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第22話 精霊院、入館。任意は入館証に進化するんだよね。

精霊院の門をくぐった瞬間、空気の味が変わった。


冷たい水を飲んだみたいに、喉の奥がすっとする。

でも、すっとしすぎて落ち着かない。きれいすぎる部屋って、逆に居場所がないんだよね。


「……静かだね」


口に出したら、自分の声が妙に大きい。

音が返ってくるのに、人の気配が薄い。静けさが、ちゃんと刺さる。


肩の上のスーリが、きらきらを消したまま固い声で言った。


「ここ、上が多い」


「上って言わないでほしい。胃がきゅってなるんだよね」


姉のレティアは何も言わない。

言わないけど、私のすぐ後ろにいる。守る気が距離で分かる。近い。頼もしい。逃げ道ゼロ。


護衛の騎士団連絡官サイラスも、今日はいつもと違った。

強そうなのに鼻をすすれない。音が目立つから我慢してるの、たぶん。


「……ここ、匂いが薄い。鼻が通る」


小声で言って、途中で口を閉じた。精霊院では、音が派手に響く。


流通監督局のルーファスは相変わらず書類を抱えている。

精霊院に来ても紙を抱えるの、すごい。紙って、どこでも生きていけるんだよね。雑草みたい。


王都監査官クラリスは、丁寧な顔のまま周囲を見回していた。

丁寧なのに鋭い。丁寧な刃物。触ると切れるやつ。


「では、受付へ参りましょう」


丁寧に、逃げ道のない声で言われた。

うん。行くしかないんだよね。


◇◇◇


門の内側は、白い石の小道と低い植え込みが整っていた。

でも、歩き出してすぐ分かった。ここの風、ただの風じゃない。


右に行け、って言ってる。

左は違う、って言ってる。


(道案内が空気なの、やめてほしいんだよね)


私が一歩進むたび、風がすっと前に流れて、次の一歩の場所を空けてくる。

歩きやすい。歩きやすいのに、怖い。


「……ミオ、迷わない」


スーリが小声で言う。


「迷ってないけど、案内した覚えもないんだよね」


「風が案内してる」


「それが怖いって言ってるんだよね」


レティアが無言で頷く。

頷きが短い。短いほど「そうだよね」が強い。


受付の建物は意外と普通だった。

王都の役所みたいに巨大じゃないし、教会みたいに厳しくもない。


ただ、入口の上に吊るされた風鈴みたいなものが、風もないのに揺れている。


「……あれ、何?」


ルーファスが早速、分析したい顔になる。


その前に、受付から人が出てきた。


「いらっしゃいませ。任意のご来訪、ありがとうございます」


丁寧な声。

でも声の温度が軽い。いい意味で。


淡い色の服を着た女性だった。髪はまとめていて、笑顔が柔らかい。

目が合っただけで、こっちの肩が少しだけ下がる。


(この人、安心係だよね)


「精霊院受付のユーフィリアです。お待ちしていました」


「待たないでほしかったんだよね」


つい本音が出たのに、ユーフィリアはにこっとした。


「待ってしまいました。便利なので」


「便利って言葉、ここでも出るんだね……」


クラリスが横で、丁寧に無表情になる。

“その会話、後で記録する”みたいな顔。やめて。


サイラスが一歩前に出た。


「騎士団連絡官サイラス。要請により同行。手続きは?」


ユーフィリアは入口の風鈴を指した。


「こちらを通過するだけです。紙は不要です」


「紙がいらない……?」


ルーファスが感動した顔をした。紙がいらない世界に初めて触れた人の目。


「代わりに、空気です」


ユーフィリアがさらっと言う。


「空気?」


「はい。息をひとつ、吐いてください」


息。

急に意識すると、ちょっと苦しくなる。こういうの慣れてないんだよね。


「緊張しなくて大丈夫です。深呼吸でいいですよ」


言われた通り、息を吐いた。


すー……はぁ。


入口の風鈴が、澄んだ音を一回だけ鳴らした。


「通過、ですね」


「通過って言葉、ちょっと怖いんだよね」


「大丈夫です。入館の合図です」


次にサイラスが息を吐く。


ちりん、ちりん、ちりりん。


鳴りすぎた。


サイラスが固まる。


「……俺、何かしたか?」


ユーフィリアは笑顔のまま丁寧に言った。


「騎士さんは音が大きい傾向があります」


「音が大きい傾向……?」


「守る気が強いと、風鈴が騒がしいです」


サイラスは鼻を赤くしたまま真面目に頷く。


「……守る。俺の仕事だ」


次にルーファス。息を吐く前から分析顔。


「この装置は呼気に含まれる……」


「難しいこと考えなくていいですよ」


軽く止められて、ルーファスは息を吐いた。


ちりん、ちりん……ちりん。


普通。


ルーファスの目が輝く。


「私、標準……!」


「標準で喜ぶ人、初めて見たんだよね」


最後にクラリス。

クラリスは完璧に丁寧な呼吸をした。


……鳴らない。


ユーフィリアが首を傾げた。


「……あれ?」


クラリスが丁寧に微笑む。


「鳴らないのは問題でしょうか」


「鳴らないのは、珍しいです」


「珍しいのは、嫌いではありません」


「でも、入館の合図が必要です」


ユーフィリアが少し困って、私を見る。


「ミオさん、もう一回息、吐けますか?」


「なんで私?」


「風鈴が落ち着きます」


(落ち着くって、私が何か落ち着かせてるの?)


即答される前に、私は息を吐いた。

すると風鈴が澄んだ音をひとつ鳴らして、ぴたりと止まった。


クラリスの入館が成立したらしい。

丁寧すぎる世界、手間が丁寧で怖いんだよね。


クラリスが丁寧に言った。


「……便利ですね」


「便利が人を追い詰めるんだよね」


ユーフィリアが笑う。


「その言い方、好きです。採用します」


採用しないでほしい。採用は紙になる。


◇◇◇


精霊院の廊下は白いのに眩しくない。

光が柔らかい。影が薄い。歩く音が吸われる。


(音が吸われるの、落ち着くけど怖いんだよね)


ユーフィリアが先導しながら、軽い調子で説明する。


「精霊院は、精霊と人の間の調整をするところです」


「調律?」


私が聞くと、ユーフィリアは頷いた。


「はい。人の都は便利で速い。精霊の流れはゆっくりで繊細。そこがぶつかると、変な不調が出ます」


ルーファスが即反応する。


「変な不調とは、具体的に――」


「目がしぱしぱするとか、鼻がむずむずするとかです」


即答。ルーファスが固まる。


「……それ、王都の……」


「はい。なので、呼びました。任意で」


「任意って便利なんだよね」


私が言うと、ユーフィリアはさらっと返した。


「便利です。皆、来てくれます」


便利の使い方が強い。


廊下を曲がる。

曲がるたび、私は迷いがない。迷いがないのに、選んでない。


「……私、道案内してないよね?」


「してないですね」


「じゃあ、なんで最短で進んでるの?」


「風がミオさんを通したいからです」


「通したいって言い方、やめてほしい」


「では、通ってほしいで」


柔らかくしても意味は同じ。胃がきゅってなる。


サイラスが小声で言う。


「……ミオ。ここ、息が楽だ」


「そうだよね。楽。楽なのに怖い」


「怖いのに、楽だ」


「それ、逆じゃない?」


ルーファスが後ろでメモを取っている。


(やめて。メモは紙になる。紙は増える)


言いそうになったところで、レティアが私の袖をつまんだ。

“言うな”の無言。姉の無言は本当に助かる。


◇◇◇


応接室みたいな部屋に通された。

木の机、柔らかい椅子、大きい窓。風がすっと通る。


そこにもう一人いた。白い服の青年。目が優しくて、芯が強い感じ。


「精霊院の調律係、フェルと申します」


フェルは丁寧に頭を下げた。

教会の丁寧とは違う。角がない。丸い丁寧。


「今日は、王都で起きている甘い匂いについて状況を確認したくて」


クラリスが丁寧に切り出す。


「こちらも確認したい。流通経路、寄付窓口、倉庫。複数地点で同様の報告がある」


フェルは頷いた。


「はい。精霊院側でも、風の流れに混ざり物が出ています」


「混ざり物?」


「本来そこにない匂い、です。甘くて、人の集中をほどく匂い」


「ほどくって、優しそうに聞こえるのが嫌なんだよね」


フェルは苦笑してから、少し真面目になる。


「優しそうに見せるものほど、怖い時があります」


ルーファスが机の上に身を乗り出した。


「その匂いは精霊由来ですか? それとも人為的な加工物ですか?」


「匂いそのものは、人為的な加工物の可能性が高いです」


フェルは言い切らない程度に、でもはっきり言う。


「ただし、精霊の気配を真似る成分が含まれています。普通の人は精霊っぽいと勘違いしやすい」


クラリスが丁寧に目を細めた。


「偽装、ですね」


「はい。偽装です」


サイラスが低く言う。


「……精霊のせいにできる」


フェルが頷く。


「責任の矛先がずれます。便利です」


「便利って言うな……」


反射で言った私に、ユーフィリアが笑う。


「便利って言葉、流行ってますね」


流行らせないでほしい。


フェルは続けた。


「匂いは、人の体調を少しずつ崩します」


「少しずつ、ってのが嫌なんだよね」


「派手じゃないから気づきにくい。結果、判断が遅れます」


クラリスが頷く。


「現場の停止と混乱を誘発する」


「そして、人が集まるほど悪化します」


その言葉に、私は頷いた。現場で見たやつだ。


だから、口が勝手に動いた。


「少し離れて。窓開けて。水で流して。目はこすらない」


言った瞬間、部屋の空気がすっと通った気がした。

整った、じゃなくて……調律された、みたいな。


サイラスが小声で言う。


「……鼻、通った」


ルーファスが目を輝かせる。


「室内の不快指数が低下……?」


クラリスが丁寧に私を見る。


「ミオさん。今の、意図的ですか」


「意図的じゃないよね。口が勝手に……」


ユーフィリアがにこっとする。


「口が勝手に言うの、すごく便利です」


「便利は人を追い詰めるんだよね」


フェルが笑いかけて、少し真面目に言った。


「ミオさんは、空気の調整が自然にできる方です。精霊と相性がいい」


「相性がいいって言い方、恋愛みたいで困るんだよね」


スーリが小声でドヤる。


「相性、最強」


「強いって言わないでほしい」


◇◇◇


要件は次に進んだ。


フェルが机の上に、小さな木片を置く。

薄い香りが染みている。甘い匂いの、うっすら版。


「これが、混ざり物の匂いの残りです」


私が顔を近づける前に、レティアが私の肩を押さえた。

“近づくな”の無言。ありがとう。紙は増えるけど命は増えない。


クラリスが丁寧に聞く。


「この匂い、精霊院の中にも?」


フェルは頷いた。


「はい。だから今日、ここに来ていただきました」


「任意で?」


即聞いた私に、ユーフィリアが胸を張る。


「任意です」


「任意のお願いが強いんだよね」


「圧じゃなくて、お願いです。丁寧なお願い」


それ、丁寧な圧だよね。


フェルが続けた。


「混ざり物は、精霊院の保管にも触れています」


「保管?」


ルーファスが即反応する。


「保管庫ですか。侵入経路は?」


フェルは少し困ったように言う。


「保管区画は、基本、触れられません」


サイラスが眉を寄せた。


「基本?」


フェルが頷く。


「精霊の流れで守られているので、普通は入れません」


クラリスが丁寧に言う。


「普通ではない何かがある、ということですね」


フェルが頷いた。


「……はい」


空気が一瞬だけ重くなった。

重くなると、胃がきゅってなる。嫌だよね。


だから、つい言ってしまった。


「触れられない場所って、触れられないって決めてるだけだよね」


全員が私を見る。


(やばい。今の言い方、強かったよね)


でもユーフィリアが軽く笑った。


「そういう発想、好きです。院内でも言う人、います」


「いるんだ」


「います。だいたい厄介です」


「……私も厄介枠なんだよね」


クラリスが丁寧に頷く。


「はい。厄介ですが必要です」


必要って言わないでほしい。必要は任意を増やす。


◇◇◇


保管区画へ向かうことになった。


「では、こちらへ」


ユーフィリアが先導する。

歩き出すと、また風が案内する。最短ルートの風。やめて。


廊下を進む途中、ルーファスが小さく咳をした。

サイラスも目を細める。鼻の赤みが、わずかに戻ってる。


(ここ、匂いが薄いはずなのに)


私の口が動く。


「……窓、ちょっと開けたほうが楽だよね」


言った瞬間、近くの窓が、かたん、と小さく動いた。

誰も触ってないのに、隙間ができて風が通る。


サイラスが驚いて、でも真面目に言う。


「……鼻、通った」


ルーファスが書類を抱えたまま目を丸くする。


「窓が自動で……? 環境変数が……」


クラリスが丁寧に言った。


「ミオさん」


「気のせいだよね」


「気のせいにするの、上手ですね」


褒めないでほしい。褒めると紙が増える。


スーリが耳元で言う。


「ミオ、風の人みたい」


「風の人って何。やめて」


「主じゃない。風の人」


「そっちのほうが広がるからやめてほしい」


レティアが無言でスーリをつまみ、私の肩の後ろへ移動させた。

きらきらが視界に入らない。姉の無言、助かる。


◇◇◇


保管区画の前は、空気が一段冷たかった。


扉は二重。鍵穴がない。取っ手もない。

その前に、薄い風の膜みたいなものが張っている。


フェルが説明した。


「この膜が、精霊の守りです。普通は通れません」


「普通って言い方、今やめてほしいんだよね」


ユーフィリアが軽く頷く。


「ミオさんは普通じゃないので、助かります」


助かるって言うな!


私は扉の前に立つ。

それだけで、膜が少し揺れた。


嫌な感じはしない。

むしろ、髪を乾かす時の、ふわっとした風に近い。


髪は整う。ここでも整う。髪だけ安定してるの、なんか腹立つんだよね。


「……通るの?」


ユーフィリアが聞く。


「通らない。通らないけど……」


私は息をひとつ吐いた。入口の風鈴みたいに。


膜がすっと薄くなる。

扉が、音もなく開いた。


サイラスが息を呑む。


「……開いた」


ルーファスが震えた声で言う。


「鍵がないのに……」


クラリスが丁寧に言った。


「記録します」


「記録しないでほしい」


「記録します」


丁寧に押し切らないでほしい。


中は棚が並んでいた。

瓶、布、木片、金属の小箱。どれも触れたらまずそうな雰囲気。

怖いというより繊細、という感じがする。


フェルが足を止めた。


「……ここです」


棚の前。

何かが欠けているわけじゃない。

でも空気が一箇所だけ薄い。抜けてる。風の影がある。


ユーフィリアが顔を曇らせた。


「……ここ、変」


フェルが小さく頷く。


「匂いを採った痕に近いです」


クラリスが丁寧に問いかける。


「採った? 匂いを?」


フェルが言う。


「匂いは、空気の記憶です。ここは、その記憶が削れている」


ルーファスがすぐ言った。


「削る手段は? 薬品? 術式?」


フェルは首を振る。


「精霊の流れに干渉しています。人間の薬品だけでは、ここまで綺麗に削れません」


サイラスが低く唸る。


「……内部か」


クラリスが丁寧に言う。


「内部協力者、または、内部のふりができる者」


丁寧に言うほど怖いんだよね。


私は抜けてる空気の方へ一歩近づいた。

その瞬間、背中がぞくっとする。


甘い匂いではない。

でも同じ種類の奪う気配。


スーリが、きらきらを消したまま囁いた。


「……いる。近い」


「近いの、やだよね」


反射で、空気を変えたくて口が動く。


「少し離れて。風通して。水。目はこすらない」


言った瞬間、棚の周りの空気がすっと通った。

寒さが抜ける。息がしやすい。


フェルが目を見開く。


「……今の、すごい」


「すごくない。言っただけだよね」


ユーフィリアが真顔で言った。


「言っただけで変わるのが、すごいです」


「褒めないでほしい。褒めると任意が増える」


クラリスが丁寧に頷く。


「増えますね」


やめて、納得しないで。


◇◇◇


追跡は、私が何かしたというより、私が避けただけだった。


保管区画を出た後、私は自然に息がしやすい方へ足が向いた。

誰も指示してない。私も指示してない。

でも、こっちだって分かる。


(なんか、こっちが楽なんだよね)


廊下の角を曲がる。

曲がるたび、薄い違和感が消える方へ進む。


ルーファスが追いつき、息を切らしながら聞いた。


「なぜ、そのルートを?」


「息がしやすいから」


「……それは根拠ですか?」


「根拠じゃない。体感だよね」


クラリスが丁寧に言う。


「体感は、時に正しい」


「正しいって言うと紙が増える」


「増えます」


丁寧に認めないでほしい。


サイラスが周囲を警戒しながら言う。


「……気配が薄い。だが、いる」


その言葉どおり、廊下の先に人影が見えた。


白衣っぽい背中。

職員みたいな歩き方。丁寧な歩幅。


ユーフィリアが小さく息を呑んだ。


「あの服……院内の……」


人影がこちらに気づく。

そして、丁寧に会釈した。


会釈が丁寧すぎて怖い。

礼儀っていう薄い膜で、逃げる準備をしてる感じがする。


「待って!」


サイラスが一歩踏み出す。

その瞬間、人影は角を曲がった。


「追う」


サイラスが短く言った。頼もしい。


でも、角を曲がった先には――


誰もいなかった。


空っぽ。

ただ、空気だけが少し甘くなる。


「……消えた」


ルーファスが震える声で言う。


「視覚から消えた? 転移? 幻惑?」


クラリスは丁寧に、低い声で言った。


「見えましたね」


「見えたよね。追うと紙が増えるよね……」


つい言ってしまう。


ユーフィリアが小声で返す。


「増えます。でも、追わないともっと増えます」


「どっちにしても増えるの、地獄だよね」


レティアが無言で私の背中に手を置いた。

“今は落ち着け”の無言。姉の無言、強い。


スーリが小さく言った。


「匂い、逃げた」


「逃げたって言い方、やだよね」


「でも、逃げた。ミオが来たから」


「来たからって……私、追いかけてないよね」


「息が、追いかけた」


意味が分からないのに、嫌な直感だけ分かる。

こういうの、ほんと困るんだよね。


◇◇◇


応接室に戻ると、フェルが待っていた。


状況を聞いたフェルは眉を寄せる。


「……院内で通過の痕がある。やはり内部だけの問題ではありません」


クラリスが丁寧に言う。


「王都の流通と、精霊院の内部。両方が繋がりかけています」


「繋がりかけてるって言い方、今一番やだよね」


ユーフィリアが軽く頷く。


「でも繋がってしまったら、切るのも仕事です」


フェルが私を見る。


「ミオさん。お願いがあります」


「任意?」


即聞くと、ユーフィリアが胸を張る。


「任意です」


フェルが続けた。


「精霊院内の調査に、協力していただきたい」


クラリスも丁寧に追加する。


「王都側の対策班としても、あなたの動きは重要です」


重要って言うな。重要は任意を増やす。

でも、断れる雰囲気じゃない。いつも通りだよね。


ユーフィリアが小さな袋を差し出した。

掌に乗る薄い布袋。中に透明な飾りが入っている。


「これは、入館証みたいなものです。紙じゃないです」


「紙じゃないのは偉い。でも……目立つよね」


取り出すと、透明な葉っぱみたいな飾りだった。光を受けると、淡く光る。


「……光るのやめてほしい」


思わず言うと、ユーフィリアが笑う。


「光るのは便利なので」


「便利は人を追い詰めるんだよね」


「でも、これがあると院内の一部に入れます」


フェルが真面目に言った。


「侵入痕を追うには、必要です」


必要。

その言葉で、また逃げ道が消える。


レティアが無言で私の肩に飾りを付けた。

手際が良すぎる。姉、こういう時だけ速いんだよね。


スーリが小さく囁く。


「ミオ、目立つ」


「目立ちたくない」


クラリスが丁寧に言う。


「目立つ方が、守りやすい」


「守りやすいのはありがたいけど、追われやすいのも増えるんだよね」


ユーフィリアが軽く言った。


「追われたら、逃げればいいです」


「逃げると紙が増えるんだよね」


「増えます」


クラリスが頷く。やめて。


◇◇◇


精霊院を出る前、ユーフィリアが最後に言った。


「ミオさん。院内で感じた息のしやすい道を、覚えておいてください」


「覚えると、また任意が増える気がするんだよね」


「増えます。でも助かります」


助かるって言うな。


門を出る。

外の空気は王都の空気だった。人の匂い、紙の匂い、忙しい匂い。


でも胸の奥には、精霊院の澄みすぎた空気が残っていた。

残るの、ちょっと困る。たぶん、また目立つ。


馬車へ向かう途中、スーリがきらきらを少しだけ戻す。

でもすぐ消した。控えめにしてる。偉い。


そして耳元で囁いた。


「匂い、王都へ戻る」


「戻るって……ここに来たやつが?」


「うん。さっきの影。匂い、外へ流れた」


喉の奥が、またきゅっとする。


「……王都で、また増えるんだよね」


スーリが頷く。


「増える。でも、ミオがいる」


「それが一番怖いんだよね」


レティアが無言で私の背中を押した。

帰るよ、の合図。丁寧な合図。逃げ道ゼロの合図。


馬車に乗り込みながら、透明な葉の飾りを指で押さえる。

淡く光る。目立つ。困る。


(任意って、ほんと便利なんだよね)


便利が、今日も私の予定を勝手に決めていく。

やけに丁寧に。

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