責任を引き受ける証言
裁定会の追加審理は、三日後に開かれた。
前回と同じ大広間には、今度は商会の帳簿が並べられていた。水門の操作記録、顔料の購入伝票、役所との往復書簡。ばらばらだった紙片が、公開記録の板の上で一つの流れになっている。
商会代表の横には、エドガーが立っていた。
彼は以前より痩せて見えた。けれど、目を伏せたままではなかった。
裁定官が木槌を鳴らす。
「本日は、水門閉鎖と記録改変に関する責任を確認する。商会側から証言を申し出た者がいる」
エドガーが一歩前へ出た。
「私です」
広間のあちこちから、低いざわめきが起こった。
セレネは彼の顔を見た。婚約を解消した日の、冷たい微笑みを思い出す。あの時の彼は、彼女の言葉を聞こうとしなかった。家の決定に従い、記録を扱う女は面倒を起こすと告げた。
けれど今、彼は誰かの後ろに隠れず立っている。
「私はエドガー・ヴァルツ。ヴァルツ商会の後継者です。父の商会で、水路契約の管理を担当していました」
商会代表が椅子を引いた。
「エドガー、軽率な発言は慎め。お前は事情をすべて知らない」
「知ろうとしなかったのです」
エドガーは父を見た。
「十年前、水路の維持費を商会が負担する代わりに、余剰水を優先して使用できる契約が結ばれました。その契約には、雪解けが早い年の調整条項がありました。けれど、後からその条項が削られ、商会が年間を通じて一定量を確保できるよう書き換えられた」
セレネは記録板に目を向けた。
母の記録箱から見つかった、途切れた頁。そこに残っていた日付と、今回の帳簿の署名日が重なる。
「削除を知っていたのですか」
裁定官が尋ねた。
「知っていました。正確には、父から聞かされていました。水不足の年でも契約を守るためには必要な変更だった、と。役所の一部も了承しているから問題はない、と」
「今回の水門閉鎖については?」
「父は、契約違反の責任を商会が負うことを恐れていました。閉鎖が計画より早かったと知られれば、下流への補償と水路の修繕費を払う必要がある。だから、番人の操作ミスに見せかけるよう、記録を直す指示が出されました」
商会代表が立ち上がった。
「私は命じていない!」
「父が直接、紙に書いた命令を出したわけではありません。だが、記録課の主任を呼び、契約違反にならない形に整えろと言った。私はその場にいました」
エドガーの声は震えていた。
「そして私は、黙っていました。父の商会を守るためです。セレネの婚約を解消したのも、記録の問題を追及する彼女を遠ざければ、家同士の関係を壊さずに済むと思ったからでした」
広間の空気が変わった。
セレネは胸の奥に、古い痛みが戻ってくるのを感じた。けれど、今さら彼の後悔を受け取って、過去を別の形に塗り替えるつもりはなかった。
「あなたは、今回の偽造に関わったのですか」
彼女が問うと、エドガーはまっすぐに答えた。
「操作記録の原本を預かったまま、父に渡しました。そこに水門が予定より早く閉じられたと書かれているのを知っていた。返却された時、立会人の欄が埋まっていました。私は見なかったことにしました」
「つまり、改変そのものを行ったわけではなくても、隠蔽を支えた」
「はい。私は責任を引き受けます」
その言葉は、広間の石壁にぶつかって静かに消えた。
裁定官が確認を続ける間、セレネは公開記録に証言を書き写した。筆先が紙を滑る。エドガーの言葉も、父親の反論も、役所の主任の供述も、同じ大きさで残していく。
やがて、商会と役所の関係者に対する処分案が示された。
商会の営業許可を取り消し、関係者を拘束する。奪われた水の損害は、商会の資産を没収して補填する。
傍聴席からは賛成の声が上がった。長く苦しめられてきた住民にとって、それは当然の報いに思えた。
セレネは手を挙げた。
「処分に反対するのですか」
裁定官が尋ねる。
「いいえ。責任を曖昧にしてはいけません。ただ、商会の資産をすべて没収してしまえば、水路を修繕する職人への支払いも、今季の配水に必要な資材も失われます。罰が下流の暮らしをさらに傷つけるなら、目的が逆になります」
彼女は記録板に書かれた損害額を指した。
「商会と役所の関係者には、個別の責任に応じた賠償を求める。そのうえで、商会が得た余分な水の利益と、今回の閉鎖による損害を、水路修繕基金へ移すべきです。資金の使途は公開し、修繕の進捗も住民が確認できるようにする」
商会代表が睨みつけた。
「それでは商会を残せというのか」
「残るかどうかは、商会がこれから選ぶことです。利益を守るために水を隠す商会は必要ありません。けれど、働く人や荷を運ぶ人まで、経営者の罪で一緒に失職させる必要もない」
ノアが隣から言った。
「修繕には商会の輸送路と人手が必要だ。監督を公開し、契約を分ければ、町の利益を損なわずに責任を問える」
セレネは彼を見た。
彼は彼女の案を奪わず、ただ必要な部分を補っている。その距離が、今は心地よかった。
長い協議の末、和解案は採用された。
商会は不正によって得た利益を返還し、被害が確認された村へ補償する。水路修繕基金を設け、資金と工事記録を公開する。関係者は個別に処分され、エドガーは商会の後継者としての地位を辞退し、証言と賠償手続きに協力する。
判決が読み上げられた後、エドガーがセレネの前に来た。
「君に許してほしいとは言わない」
「許すかどうかを、あなたの証言の対価にはしません」
「わかっている」
彼は苦く笑った。
「ただ、あの日、君の言葉を信じなかったことを謝りたい」
「謝罪は受け取ります。でも、私はもう、あなたの判断で自分の価値を決めません」
「そうだね」
エドガーは頭を下げた。
彼が去った後、ノアが記録板を見た。
「和解案に、君の名前を入れるのか」
「提案者としては入れます。でも、決めたのはここにいる全員です」
セレネは最後の欄に書き加えた。
本日、責任の所在を個別に確認した。損害の補償は水路修繕と下流の生活再建に充てる。すべての支出と工事の進行を公開する。
書き終えた時、窓の外で雪がひとひら落ちた。
春はまだ遠い。
けれど、町はようやく、誰か一人の都合で水の行き先を決める場所ではなくなろうとしていた。




