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第9話 安全のため同行。と言われたら、人が増えた

朝の空気は冷たい。

冷たいのに、ポケットの中の紙だけが、妙に熱い気がした。


私は玄関で深呼吸を一回して、髪に指を通す。髪は整う。

整うと、よし。


……よし、のはずなのに。


「ミオ、その紙、まだ入れてる?」


背後から姉の声。レティアはもう外出用の上着を着て、荷物の紐をきゅっと固定していた。

固定する、じゃなくて……調律。うん。調律してる。


「入れてる。捨てると増えそうだから」


「捨てたら“再発行”が来る。丁寧に」


最悪の単語が来た。丁寧。

丁寧は怖い。紙が増える匂いがする。


肩の上で透明な気配が跳ねる。


「現場! 現場!」


精霊スーリ。今日も元気。元気は危険。風は余計なものを運ぶ。


「スーリ、小声」


「こごえ!」


「内容も小さく」


「……げんば……」


よし。えらい。たぶん。


レティアが持ち物を確認する。


小鍋。清潔な布。紐。水袋。灰。少量。

“少量”のくせに、灰は話題を呼ぶ。話題は人を呼ぶ。人は紙を呼ぶ。


「目立たない。手順だけ。声は小さく」


私は自分に言い聞かせるように呟いた。


レティアが頷く。


「目立たない導線を選ぶ」


「護衛がいる時点で、導線が叫んでる」


「叫ばせないように、外周を作る」


姉の言い方は短いのに、やることは多い。

頼もしさで胃が落ち着く。胃が落ち着くと呼吸が戻る。呼吸が戻ると、匂いが減る。


よし。調律。


◇◇◇


教会別館の前には、最初から人がそろっていた。


白い上着の記録係。

紙束と羽ペン。

視線を上げないのに、存在感だけが重い。


その隣に、補佐官セシル。今日も紙が分厚い。

さらに、その奥に、ユリウス。丁寧な笑顔でこちらを見ている。

そして護衛が二人。無口で、体の角がきれいに立っている。


……護衛。いる。目立つ。


「おはようございます」


ユリウスが先に挨拶した。声が落ち着いている。

落ち着いているのに、逃げ道が減る声だ。


「本日は短時間の同行です。安全のため、必要な人数だけ」


必要な人数、の中に護衛二人。

私の“必要”と、世の中の“必要”は、いつも違う。


セシルが淡々と私の前に紙を差し出した。


「番号票、47。こちらを」


番号票。匿名のはずの盾。

私は受け取る。紙は軽いのに、手首が重くなる。


次にセシルが差し出したのは、布製の腕章だった。白地に黒い文字。


【協力者】


……目印。

迷子防止じゃない。看板。


私は固まった。


「え、これ……」


「安全のためです」


ユリウスが丁寧に言った。


「迷子防止です」


「迷子になる前に帰りたいです」


口から出た。出てしまった。

セシルが一瞬だけ瞬きをした。記録係の羽ペンが動いた気がした。

やめて。動かないで。紙が増える。


レティアが一歩前に出た。


「腕章は不要では」


ユリウスは表情を変えずに答える。


「不要ではありません。現場で混乱が起きた時、誰が協力者か分かると守れます」


守る。保護。

保護の名で囲うやつだ。


スーリが肩の上で小さく囁いた。


「ミオ、目立つの、いや?」


「いや」


「じゃあ、風で隠す?」


「それはもっと目立つ」


「……むずかしい……」


難しいよね。私も難しい。


結局、腕章は巻かれた。

巻かれた瞬間、周囲の目が一度だけ寄った。

寄った目は、すぐ離れた。離れたのが怖い。離れた目は、あとで戻ってくる。


セシルが手順の説明を始める。


「本日の巡回地点は市場外れの広場です。人通りの少ない道を通ります」


「人通りの少ない道を、護衛つきで?」


私が言うと、護衛の片方が微妙に目を逸らした。

護衛も分かってる。叫ぶ導線だって。


レティアが淡々と言う。


「外周は私が作る」


「助かる……」


助かるけど、姉の外周作りは“上手すぎて目立つ”時がある。

今日は目立ってほしくない。

でも姉が目立つなら、私が目立たない可能性が上がる。よし。


自分に言い聞かせて、歩き出した。


◇◇◇


人通りの少ない道は、確かに人が少なかった。

ただし、“少ない人”が全員振り向いた。


護衛という存在は、静かでも音がする。

音というより、存在が鳴る。


「おい、何だ?」


「教会の人?」


「腕章……協力者?」


聞こえる。聞こえるのが怖い。

私は腕章の文字を手で隠したくなったが、隠すと余計に目立つのでやめた。


レティアが歩く速度を少しだけ落とし、背中だけで人の流れを外側にずらした。

押すんじゃない。距離を作る。

人は不思議と、姉の周りから半歩離れる。姉は強い。


スーリは今日、珍しく静かだった。

肩の上で丸くなっている。風を小さくしている。偉い。


「スーリ、今日は優秀」


「こごえ!」


褒めてない。褒めたけど。

精霊は褒めると大きくなる。大きくなると風が大きくなる。風が大きくなると紙が増える。


私は褒め方の調律が必要だ。難しい。


◇◇◇


市場外れの広場に着くと、セシルが手際よく場を作り始めた。


机を置く。布を敷く。小鍋を置く。水袋を置く。

護衛が周囲に立つ。立った瞬間、広場の端にいた人が二歩下がる。

下がると距離。距離は安全。良い。


ユリウスが言った。


「ここを臨時の救護所とします。見物は距離を。列はあちらです」


“距離”という言葉に反応して、私の口が勝手に動いた。


「距離! 近いと転ぶし、邪魔だし、危ないです」


しまった。

言い方が雑だった。雑だと怒られる。怒られると紙が増える。


……のに意外と、人は素直に下がった。

素直に下がる人は、だいたい“短い言い方”が好きだ。


セシルがすぐ、紙を取り出した。手順紙。

そして書き始める。


「距離……近いと転ぶ……」


やめて。書かないで。

紙になると採用される。採用されると、私の逃げ道が減る。


ユリウスが丁寧に笑った。


「良い指示です。現場は短い言葉が強い」


褒められた。最悪。

褒められると、増える。


レティアが私の横で小さく言う。


「紙で押し返す。丁寧に」


「押し返したくない……」


「押されるよりマシ」


確かに。


◇◇◇


最初の客は、子どもだった。


母親が抱えて駆けてくる。子どもは泣いている。

膝に擦り傷。そこに灰がうっすら塗られていた。


「すみません、さっき転んで……人が『灰を薄く』って言って……」


母親の声が震えている。

周囲の人がざわつく。


「白いのが出るって」


「薄い膜だろ?」


やめて、その単語。薄い膜。

薄い膜は、紙と匂いを呼ぶ。


ユリウスが丁寧に言いかけた。


「まずは洗浄を……」


丁寧すぎて届くまで時間がかかる。

現場は時間がない。泣き声が増えると空気が濃くなる。濃くなると匂いが寄る。


私は最短で口を挟んだ。


「まず洗う。こすらない」


母親が頷く。


「はい、はい……!」


「水。ここ。膝、ここ。流して」


子どもが「しみる!」と泣いたので、私は声を落とす。


「痛いのは今だけ。深呼吸。せーの」


「せーの……」


吸って、吐く。

子どもの肩が少し下がる。肩が下がると泣き声も少し下がる。

よし。


私は煮沸消毒した布を取り、膝にふわっと当てた。


「押さえるだけ。動かない。終わり」


「終わり……?」


母親が聞き返す。終わりは安心の言葉だ。


「終わり。あとは乾かす。粉と灰は塗らない」


周囲のざわつきが一段落ちる。

よし、収束。


……と思ったのに。


布の端から、膝の周りに、うっすらと白いものが見えた気がした。

光でだけ分かる、薄い白。薄い膜。

言いたくない単語が、頭の中で勝手に立ち上がる。


(違う。布の繊維。光。たぶん)


後方で羽ペンが、一拍止まる。

気のせいじゃない。今のは止まった。分かる。嫌だ。


母親が息を呑んだ。


「……白いの……」


私は即、声を下げた。


「光。角度。気にしない。距離」


自分でも乱暴だと思う。でも乱暴の方が効く時がある。

今はそれでいい。


肩の上のスーリが焦った。


「ミオ、白い! 消す!」


「消すじゃなくて、薄く。自然に」


痕を封じる。痕封。

私は心の中で合図を出す。


スーリが風をそっと撫でた。撫ですぎない。きれいにしすぎない。

白さが、ほんの少しだけ薄くなった。

ゼロにはならない。でも、見ようとしないと見えない程度。


「……よし」


私は小さく息を吐いた。


ユリウスが母親に丁寧に言う。


「布は清潔なものを。煮沸消毒した布が最適です。今日は水分を多めに。乾燥を優先してください」


母親が何度も頭を下げる。


「ありがとうございます……!」


子どもは、泣き声が落ち着いて、鼻をすすっている。

よし。終わり。終わりだ。


終わりにしたい。


◇◇◇


広場の端に、見慣れない制服が立っていた。


教会の白でもなく、護衛の黒でもない。

薄い緑の上着。胸に小さな徽章。腰には小さな革のケース。

薬師組合。


その若い男は、見物人に混ざるように立っているのに、目だけがまっすぐこちらを見ていた。

目が、静かで、冷たい。


私は反射で視線を外した。

外したのに、背中がぞわっとした。


ユリウスが、何も言わずに一歩動く。

私とその男の間に、丁寧な壁ができる。


男が、口を開いた。声は小さい。だけど届く。


「今の処置……手順だけでは説明がつかない」


ユリウスが微笑んだまま答える。


「質問は正式な窓口へ。番号で」


男は頷いた。頷き方が丁寧すぎない。

丁寧すぎない人の方が、厄介な時がある。

紙で固めてこない代わりに、体で距離を詰めてくるから。


セシルが男を見て、静かに確認する。


「薬師組合の方ですか」


男は軽く頭を下げた。


「監督官のリオネルです。今日はたまたま、巡回で」


たまたま。

たまたまは、嘘じゃない顔で来るぶん、怖い。


スーリが小声で言った。


「匂いが違う」


「違うのは、今いらない」


「え、匂いって、やめられないよ?」


正しい。正しいのが怖い。


◇◇◇


二つ目のトラブルは、護衛から始まった。


というより、護衛がいると、騒ぎが寄ってくる。


市場の方で、甲高い声。


「泥棒!」


一瞬で人の頭がそっちを向く。

頭が向くと、体も向く。体が向くと、足が動く。足が動くと、押し合う。押し合うと転ぶ。


護衛がすぐに動いた。

動きは速い。速いのに、速さが目立つ。


人が寄る。

寄った人がぶつかる。

ぶつかった荷車が揺れる。

揺れた荷車の上の果物が落ちる。

落ちた果物に子どもが足を取られる。


「わっ」


転ぶ。泣く。空気が濃くなる。

濃くなると匂いが寄る。

寄ると紙が増える。


最悪の連鎖だ。


私は反射で声を出した。


「距離! 走らない! 止まって!」


大声ではない。でも芯がある声。

人が止まる。止まると転ばない。転ばないと泣き声が減る。泣き声が減ると空気が薄くなる。


よし。


レティアが外周に入る。

人の流れを、半歩だけ外へ流す。

姉が動くと、人がなぜか言うことを聞く。姉、強い。


子どもが泣きながら立ち上がる。膝は軽い擦り傷。


私は布を渡して言った。


「洗って押さえる。終わり」


「終わり……?」


子どもが泣きながら復唱した。終わりは効く。


セシルが紙に何かを書いているのが見えた。


「“距離”で止まる……」「短い指示が効く……」


やめて、紙にしないで。

紙になると採用される。採用されると、増える。


ユリウスが私の横で小さく言う。


「あなたの言葉は、現場を静かにします」


褒めないで。お願いだから。

褒められると、次が来る。


私は返事の代わりに、息を吐いて調律した。


◇◇◇


本命の事故は、音がしなかった。


音がしない事故が一番怖い。

気づいた時には、終わっているから。


荷車の脇で、作業員の男が座り込んでいた。

腕を押さえている。指の間から赤いものが滲んでいる。

滲む、じゃない。普通に出てる。


「うそ……」


私の声が漏れた。


男が息を吸う。吸って、吐けない。

吐けない呼吸は、痛みの呼吸だ。


ユリウスが即座に指示を出した。


「救護所へ。担架。人は下がってください」


護衛が動く。人が動く。

動くとまた連鎖が起きる。起きる前に止めないと。


私は声を落として、でも通る声で言った。


「距離! そこ、詰めない! 呼吸、止めない!」


人が下がる。奇跡。

いや、奇跡じゃない。たぶん私の腕章。最悪。


男が救護所の机の前に運ばれた。

腕を押さえている布は、もう真っ赤だ。


私は逃げたいと思った。

逃げたいのに、手が動く。

手順が体に入ってると、こうなる。体が勝手に仕事をする。


「布、替える。洗う」


私が言うと、レティアが即座に水を用意した。

セシルも布を出す。煮沸消毒した布がある。準備していたのが救い。


男が呻く。


「いって……」


「息、合わせる。せーの」


「……せ、せーの……」


吸って、吐く。

吐けた。吐けたら、少しだけ痛みが落ちる。


私は傷を見た。深い。金属で切った。

ただの擦り傷じゃない。

でも今できるのは手順だ。手順だけ。


「洗う。押さえる。固定する」


私は布で血を拭き取らない。拭くと出る。

流して、押さえる。


「押さえるの、痛い……」


「痛い。痛いのは正しい。逃げない」


自分でもひどい言い方だと思うけど、現場は甘い言葉が遅い。

遅いと血が増える。増えると倒れる。


「腕、高く」


レティアが男の腕を支えて高くする。

支え方が上手い。姉、万能すぎる。


私は紐を取り、固定の準備をする。

強すぎると血が止まりすぎる。弱すぎると止まらない。

ちょうどいい。ちょうどいいを探す。


(調律)


呼吸も、力も、目線も。

手順は同じでも、強さはその人ごとに違う。


「せーの、で吐いて」


「……せーの……」


吐いた瞬間に、布の下の血の滲みが、少しだけ落ちた気がした。

気がしただけ。そうであってほしい。


私は固定した。

押さえた。

そして、終わりと言いたかった。


……言えなかった。


血の止まり方が、早い。

早すぎる。


「……え?」


セシルが小さく声を漏らした。

記録係の羽ペンが、また一拍止まった。

止まるな。止まるな。お願いだから。


男が驚いた顔で言う。


「……あれ? さっきより、痛くない……?」


痛みが落ちるのは良い。

良いんだけど、良すぎるのは悪い。


布の端の下、皮膚が……うっすら白い。

薄い膜。

見たくないものが、また出た。


(違う。光。汗。布の……)


言い訳が追いつかない速度で、白さが目に入る。


広場の端から、リオネルの声がした。小さいのに、刺さる。


「……やはり」


やはり、って言った。

確信してる。


私は肩の上を軽く押さえた。


「スーリ。薄く。自然に。消さない」


「うすく!」


スーリが風を撫でる。

でも今は視線が多い。視線が多いと空気が固まる。固まった空気は撫でにくい。


白さは薄くなった。

だけど、ゼロにはならない。

“見ようとする人”には見える。


リオネルの目が、まっすぐこちらを見た。

目が言っている。

手順だけじゃない、と。


ユリウスが一歩前に出た。

私を隠すみたいに。隠すのに丁寧に。


「見物は下がってください。距離」


ユリウスが、私の言葉を使った。

私の言葉で人が下がる。人が下がると空気が薄くなる。薄くなると匂いが減る。


助かる。

でも同時に、囲われる。


「今の固定は適切です」


ユリウスが男に言った。

そして、こちらを見ずに言う。


「協力者は手順に従いました。以上です」


以上、って言った。

以上は終わりの言葉。終わりは助かる。終わりにしてほしい。


男は目を瞬いた。


「……助かった。ありがとう……」


その言葉だけで、胸が少し苦しくなる。

ありがとうは、増える紙の前触れにもなるから。


私は笑顔を作って、最小で返した。


「動かさないで。今日は安静。水飲む」


男が頷く。

よし。終わり。


◇◇◇


片付けは、静かに進んだ。


静かな片付けは、心が落ち着く。

落ち着くと、さっきの白さが頭の中で大きくなる。

大きくなると、胃が縮む。


セシルが机の上に、一枚の紙を置いた。


「簡易手順紙です。今日の現場で必要だった内容だけ」


紙の上には、短い文が並んでいた。


・洗う(こすらない)

・押さえる(呼吸を合わせる)

・固定する(動かさない)

・煮沸消毒した布を使う

・粉、灰は塗らない

・見物は距離

・乾燥と水分補給


……私の言葉だ。ほぼ全部。


「書いたの……?」


「はい。現場で統一できると事故が減りますので」


事故が減るのは良い。

良いんだけど、私の言葉が紙になると、私の逃げ道が減る。


ユリウスが丁寧に言った。


「あなたは人を落ち着かせる」


褒めないで。お願い。

褒められると、採用される。採用されると、増える。


私は口を開いて、閉じた。

閉じた、じゃない。

言葉を調律した。


「……手順が、そうさせるだけです」


ユリウスは微笑んだまま頷いた。

否定されても揺れない。丁寧な人は揺れない。揺れないのが怖い。


セシルが、さらに一枚、紙を差し出した。


「次回も、短時間の同行をお願いできればと」


短時間。

短時間って、何時間のことだろう。

短時間が増えると、人生が長くなる。紙の上で。


私は紙を受け取らず、いったん息を吐いた。


「……短時間って、便利な言葉ですね」


セシルは真顔で言った。


「はい。運用上、便利です」


運用上。最悪の単語が来た。

運用上、は逃げ道を消す。


レティアが私の横で小さく言う。


「受け取ると確定する。受け取らないと、丁寧に再案内が来る」


「どっちも地獄……」


「紙の地獄は、紙で薄める」


姉の発想が怖い。でも正しい気もする。悔しい。


◇◇◇


帰り際、広場の端からリオネルが近づいてきた。


近づき方が静か。静かに近づく人は、逃げにくい。


リオネルはセシルに向かって、紙を一枚差し出した。名刺みたいに薄い紙。


「薬師組合として、先ほどの処置について正式に確認したい。照会を出します」


照会。

窓口が増える音がした。


セシルがにこやかに受け取ろうとする。

受け取ったら受理控えが生まれる。受理控えが生まれたら、紙が増える。


私は内心で叫んだ。


(やめて! 窓口を増やさないで!)


ユリウスが、静かに一歩前へ出た。

丁寧な壁。今日、何回目だろう。


「安心してください」


ユリウスは、いつもの声で言った。


「私が先に受けます。正式な回答も、こちらでまとめます」


守る。

守ると言いながら、私を囲う手つきだ。

でも今は、囲われた方が安全なのも分かる。悔しい。


リオネルがユリウスを見て、少しだけ口角を上げた。


「……分かりました。では、窓口はそちらで」


窓口。

単語だけで胃が縮む。


スーリが肩の上で小声で言った。


「匂い、増えた」


「増えなくていい……」


私は空を見上げた。

夕方の光が薄くなって、空気が冷えていく。

冷えていくのに、紙の匂いだけが残る。


紙は軽い。

軽いのに、窓口が増えるほど、私の世界は重くなる。


私はポケットの上から、無意識に紙を押さえた。


逃げないつもりだったのに、今日も予定が勝手に決まっていく。やけに丁寧に。

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