魔女の少女
これは「騎士と魔女 ~memory~」の前日譜です。
↓よろしければこちらを読んでください。
http://ncode.syosetu.com/n1922s/
寝起きのまどろみの中にいる私の耳に、小鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンの隙間から入ってくる朝の光を瞼の裏で感じながら、心地よいベッドで寝返りを打つ。
とっても気持ちがいい。
今日はなんだかいい事が起こる気がするな。ぼ~んやりとそんなことを考えた。
あぁ、良い気持ち。
「…お嬢様ーーー!!お嬢様ーーーー!!」
「バカ、そっちはドラゴンの寝室だ!!お嬢様の部屋はこっちだ!!」
「あ、いけねいけね。そういやこっちだったな。お嬢様!お嬢様ーーー!!!」
「全く何度言えば良いんだ…ってかやかましい、叫ぶな!!」
…良い気持ち、だというのに。
「お嬢様!!起きていらっしゃいますか?お嬢様ーーー!!!」
「あほう!そこはケルベロスの寝室だ!!そんなにドアを叩くな!迷惑だろう!!」
隣の部屋のドアをドンドン叩く音が聞こえる。
私の部屋の扉の方が断然大きいのに、毎度毎度、よく間違えるものだ。
私を起こしに来たのだろう。とりあえずベッドの上で身を起こす。ってかうるさい。
「うっせえな!!また間違えてんだよ!!!お嬢を起こすんだろうが!!何回目だこのやろう!!」
「あ、ホントだ、ここケルベロスだ。わりぃわりぃ」
あ、切れた。…ケルベロスも災難なことだ。オーガは何度言っても人の部屋を間違える。手綱係のスライムも骨が折れることだろう。まぁあいつに骨は無いけども。
少し上手いことを言った自分に満足しつつ、ベッドから出る。
鏡を見ると、密かな自慢にしている黒髪に結構ひどい寝癖がついている。
こりゃあ、なおすのに時間がかかるかな。
「ちょ、やめ、噛み付かないで、悪かったから、おでが悪かったから!!」
「待て、落ち着け!俺は悪くねぇ!こいつが勝手にお前のところへ行ったんだ!」
「うるせええぇ!!そんなもん知るか!もう勘弁ならん!!今日という今日は勘弁ならん!!」
……なかなかヒートアップしているようだ。私を起こす使命なんてとっくに忘れているだろう。
まぁあれだけ騒がれれば城内の皆が起きているだろう。いい加減止めなければ。
「ああもういいよ!!そっちがその気ならこっちだってやってやるよ!!スライムなめんなよ!!」
「上等だ!!お前から八つ裂きにしてやるよ!!」
「八つ裂きにされてもすぐにくっつくぜバカが!!!」
「やったれー!スライムーー!!」
「「てんめぇ、誰のせいでこうなったと思ってんだーーー!!!」」
「え、ちょ、ごめんなさーーーーい!!」
「朝からやかましい!!!静かにしなさい!!!!!」
バンッ、とドアを開けて三人を一喝する。
ピタッ、と三人は動きを止める。どうやらあの騒がしさの中でも私の声はしっかり聞こえたようだ。
うら若き乙女にとってその事実はあんまり嬉しくない気がする。おとなしい子になりたいのだ。
…っていうかスライムが伸びすぎだと思う。廊下全体に広がるくらい伸びれたんだ、ちょっと意外。
「……おはよう。」
「おはようございます、お嬢様!」
「こ、これはこれはおはようございます…」
「お、お嬢!これには色々と訳がありまして…」
こういう時、オーガだけは返事がとてもいい。きっと何も考えていないのだろう。
「…もう。大体何があったのかは分かっています。二人へのお仕置きは後で考えるとして、とりあえずオーガは後でサキュバスおばさまの所へ連れて行きます」
「え、ええ!お嬢様、それだけは許してくだせぇ!」
「これで、七回目です。いい加減お仕置きです」
「そ、そんなあ~」
魔物たちの教育係のトップに立つサキュバスおばさまの所へ連れて行くのだから、さすがにオーガも少しは学ぶだろう。
「…で?どうして私を起こしにきたのですか?」
今日は特に予定は無かったはずだ。彼らが起こしにきたのにも何か理由があるだろう。
「あ、そうだそうだ。それを言わなきゃいけないんだった」
一番大事なことを忘れるんじゃない。スライムも中々抜けているところがあるようだ。
「賢者様が城下街に行くから、もしついてくるなら準備をしろ、ですって」
「え!お父様が!?」
私はとても驚いた。お父様が王国に行くときは、いつもおばさまと二人だけで行っていたのだ。今までは、私がいくら一緒に行きたいと駄々をこねても断固として連れて行ってはくれなかったのだ。
そのお父様から連れて行ってくれるなんて…
「どーしますか?」
「も、もちろん行きます!!!すぐに支度をすると伝えてください!!」
夢にまで見た人の国に、もうすぐ行けるんだ。
私は急いで自分の部屋へと飛び込んだ。
「…お嬢、嬉しそうだな」
少女がいなくなって、ケルベロスが言う。
「そりゃそうさ、ずっと王国に行きたがってたんだからな」
「賢者様も、やっとお嬢様を連れてってくれるんだな!」
オーガは嬉しそうに言う。彼女が喜んだのが我が事のように嬉しいのだろう。
「おやじさんもお嬢に、世界を見せようとしてるんだろうな」
「お嬢様だって、後数年したら成年になるんだからな。跡取りに色々と教えるにはちょうどいいくらいの時期だよ」
「…跡取り、か」
ケルベロスの声が、少し沈んだ。
「どうした?」
「いや、おやじさんの夢も、お嬢は継ぐのかなぁ、と思ってな…」
「ああ…そういうことか」
「…人間と魔族の垣根を取り去る…。おで、バカだからよくわかんねぇけど、本当にそんなことできるのか?」
オーガは僅かに悲しそうな顔をして、腕の古傷を撫でた。
「おやじさんは諦めたが……どうだろうな」
「…」
沈黙が、流れる。
「ま、いまそれをとやかく言っても仕方がねぇな!とりあえず賢者様に報告だ!」
スライムが、場を取り繕うように明るい声を出す。
「ああ、そうだな。おやじさんも、やっと娘を連れて行けるんだ。あの仏頂面が、最後までもつか見物だな」
「賢者様は、お嬢様が大好きだもんな!!」
「ははっ、ちがいねぇや」
そして、少女は少年と出会う。
その出会いは、誰かの夢を継ぐ。
その出会いは、誰かの夢を紡ぐ。
お読みいただきありがとうございます。この話は「騎士と魔女」の世界観を膨らませて書いてみました。感想、批評、お待ちしております。