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【完結】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う(新装版)  作者: アズマユージ


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第53話 魔王国の変化

魔王城――軍議の間。


厚い石壁に囲まれたその部屋は、長い間、戦の話をするための場所だった。


だが今。


机の上に広がっているのは、戦況図ではない。


農地図だった。


魔王アサダはその地図を眺めながら、静かに言った。


「……不思議なものですね」


向かいに立つ軍師サムが目を上げる。


「何がでしょう」


アサダは指で地図をなぞった。


赤く塗られている場所。


それは、これまで最前線だった地域だった。


「この土地は、百年ものあいだ戦場でした」


「草一本生えぬ場所だったのです」


視線を上げる。


「それが今は……」


サムが静かに答える。


「麦が育っています」


沈黙が落ちた。


窓の外には、広がる魔王国の大地が見える。


そこにも、小さな畑が増え始めていた。


アサダが小さく笑う。


「戦争をやめただけで、世界はこんなに変わるのですね」


サムは首を振った。


「いいえ」


「戦争をやめただけではありません」


少し間を置く。


「戦争を続ける意味を失ったのです」


アサダが興味深そうに目を細める。


「ユージ殿の策略ですね」


「ええ」


サムは淡々と言った。


「軍事力」


「食糧」


「経済」


指を三本立てる。


「三つの鎖です」


「一つでも欠ければ戦争は続きます」


「ですが彼は――」


言葉を切る。


「三つ同時に断ち切りました」


アサダは静かに頷いた。


「確かに」


「我らはもう、戦う理由を見つけられません」


そのとき。


重い扉が乱暴に開いた。


「納得できん!」


豪将ロクローマルだった。


大きな足音を響かせながら部屋に入ってくる。


「魔王軍が、借りなど作る必要があったのか!」


拳を机に叩きつける。


「我らは戦えば勝てた!」


サムがゆっくりと視線を向けた。


「本気でそう思われますか」


ロクローマルが睨み返す。


「当然だ!」


サムは静かに言った。


「ではお聞きします」


「あなたが特区に攻め込んだ時のことを」


ロクローマルの顔が固まる。


「希望のイージス」


「ヤマット」


「ホワイトタイガー」


淡々と続ける。


「そのすべてを見た上で」


「まだ勝てると?」


沈黙。


ロクローマルの拳が震えた。


サムはさらに言った。


「しかも」


「あなたは覚えておられないようですが」


声が冷たくなる。


「あなたの独断が、我々に“借り”を作らせたのです」


空気が凍る。


ロクローマルは歯を食いしばった。


サムは続けた。


「しかし彼は、それを問題にしなかった」


「なぜだと思います?」


ロクローマルは答えない。


サムが言った。


「必要なかったからです」


「すでに勝っていたから」


アサダが小さく息を呑む。


サムは地図を指した。


「戦争を終わらせる」


「穀倉地帯を作る」


「両国に食糧を貸与する」


ゆっくりと言う。


「これは和平ではありません」


「支配です」


ロクローマルが怒鳴る。


「戯言だ!」


サムは静かに言った。


「いいえ」


「戦争を続けると破綻する」


「和平を守れば復興する」


指で地図を叩く。


「この設計を作った時点で」


「彼は世界を掌握しています」


部屋は静まり返った。


アサダがぽつりと言う。


「……そこまでですか」


サムは答えた。


「ええ」


そして、ゆっくり続ける。


「もし彼が望めば」


「王国も」


「魔王国も」


「数十年で、完全に彼の経済圏に入るでしょう」


ロクローマルが呟く。


「そんなことが……」


サムは静かに笑った。


「恐ろしいのは」


「彼がそれを狙っていないことです」


アサダが小さく笑う。


「確かに」


「ユージ殿は、そういう方ですね」


サムは窓の外を見た。


遠くに見えるのは、ユージア国の方向だった。


そして静かに言った。


「陛下」


「我々は幸運です」


アサダが首をかしげる。


「どうしてです?」


サムは答えた。


「もし彼が覇王の資質を持っていたなら」


少し間を置く。


「世界は、すでに一つの帝国になっていたでしょう」


沈黙。


ロクローマルがゆっくりと言った。


「では……」


「我らはどうすればいい」


サムは迷わず答えた。


「同じ方向を見ることです」


「彼が見ている未来を」


アサダが微笑んだ。


「ええ」


「それが一番平和な道ですね」


窓の外の空は、青かった。


百年続いた戦争は終わった。


だが。


世界はまだ、その意味を完全には理解していない。


ただ一人の男だけが。


それを――


当たり前のことのように、やってのけただけだった。

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