社に生まれて初めて行くことができるのだから。
「はい!喜んで!」
側にいた人たちの一人が「居酒屋みたい」と言うと、みんなはくすくすと私を見て笑った。
ひょっとして私はここのサークルの中でバカにされているのかな?とも思えたが、嬉しい提案に浮き足立っていたこともあって、さほど気にならなかった。今にして思えば、他人が自分をどう考えているのかもっと注意すべきことだったのかもしれない。
日曜日は運悪く雨が降っていた。部長と一緒に紙袋に入った小説の束をもって結構な距離を歩いた。出版社に着くと大学の卒業生の編集者が待っていた。
「来たね、未来の作家」
「いつもお時間を割いて頂いてありがとうございます」と部長が丁寧に挨拶をした。
「珍しいね、今日は一人じゃないんだ?」
「はい、新入生に手伝いを頼みました」
編集者は仕切りに囲まれた一画に私たちを通した。一斉に腰をかけると、数人分の原稿を袋からつかみ出した。どさっとテーブルに置かれた原稿の一番上は偶然にも私ものがあった。
編集者は私の原稿を手に取り、「どれどれ……」と言いながらささっと目を通している。
「これ書いたの誰?」
部長は私の顔を見た。
「あ、あの……私です」
気のせいか部長の目が少し怖く見えた。
「君、新入生っていったね?まだ他のもみてないし、君の原稿を見るのも初めてなんだけど、センスあるね。他にもっと書いて見せて欲しいな……」
まさかこんなことが起こるなんて考えもしなかった。チャンスどころか物書きとしてデビューできるんじゃないかと舞い上がっていた。
「はいっ!」
「じゃあさ、また今度くる時に君のは別にもってきてくれないかな?」
私は隣に座っている部長の顔をちらっと見た。
怒っているのだろうか?私を睨みつけているように見えた。
私は部長に配慮して小さく「はい」とだけ答えた。
思い返せばそれからだと思う。
私がサークルの部屋にいるとサークルのメインメンバーは私を皮肉ったり笑いものにしているような気がした。そんな雰囲気があまりにも続いたので、私は自分の書くものに集中するように心がけた。
夏になり、大学のどのサークルも合宿と称してサークル旅行に行き始めた。
それは小説サークルも例外ではなかった。
私はサークル内で誰かと仲良くしている人もなく、参加したところで楽しめるような気もしなかったのだが、自分の肥やしになるだろう見たこともない景色や雰囲気を吸収しようと思い参加することにした。
そこは大学のある東京からはかなり離れた島だった。
普段目にすることのない環境は新しいアイデアをもたらしてくれるに違いないと思うとわくわくしていた。
ほとんどの参加者は夏だということもあって、海の遊びを満喫していた。
私はいつものように小さなメモ帳を片手に、新しいアイデアやヒントを散策しながら書き込んでいた。これも私にとっては楽しい作業の一つだった。
いつものように一人にでメモを片手に島の砂浜を歩いていると、部長がやってきた。
「ねえ、知ってる?ここの島からボートで小さな無人島に行けるのよ。明日行ってみようと思うけど、あなたも来る?」
私は部長に嫌われていると思っていたので、突然の誘いに戸惑いを感じた。
「私でいいんですか?」
「もちろんよ」
正直あまり気が進まなかったけれど、嫌いな相手を誘ってまでいきたい無人島なんていうのはないだろうと高をくくった。
私は「はい」と返事をした。
翌日、部長に促されて海に行くと小さな手漕ぎの三人乗りのボートがあった。
「ここからそんなに遠くないって聞いてるからこれで十分だと思うわ」
海は静かで、小さなボートでも不安はなかった。
「ねえ、あなた漕いでくれない?」
部長は人を顎で使うようなところがあるとはいつも思っていた。私も女だから、ボートを漕ぐとなるとかなり必死だ。そういうことを解って私に頼んでいるのだろうか?それとも出版社のところに行った時みたいに、単なる自分の使い走りとして無人島に誘ったのだろうか?
無人島に着いた時にはかなり腕や肩が疲れていた。
そんなことを気にする様子もなく、部長は「岩場のところに行きましょう」と先を歩いた。私は執事のように汗を滲ませながら部長の後を追った。
波が打ち寄せる岩場に立った部長はいきなり止まって私の方に向き直った。
「あなた、初日に私が言ったこと覚えてる?」とキツイ口調で尋ねた。
「えっと……がんばりましょうって……」
「違う!あなた何もわかってない。何もわかっていなかったのよ!」
部長の感情が一気に爆発しているようで、黙っているのが賢明だと感じた。
「いいこと、サークルっていうのはみんなで活動すること、みんなで成長することが目的なのよ。あなた一人の成長のためにこのサークルがあるんじゃないの!」
こんな場所で糾弾されるとは思いもしなかった私は、どう反応していいのか困ってしまった。
「このサークルはずっとみんな一緒に成長することを目指してきてるの。あなたはそれが出来ないでしょ?あなた一人で成長しようとしてるでしょ?違う?」
「私はただ書くことが好きで……一体どうすればいいんでしょうか?」
私の言葉の選び方が間違っていたのか、部長の顔は更に赤くなっていく。
「みんなと一緒に足並みを揃えることができない人はサークルには無理なの!」そう言うと部長が私の胸を両手で力いっぱい押した。
私はバランスを崩し、よろけた拍子に岩の切れ目の間に片足を落としてしまった。立とうとして足を切れ目から引き抜こうとしたが、くるぶしが引っかかって引き抜けない。
その様子を冷ややかな目で見る部長は一言「いい気味……」と残してボートに向って歩いていく。
「部長!助けてください。待って!待ってください!」
振り向かないどころか立ち止まってもくれない。私は置いていかれると思い必死で片足を引っ張る。何度も岩に擦れるくるぶしを包む皮膚からは血が滲む。岩の鋭利な表面が擦り切れた皮膚を更に何度も擦る。
「待ってーっ!置いていかないでーっ!」
泣きながら大きな声で叫ぶも、部長は一人ボートに乗って漕いでいる。
涙で滲む目にどんどん小さくなるボートが潤んだ。
「さあ、みんなで一緒に成長しましょう」
部長が年度初めに行う出版社持込みの作品ための作品提出の説明をする。
「……みなさん、がんばって」という声が終わると同時に、部長の携帯電話が鳴り、編集者の名前を電話の小さな窓に映し出した。
「あ、僕だけど……前に読んだ新入生の子の新しい小説もってきて欲しいんだ」
「いつもお時間を割いて頂き、ありがとうございます。残念ながら彼女は行方不明になっています」
「えっ、それは残念だな。他の人にも見せたんだが、みんな彼女にかなり興味を抱いてね。ちょっとした仕事をしてみる気はないか話をしようと思っていたんだけどな」
無表情の口元から冷たく乾いた言葉が流れた。
「サークルの中でみんなで一緒に成長することができない子は、ボツなんです」