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夏の日の出来事  作者: 夕部空波 
実幸の思い
8/12

8 真希

 学校への転入から一週間。今迄通りの誰とも話さない日々が刻々と過ぎていく。次引っ越すのは八月の頭か、七月の下旬だ。もうそれが決まっているというのだから、この町に居たいとか、そういう感情は残さない。潔く、きれいに記憶から削除する。そのために、学校で知り合いを、自分のことを覚える人がいないように一人でいよう。

 だが、そんな決意を一ミリも知らないで、わたしに声をかけてくるものがいた。正直、鬱陶しい。わたしは無視をしているというのに、相手はどうにも思わないのだろうか。


「ねぇねぇ、紫原さん。転校する前はどこにいたの?」


事実、こういう風に関わろうとする人なぞ今までいなかったから答には戸惑った。しかし、そんなものもう覚えていない。引っ越すときにほとんど忘れてきた。忘れるようにしている。第一覚えておくものなんてないのだ。


「ねぇ~教えてよ。じゃさ、趣味は? 読書? いつも本読んでるし」

「……」


本を読むのが、唯一の楽しみだ。誰とも話さないのだから。一人でもいいのだ、という気丈なふるまいだとは自負している。しかし、なんだか少し嬉しい。聞かれても絶対に言わない感情だ。けど少し名前を聞いてみようかという気になった。駄目だと思っても、自分がここにいた痕跡をつけたいと、微かにそう思っていた。


「あなた、名前は?」


こう聞くと相手は嬉しそうな顔をする。いいなぁと少し思ってしまった。友達がたくさんいて、きっと今まで一度も引っ越しも、転校も転入も、体験をしたことがないのだ。何一つかけてはいないのだろう。何か無性にうらやましくなる。


「わ、わたし!! 加藤真希っていうんだ!」


物凄い大きな声だ。本を読んで少しボーとしている頭に嫌なほど響く。でもなんだか、やっぱり嬉しかった。もう引っ越す予定は決まっているから、あまり未練は残したくないのだが。自分に興味を持ってくれる人がいることが、嬉しかった。


 その後も彼女―――加藤真希は話しかけてきた。何してるの? とか、何が好きなの? とか。くだらない、他愛のないことを聞いてくるが、そんな経験初めてで、この時間が大切で、嬉しくて。どんどん、応えていった。いつの間にか、真希なしでは学校に来る意味がないとさえ感じ始めるほどに。


そんな彼女がある日言った。


「ねぇ実幸。何で転入早々に、〝仲良くしてくれなくていいです”なんて言ったの? おかしいじゃん」


やっぱり、そう思うよね。下を向いて俯いた。だってさ、わたし、すぐに引っ越しちゃうんだもん。だったら、そこに短く留まるのなら、すぐにさ、引っ越せるように。準備って大切でしょ? ましてや、そんな一カ月も留まるか分からないところで仲良くしてくれたら、わたし、引っ越しできなくなっちゃうんじゃん。


「実幸? ……」


彼女はそういう風にわたしを呼ぶ。それがどんなにうれしいのか、あなたは分からないのだろう。


 質問に答えることができなかった。口が動かなかった。頭の中で気持ちが爆発した。

 昼のチャイムが鳴った。これからは、やはり、彼女と話はしないほうがいいのかもしれない。



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