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第26話 丁寧な案内の先に、だいたい罠があるんだよね。

保管区画で押さえたものは、全部「嫌なもの」だった。


甘い匂いが移る布。

刻印を薄くする削り粉。

瓶。道具。並べ方だけは無駄にきっちり。


きっちりしてるのに、やってることが最悪。

この組み合わせ、ほんとに嫌だよね。


クラリスが封をした袋を確認して、丁寧に言った。


「物証は十分です。戻りましょう」


サイラスが先頭に立って、短く頷く。


「戻る」


戻る。

その言葉は好き。迷わないし、増えないし、落ち着く。


……落ち着くんだけど。


外套の内側に隠してある入館証が、また淡く熱を持った。

戻り道の方向じゃない。少しだけズレた方向。嫌な方向。


「……戻りたいのに、熱が戻さないんだよね」


スーリが肩の上で、小さく鼻を鳴らす。


「熱い。嫌な方向」


「熱いだけって、ほんと困る」


「困るのは、相手がそれを狙うから」


「……狙われるのも嫌なんだよね」


レティア姉が無言で、私の外套の前を押さえた。

歩いたときに揺れて、胸元が見えないようにする手。


その手があるだけで、息が少し楽になる。

ありがたいのに、言うと増えそうで、言えない。


ルーファスは分岐の数を数えている顔で、ベルトランは匂いの薄い方を見ている。

地下は、見えないものが多い。

見えないからこそ、余計なものが増える。


……増えるの、嫌だよね。


◇◇◇


分岐点に戻ると、そこで「丁寧」が待っていた。


木の板。新しい釘。新しい塗料。

文字が読みやすくて、角が丸い。飾り枠までついてる。


……地下で、飾り枠。


「ここに、こんなのあったっけ」


私が呟くと、ルーファスが即答した。


「ありません。新設です」


サイラスが眉を寄せる。


「……誰が?」


クラリスは案内板をじっと見て、丁寧に言った。


「“誰かが通ってほしい”ときに、案内は増えます」


増える。

嫌な言葉が、ここでも刺さる。


案内板には、こう書いてあった。


『安全な通路はこちらです』

『足元にご注意ください』

『換気の良い道を選びましょう』


……丁寧すぎる。


「丁寧が早いの、だいたい罠なんだよね」


言ってしまった。

壁に返される前に、口を押さえたくなる。今回は返ってこない。返ってこないのも、逆に怖い。


ベルトランが鼻を押さえて言う。


「塗料が新しい。匂いも乗ってる。誘導の板だな」


「板で匂い誘導するの、手が込んでるね……嫌だね」


スーリが短く言った。


「丁寧。嫌」


入館証の熱が、案内板の示す方向と一致している。

一致しないで。追いたい人が出る。追うと目立つ。目立つと増える。


サイラスが小さく言う。


「近い」


一歩だけ前に出かけて、止まる。

鎧が小さく鳴る。


クラリスが丁寧に制した。


「近い形に“見せている”可能性が高いです。追わせたい」


「追わせたい、ってことは……」


私が言いかけたところで、スーリが先に言った。


「見せたい」


嫌だ。

見せたいって言葉、今すごく嫌だ。


レティア姉が無言で私の位置をずらす。

荷の袋の陰。死角。視線が届きにくい場所。


姉の動きは静かで、必要な分だけ。

こういうのは地下でも信用できる。


◇◇◇


「迷うと、動きが割れます」


クラリスの声は丁寧だけど、短い。地下向き。


「割れると、そこを狙われます」


サイラスが歯を噛む。


「……じゃあ、どうする」


クラリスは全員を一度だけ見回して、決めた。


「追跡停止の合図を作ります。迷ったら、それで統一します」


ルーファスが頷く。

ベルトランも頷く。

スーリは「うん」とだけ言った。


レティア姉が、私の頭をぽんと叩く。

“聞け”の合図。


クラリスが言う。


「止める。戻る。確保。」


短い。意味がはっきりしてる。

言いやすいのが、ちょっと怖い。言いやすいのは増えやすいから。


サイラスが一度だけ渋い顔をした。


「……今なら取れるかもしれない」


その瞬間、レティア姉がサイラスの肩に手を置いた。

押さない。止める。存在だけで止める。


サイラスは、そこで止まった。


スーリが小声で言う。


「止めるのが、強い」


「褒めると増えるから、褒めないで」


「でも事実」


「言うな」


私は入館証の熱を無視する努力をした。

熱いものを無視するのって、ほんと難しい。熱いだけだから。


◇◇◇


案内板の方向へ、最低限だけ進む。


追うためじゃない。罠の形を確認するため。

そう言い聞かせる。言い聞かせるのも、嫌なんだけど。


通路は狭くなる。換気が悪くなる。

音が増えて、匂いが溜まる。


そのとき。


上から、ふわっと何かが落ちた。


薄い布片。軽い。

落ち方が綺麗すぎる。嫌な綺麗。


同時に、甘い匂いが増えた。

薄いのに、ぐっと鼻の奥に居座る。


目が、しみる。

反射でこすりたくなる。


「……っ」


誰かが、ほんの少しだけ手を上げる気配。

その“ほんの少し”が、一番危ない。


私は息を短くして言った。


「距離。風。水。足元。目はこすらない」


言った瞬間。


空気がすっと割れた。

霧が全部消えるわけじゃない。消えると不自然。

でも、通れる筋だけ風が通った。


湿気が動く。匂いが薄まる。

目のしみが引く。


……まただ。

助かるのはいい。助かり方が綺麗すぎるのは、嫌だ。


スーリが耳元で囁く。


「今の、見せ場にされた」


「見せ場って言い方、やめて」


「敵の言葉」


「……ほんと嫌」


◇◇◇


風の筋が通った、その直後。


出口側から足音が来た。複数。

しかも、ちょうどいい間で。


「……巡回?」


サイラスが低く言う。


クラリスがすぐ前へ出た。

丁寧な顔。丁寧な声。丁寧な距離。


「こちらは封鎖準備中です。足元に注意してください」


丁寧が武器になるの、ずるい。


巡回の人たちは、こっちを見た。

正確には、見ようとした。


その視線が私に寄りそうになった瞬間、レティア姉が一歩前に出た。

何も言わない。

でも“そこには行かせない”が、空気で伝わる。


サイラスも体で壁になる。

鎧が視線を跳ね返す。便利。


巡回の一人が言った。


「封鎖? 何かあったんですか」


クラリスが丁寧に答える。


「匂いによる体調不良の報告がありました。安全確保のためです」


「匂い、ですか」


ベルトランがわざとらしくない程度に鼻を押さえて、軽く咳払いした。

“今ここで起きてる”が伝わる。上手い。


巡回の人たちは顔をしかめ、視線を外した。

不快だと、人は見たいものを見なくなる。嫌な真実。


クラリスが丁寧に追い打ちする。


「目はこすらないでください。水で流してください」


私の口伝が、丁寧に使われた。

増える。嫌だ。

でも、現場が助かるなら……うう。


巡回は「分かりました」と言って引いた。

引くのが早い。早いのも嫌。


◇◇◇


巡回が去った直後、ルーファスが小さく手を上げた。


「……上です」


梁の影。壁のくぼみ。届かない高さ。

そこに、小さな反射があった。


光じゃない。湿気の反射とも違う。

“見せるための反射”。


ルーファスが道具袋から、細い棒と布を出す。


「触れずに回収します」


レティア姉が無言で灯りをずらし、影の形を変える。

サイラスが位置を調整して、ルーファスの背中を守る。


動きが調律されていく。

言葉は少ないのに、全員の動きが揃う。気持ちいい。増えない。


ルーファスが梁の影から小さな石を布で包んで引き出した。


写し晶。

記録用の魔具。

“見せ場”を写すやつ。


ベルトランが低く言う。


「匂いの仕込みとセットだ。慣れてる。手慣れてる」


クラリスが丁寧に目を細めた。


「誤解を作るための道具です」


誤解。

噂が増える。嫌だ。


私は口を押さえたまま、吐き捨てるみたいに言った。


「嫌な手って、ほんとに嫌なんだよね」


スーリが短く同意した。


「嫌」


◇◇◇


写し晶を封に入れた直後。


入館証が、急に熱くなった。


淡い熱じゃない。

近い熱。追えって熱。


やめて。


サイラスが半歩出る。

その半歩で、空気が“追跡”に傾く。


クラリスの声が、切れ味だけ残して落ちた。


「止める。戻る。確保。」


たったそれだけ。


サイラスの足が止まった。

ルーファスの手も止まった。

ベルトランの呼吸も一度止まった。


レティア姉は、最初から止まってる。強い。


私も止まれた。

止まれたことに、ちょっと驚いた。


止まるって、こんなに難しいのに。

合図があると、止まれる。


スーリが小声で言う。


「止まれた。えらい」


「褒めると増えるから、褒めないで」


「でも、えらい」


「言うな」


でも、口元が少しだけ緩んだ。

嫌だけど、嬉しい。嫌だけど。


◇◇◇


分岐点まで戻り、封鎖の段取りに入る。


クラリスが短く言った。


「目立たない道を使って、順番に片づけます」


“目立たない道”。

その言い方は好き。段取りが見える。増えない。たぶん。


サイラスが通路の入口を押さえる。

ルーファスが写し晶と案内板の位置を記録する。

ベルトランが落ちた布片を布で包んで回収し、匂いの濃度をまとめる。


レティア姉が、通り道の影を整える。

人が来たときに“見たいものが見えない”位置を作る。

丁寧じゃないのに、完璧。ずるい。


そこへリュカが戻ってきた。


「おい、また匂い増えてるぞ。……って、何だそれ、案内板?」


クラリスが丁寧に説明する。


「誘導に使われています。封鎖にご協力ください」


リュカは舌打ちして即答した。


「分かった。こういうの、現場が一番迷惑すんだよ」


迷惑。現場。

刺さる。刺さるけど正しい。嫌だけど。


リュカがロープを持ってきて、通路を塞ぐ。

注意の板もつける。短い言葉で。飾りなしで。


私は口伝を呟きそうになって、飲み込んだ。

増えるから。


でもクラリスが丁寧に言った。


「口伝は共有します。現場が守れる形に」


「……増える」


私がぼそっと言うと、スーリが返す。


「守る言葉は、増えていい」


「増えていい増え方って、難しいんだよね」


「ミオが選ぶ」


「……選びたくない」


レティア姉が私の頭を、ぽんと叩いた。

“今はそれでいい”の合図。


◇◇◇


封鎖が落ち着いた頃、ルーファスが案内板の隅を指した。


「……印があります」


飾り枠の下、誰も見ない場所。

小さな、薄い印。塗料の下に混ぜたみたいな印。


ベルトランが顔を近づけすぎないように観察する。


「この塗料、地上の包材に似てる。乾き方が同じだ」


「包材?」


私が言うと、スーリが言った。


「人が多い匂い。紙。布。甘いのが混ざる匂い」


……人が多い。

それだけで嫌だ。


入館証がまた淡く熱を持った。

地下じゃない。上。街の方。


淡いのに確実に引っ張る。

淡い熱は無視しにくい。ほんとたちが悪い。


クラリスが丁寧に結論を言う。


「地下の導線は押さえました。次は地上です」


サイラスが短く言った。


「行く」


行く。

その言葉も、増えないから好き。


……好きなんだけど。


「……人が多いの、嫌なんだよね」


口に出して、すぐ口を押さえた。

地上は反響しない。たぶん。たぶん。


スーリが肩の上で静かに言った。


「混ざる前に、止める」


止める。戻る。確保。

さっきの合図が、頭の中で並ぶ。


止まれた。

止まれる仲間がいる。


予定が勝手に伸びるのは嫌。

でも、伸びた予定を“勝手に決めさせない”方法が、少しだけ増えた。


……増えたって言葉、嫌だけど。

今は、ちょっとだけ許す。


クラリスが丁寧に言う。


「地上で確認します。目立たず、順番に」


私は外套の襟を押さえた。

熱いのは困る。

でも、熱いのは見逃せない。


……丁寧に伸びる予定ほど、面倒なの、ほんと嫌なんだよね。

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