第59話 思えば遠くに来たもんだ
ユージア国――中央食堂。
夕刻。
仕事を終えた人々が、次々と食堂に集まって来ていた。
長机の上には、焼きたてのパン、煮込み料理、山盛りの野菜、そして収穫したばかりの麦で作った酒まで並んでいる。
いつもの夕食。
……の、はずだった。
「いや、なんでこんなに人が多いんだよ」
席についたユージが、思わずあたりを見回す。
いつものタスクフォースの面々だけではない。
辺境の村から来た村長と村人たち。
かつてユージが最初に身を寄せた砦の兵士たち。
月影の宴旅団の面々。
さらには王国、魔王国からの使節まで混じっていた。
食堂は、ちょっとした宴会場になっている。
サトータが涼しい顔で答えた。
「今日は、各地からのお客様を迎えての慰労会です」
「慰労会?」
イコタンが笑う。
「それと、実質的には“第一部お疲れさま会”ですね」
「なんだそのメタっぽい言い方」
タケシトが肩を叩いた。
「細けぇことは気にすんな!」
「どうせお前、こういう場じゃないと昔を振り返らないだろ?」
「振り返るほど立派な人生送ってないんだけどな……」
ユージが頭をかくと、向かいに座ったナーチャンが静かに言った。
「ユージさまが召喚されてから、もう半年になります」
その一言で、場の空気が少しだけ落ち着いた。
半年。
長いようで、短い。
だが、その半年で起きたことは、普通の人間なら何年かかっても経験しないようなことばかりだった。
「半年、か……」
ユージは小さく呟く。
「最初は、すぐ追い返されると思ってたんだけどな」
辺境の村の村長が豪快に笑った。
「なにを言うか!」
「最初に会った時から、おぬしは妙な男じゃったぞ!」
村人の一人も頷く。
「そうそう。最初は、ただのくたびれたおっさんにしか見えなかったけどな!」
「失礼だなおい」
「でも実際そうだったじゃろ」
食堂に笑いが広がる。
村長が懐かしそうに目を細めた。
「ゴミの山を見て、“これは資源だ”と言った時は、正直、頭がおかしいのかと思ったわい」
「だって資源だったろ」
「そうなのじゃ!」
村人たちがまた笑う。
「しかも、あの時はただ村を綺麗にしただけだと思ってたのに、今じゃ国まで出来とる」
「俺はそこ、いまだに納得してないんだけど?」
「皆が勝手に納得したのです」
ナーチャンがさらりと言う。
今度は砦組が口を開いた。
顔見知りの兵士が酒を片手に笑う。
「砦に来た時も、似たようなもんだったな」
「そうそう。魔力測定で最低判定だって聞いて、厄介払いされた変な中年、って噂だった」
「ひどいな!」
「事実ですからねえ」
リシュンがにやりと笑う。
「でもまあ、あの時点で普通じゃない気配はしてた」
ユージが眉をひそめる。
「なんでだよ」
「魔力ゼロのくせに、話してることだけは妙に核心ついてたからだよ」
「適当に言ってただけだぞ」
「適当で戦争終わらせる男があるか」
砦の兵士たちも頷く。
「あの頃は、まさかこんなことになるとは思っていませんでしたよ」
「砦が前線じゃなくなる日が来るなんてな……」
「今じゃ補給基地どころか、交易の中継拠点ですからね」
その言葉に、王国側の使節まで深く頷いていた。
かつて戦うための場所だった砦は、今では物資と人をつなぐ場所へ変わりつつある。
それを思うと、ユージはなんだかむず痒くなった。
「だから俺は、何もしてないって……」
「またそれですか」
イコタンが呆れたように言う。
「何もしていない人は、国家予算の再編も、貸与条件の設計も、百年戦争の終結も起こしません」
「起こしたのはお前らだろ!」
「きっかけを作ったのはあなたです」
「それを広げたのは皆です」
サトータが穏やかに続ける。
「一人で成したのではなく、皆で成した」
「ですが、その最初の石を投げたのは、間違いなくあなたですよ」
ユージは返す言葉を失った。
そこで、旅団側から神楽耶が口を挟む。
小さな杯を揺らしながら、ふっと笑う。
「おぬしと初めて会うた時のこと、覚えておるか?」
「荒れ地で囲まれた時だろ?」
「そうじゃ」
神楽耶は少しだけ遠くを見る。
「わらわはあの時、おぬしがまた一人の“使い潰される英雄”になるのではないかと思うておった」
食堂の空気が、少しだけ静まる。
「じゃが」
神楽耶は笑った。
「蓋を開けてみれば、英雄になるどころか、英雄という概念そのものをやめさせてしまいおった」
リシュンが吹き出した。
「確かに」
タケシトも大笑いする。
「普通、“戦争終わらせて国作る”までは行くけど、“英雄を不要にする”まではなかなか行かねえよな!」
「普通の比較対象がどこにあるんだよ」
アサダが静かに口元を押さえて笑う。
サムも珍しく、はっきりと口元を緩めていた。
「ですが、それが事実です」
「あなたは一人で英雄として立つのではなく、皆が立てる盤面を作った」
「だからこそ、今の世界は動いている」
重い言葉だった。
だが、どこか優しかった。
しばらくして、料理も酒もだいぶ減ったころ。
宴の熱気は少し落ち着き、食堂には穏やかな笑い声が流れていた。
ユージは椅子にもたれ、なんとなく皆の顔を見渡した。
辺境の村の人々。
砦の兵士たち。
旅団の仲間。
タスクフォース。
王国と魔王国の面々。
最初は、こんな風に同じ卓を囲むなんて想像もしなかった連中ばかりだ。
ナーチャンが、静かに言った。
「不思議ですね」
ユージが横を見る。
ナーチャンもまた、食堂の皆を見ていた。
そして、静かに言った。
「ユージさまが召喚されなければ、この中の多くは出会うことすらなかったでしょう」
食堂が少し静かになる。
ユージは杯を回しながら、ふと口を開いた。
「……俺が元いた世界にさ」
皆が見る。
「一期一会って言葉があるんだ」
神楽耶が首を傾げる。
「いちご……いちえ?」
「一生に一度の出会い、って意味らしい」
ユージは肩をすくめる。
「同じ人と、同じ場所で、同じ時間に会うことは」
「二度とないかもしれない」
「だから、その出会いを大事にしろって言葉だ」
食堂が静かになる。
辺境の村の村長がぽつりと言った。
「……なるほどのう」
砦の兵士が頷く。
「確かに」
「俺たち、普通なら会ってませんよね」
神楽耶が笑う。
「おぬしが召喚されなければ、わらわはまだ荒野をさまよっておったかもしれぬ」
サムも静かに言う。
「王国と魔王国が同じ卓を囲むなど、百年前には想像もできませんでした」
一瞬、皆がしんみりする。
そこで。
タケシトが酒を掲げて叫んだ。
「つまりあれだ!」
「リーダーと出会ったのは奇跡ってことだな!」
ユージが顔をしかめる。
「やめろ、話をでかくするな」
タケシトは笑う。
「いやでもよ!」
「一期一会なら、今日の酒も一期一会だろ!」
「飲め飲め!」
食堂が一気に笑いに包まれた。
ユージは頭をかいた。
「……いい話が全部台無しだ」
ナーチャンは小さく笑った。
「でも」
「嫌いではありません」
ユージは苦笑する。
「まあ」
「出会いが悪くなかったのは認める」
杯を掲げる。
「一期一会、だな」
皆が杯を掲げた。
笑い声が、食堂いっぱいに広がった。
「最初は面倒だと思ってたけど」
「こうして見ると、悪くない人生だ」
一瞬、静かになって。
次の瞬間、タケシトが笑いながら叫んだ。
「おいおい、リーダーが珍しく良いこと言ったぞ!」
「失礼だな!」
「いやでも、今のはちょっと良かった」
リシュンまで笑っている。
神楽耶は満足げに頷き、アサダは柔らかく微笑み、ナーチャンだけがほんの少しだけ目を伏せた。
その横顔は、どこか安堵しているようにも見えた。
外では、夜風が麦畑を揺らしている。
この国は、まだ小さい。
世界も、まだ不安定だ。
この先、何が起きるかなんて誰にも分からない。
それでも。
あの日から始まったこの物語は、確かにここまで来た。
ユージは杯を持ち上げる。
「じゃあまあ」
皆が顔を上げる。
「これからも、よろしく頼む」
大きな歓声が上がった。
笑い声が、食堂いっぱいに広がる。
それは戦のない時代の、確かな音だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ次回、第一部完結です。
ユージたちの選んだ未来を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。




