表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

第20話 任意のはずが王都行き。通行証まで丁寧に。

朝の玄関は、昨日より容赦がなかった。


白い封筒が、ひとつ増えている。

白い。きっちり。丁寧。角まで真面目。


私は靴を履く前に、胃がきゅっと縮んだ。


「……三つ目」


肩の上の精霊スーリが、きらきら跳ねる。


「三つ! つよい!」


「強いって言い方やめて。封筒が武器みたいに聞こえる」


背後の姉、レティアが無言で封筒を持ち上げ、差出人を読む。


「王都……合同監査室」


「やめて。単語だけで胃が縮む」


レティアは開封前に結論を出した。


「行く」


「まだ読んでないよ?」


「読まなくても同じ」


それが一番困る。姉が正しいと、逃げ道が消える。


スーリが胸を張る。


「紙、進化!」


「進化しなくていい!」


封筒を開ける。中身は予想通り、丁寧の塊だった。


【本日中に説明会を実施します】

【関係者は同席のこと】

【場所:中央聖堂 別館】

【持参:身分証明、協力登録カード、筆記具】

【追記:任意の協力をお願い申し上げます】


「……任意って、最後に付ければ優しいと思ってる?」


スーリが即答する。


「優しい!」


「優しいの方向が違う!」


レティアが淡々と私の肩を押す。


「止まると説明が増える」


「……はい」


止まらない。止まれない。紙のために。


◇◇◇


中央聖堂の別館は今日も白い石が静かで、今日は静かに人が多かった。

静かに多いのが一番怖い。そこに紙が混ざると、静かに増殖する。


作業室に入ると、文書官リネットが丁寧に頭を下げる。


「ミオさん。お越しいただきありがとうございます。説明会の前に、合同の短縮手順をまとめたいのですが」


「まとめるのは好きです。増えないなら」


言った瞬間、リネットの目が「助かります」になった。

まずい。褒める目は、次の紙を呼ぶ。


「助かります」


ほら来た。


医療ギルド監査官カイルは、机に軽く腰を預けて周囲を見回す。


「昨日の“甘い匂い”の件、教会だけで抱えるのは無理だ。現場は動く。だから動く手順が要る」


「記録も必要です」


リネットが丁寧に返す。


「現場も記録も必要。でも揉めると紙が増える」


私が言うと、カイルが笑った。


「その通り」


リネットも丁寧に頷く。


「その通りです」


やめて。私の意見が一致点になると、仕事が増える。


後ろでメモ帳を抱えた少年マルが、目を輝かせている。


「ミオさん、それ名言です!」


「決めつけないで」


「はい! 決めつけません! でも名言です!」


決めつけてる。


机の上には、丁寧版と短縮版の手順、記録票、受領控え、保管場所一覧。

紙がここに住んでる。


スーリが私の耳元で小さく言った。


「紙の匂い、つよい」


「言語化しないで。胃が縮む」


レティアが無言で窓を少し開けた。風が入る。空気が軽くなる。胃がほんの少し戻る。


「じゃあ、共通部分だけ先に」


私は短く言って、紙の端に項目を書き出す。

•開封は一つずつ

•匂いが強い場合は即換気

•人を集めない(距離)

•目はこすらない(水で流す)

•封緘確認→匂い→粘度

•触れた物は分ける(混ぜない)


カイルが頷く。


「動く」


リネットが頷く。


「記録に落ちます」


「落とさないで。落とすと増えるから」


リネットが丁寧に首を傾げた。


「……増えますね」


認めないでほしい。


◇◇◇


合同の手順が形になりかけた、その時。


スーリのきらきらが、すっと止まった。

止まるスーリは珍しい。珍しい時は、だいたい嫌な予感。


「……奪う匂い、残ってる」


「その単語、今やめて」


「残ってるの。紙の角」


受領控えの束の一枚。角がわずかにざらつく。引っかからないのに気になる。嫌な気になる。


マルがすぐ覗き込む。


「昨日、回収代行の人が拾った紙、これと同じ様式でした。控えです」


カイルが眉を寄せる。


「回収代行が箱じゃなく紙を触ったのは、搬入元の符号を抜くためかもしれない」


リネットが丁寧に補足する。


「受領控えには、搬入元の分類符号が残ります。保管棚の並びで管理しています」


「棚を見ればいい」


口が先に動いた。

言った瞬間、全員の顔が「助かります」になる。


(やめて! 助かるって言わないで! 紙が増える!)


レティアが無言で私の背中を押した。行け、の合図が無言で強い。


保管棚は奥の小部屋にあった。ずらりと並ぶ控え。並ぶと落ち着く。落ち着くと紙が増える。矛盾。


私は並びを見て、すぐ気付いた。


「……ここ、抜けてる」


リネットが丁寧に息を飲む。


「控えが一枚、欠けています」


カイルが低く言う。


「持っていかれた。狙い通りだ」


マルがメモを取る手を止め、顔を上げる。


「欠けた控え、符号が分かれば搬入元が……」


リネットが棚の端を示した。


「並び順で分かります。欠けているのは……王都系の箱です」


「……王都?」


胃が、またきゅっと縮む。紙が王都に向かって進化している。最悪の進化。


スーリが小さく言った。


「王都、つよい」


「強いって言うな!」


◇◇◇


説明会の時刻になると、空気が一段固くなった。

足音が揃う。揃うと、だいたい偉い人が来る。


入口に、丁寧が歩いてくる。


制服。手袋。姿勢。歩幅。全部が同じ。

同じは強い。強いは怖い。胃が縮む。


先頭の女性が柔らかい笑顔で、丁寧に頭を下げた。


「王都合同監査室、出張監査官クラリス・ヴァレーヌと申します。本日はご協力をお願い申し上げます」


声も丁寧。

でも言葉の並びが、すでに逃げ道ゼロ。


クラリスは室内を見回し、迷いなく核心へ行く。


「寄付品の回復薬に偽装が混ざりました。現場で不調が発生しました。さらに、改善が異常に速いという報告が届いております」


リネットが丁寧に答える。


「換気と距離の確保を優先し、症状が落ち着きました」


クラリスの視線が、すっと私に向いた。


「当日の現場指示を出した方は?」


空気が私を指差した。紙じゃなく空気が指差すの、やめてほしい。


カイルがさらっと言う。


「この子。ミオ」


「さらっと言わないで」


クラリスは丁寧に微笑んだ。


「ミオさん。再現をお願いします」


「……再現?」


「はい。原因を特定するために必要です。任意で」


最後の「任意で」が綺麗すぎた。綺麗すぎて断れない。


私は薄い顔を作る。


「……換気の効果です」


クラリスは丁寧に頷く。


「承知しました。では換気の効果を確認します」


「確認って、紙が増えるやつですよね」


「増えます」


即答しないでください。


◇◇◇


再現テストは、思ったよりちゃんとしていて、ちゃんとしているのに軽かった。

軽いのに、怖いのが監査。


クラリスが部下に指示する。


「香りの布を少量。窓は閉めたまま。距離を確保。記録係は三名。健康状態の申告もお願いします」


健康状態の申告。

その単語だけで紙が増える音がした。気のせいじゃない。


マルが小声で言う。


「紙の音って、聞こえます?」


「聞こえない。聞こえないことにして」


布が運ばれてくる。甘い匂い。昨日と同系統。喉の奥に張りつくタイプ。


誰かが鼻をすすった。


(来る)


私は言葉を短く切る。


「距離。窓。風。水。目、こすらない」


レティアが即、窓へ。

カイルが人を下がらせる。

リネットが水を用意する。

全員が動く。動くのはいい。動くと落ち着く。


問題は、ここから。


落ち着くと、私の体が勝手に変な方向へ行きそうになる。

勝手に調律しないで。ほんとに。


スーリが私の髪にそっと触れて、きらきらを抑えるみたいに震えた。


「見守り……がんばる」


「がんばらなくていい。目立つから」


「でも、出ちゃう」


「出ないで」


お願いの方向が違うけど、今はそれしかない。


匂いが漂う。

でも空気が軽い。換気のおかげ。そこまでは確かにそう。


記録係の一人が、目をぱちぱちさせた。


「……あれ? 目の疲れ、消えた」


別の人が肩を回す。


「肩、軽い……」


クラリスが小さく息を止めたのが分かった。

丁寧な人ほど、息が止まる瞬間が分かりやすい。


私は反射で押し切る。


「換気の効果です」


クラリスは丁寧に微笑む。


「換気は万能ですね」


「万能だと紙が増えるので、ほどほどでお願いします」


「ほどほどに増えます」


やめて。


カイルが私の横で小声になる。


「ミオ。今の、見られた」


「見ないでほしい」


「相手は監査官だ。見るのが仕事」


「……紙の仕事、嫌い」


スーリがきらきら震えて口を挟む。


「紙、すごい!」


「すごいって言うな!」


◇◇◇


テストが終わると、クラリスは机に書類を置いた。置き方が丁寧。角が揃う。揃うと強い。強いと怖い。


「結論を申し上げます」


その一言で、室内の空気が会議になった。会議は紙が増える。最悪の呪文。


クラリスは言う。


「本件は地方単独で収束できません。王都で合同対策班を編成します」


リネットが丁寧に問う。


「対策班……どの規模で?」


「教会、医療ギルド、流通監督局、監査室。必要なら騎士団」


カイルが舌打ちしかけて、途中で止めた。偉い。


クラリスの視線が、また私に向く。


「そしてミオさん。現場指示が的確でした。助言者として同行を要請します」


胃が、音を立てて縮んだ気がした。


「……要請って、任意ですか?」


クラリスは丁寧に微笑む。


「はい。任意です。ですが、任意でお願いします」


「任意って便利ですね……」


思わず漏れると、クラリスは頷いた。


「便利は人を救います」


カイルが肩をすくめる。


「断ると、別ルートで呼ばれる。もっと面倒な形で」


リネットも丁寧に小声で添える。


「名が出ない形で守れるのは、今だけかもしれません」


レティアは短く言った。


「行く」


姉が即答すると、紙の運命が決まる。私の予定も決まる。丁寧に。


スーリが嬉しそうに叫ぶ。


「王都! つよい!」


「強いって言うな!」


◇◇◇


同行が決まると、紙は本気を出した。


【通行証申請】

【臨時協力の更新】

【研修参加登録】

【身分確認票】

【持ち込み品申告】

【同行者一覧】


「……旅支度って、荷物より紙なんですね」


マルが感動している。


「ミオさん、すごい量です!」


「感動しないで。紙が喜ぶ」


スーリが紙の上に乗って、つるんと滑った。


「すべる!」


「すべらないで!」


レティアが無言でスーリをつまみ、私の肩に戻した。姉の無言パワーは精霊にも効く。


私は紙の山を見て、ため息をひとつ。

やるしかない。やらないと説明が増える。説明が増えると紙が増える。


「今必要、後で必要、絶対いらないけど必要と言われる」


三つに分けると、マルが目を輝かせた。


「最後の分類、便利です!」


「便利って言うな。増えるから」


カイルが笑う。


「でも正しい」


リネットが丁寧に頷く。


「正しいです」


クラリスが丁寧に微笑む。


「非常に助かります」


三方向から追い詰めないでください。


それでも分類すると、空気が落ち着く。紙の角が揃う。気持ちも少し落ち着く。胃は戻らないけど。


◇◇◇


夕方、出発。


馬車は静かで、静かなのに人が多い。今日はそういう日だ。

カイル、マル、リネット、クラリスの部下が二名。私とレティア。スーリは肩の上で、きらきらを控えめにしている。控えめは偉い。控えめは薄い。薄い最高。


街道に出ると、風が少し冷たい。窓の外の空が広い。


「王都って、遠い?」


マルが言う。


カイルが答える。


「遠い。だから途中で休む」


「休むと、紙が増えますよね」


私が言うと、カイルは肩をすくめた。


「増える」


「ですよね」


クラリスは丁寧に笑う。


「旅程表は既に作成しております」


最悪。


その時、スーリが小さく言った。


「……匂い、変わる」


私は息を止めた。


「どの匂い?」


「奪う匂い。王都の方からも」


胃がまた縮む。今日は縮み放題だ。


レティアが窓の外を見て、短く言った。


「来る」


「何が……」


街道の音が一枚薄くなった。馬の蹄の音が遠くなる。風が止まる。木々の匂いが濃くなる。


スーリが、珍しく真面目な声になる。


「……大きいのがいる」


「紙より?」


「紙より」


最悪の比較をやめてほしい。


窓の外に何かが見えたわけじゃない。

でも気配だけで分かる。見えないのに来るタイプの招待状。


空気の奥から、声がした。声というより、風が形を取ったみたいな響き。


『王都に着く前に、一度、精霊院へ』


私は反射で口にしてしまった。


「……換気の効果です」


言った直後、自分でも思う。万能すぎる。さすがに無理がある。


マルが目を丸くする。


「えっ、今のも換気ですか!?」


「違う。違うけど、違うって言うと説明が増える」


カイルは窓の外をじっと見る。


「今の、何だ」


リネットは丁寧に震えている。


「い、今……声が……?」


クラリスは丁寧に微笑んだまま、目だけが鋭かった。


「ミオさん。王都では、今の件も任意で説明をお願いできそうです」


「任意、便利ですね……」


スーリがきらきら震える。


「任意、進化!」


「進化しなくていい!」


馬車は進む。遠く、王都の外郭が夕空の下に影のように見え始めた。


そしてスーリが小さく囁く。


「匂い、近い。奪う匂い」


私は目を閉じて、深呼吸をひとつ。

髪に指を通す。髪は整う。

整うのに、予定は整わない。なぜ。


「……薄く生きたいのに」


スーリが少し間を置いて、きらきら揺れた。


「薄いの、むずかしい!」


言うな。正解を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ