第51話 兵どもが夢のあと
ユージア国建国から、二週間。
世界は――
静かに変わり始めていた。
朝。
ユージア国の空は澄み渡っている。
だが――
その空には、もう戦火の影はない。
丘の上。
ユージはパンをかじりながら、ぼんやりと街を眺めていた。
「……なんか」
隣でナーチャンが微笑む。
「どうしました?」
ユージは言った。
「平和すぎて、逆に落ち着かない」
ナーチャンはくすりと笑う。
「贅沢な悩みですね」
眼下の街は活気に満ちていた。
市場には王国の農民が並び、
魔族の商人が値段を交渉し、
獣人の荷車が行き交う。
子どもたちは種族関係なく走り回っていた。
かつて百年間戦争を続けていたとは、
誰も思わない光景だった。
剣と軍旗に埋め尽くされていた、その同じ世界に、
今では子どもたちの笑い声が満ちている。
「なあ」
ユージが言う。
「本当に終わったのかな」
ナーチャンは少し考えてから答えた。
「完全に終わったわけではありません」
「ですが」
街を見る。
「流れは、もう止まらないでしょう」
ユージは肩をすくめる。
「流れ、ねぇ」
そのとき。
背後から声がした。
「リーダー!」
振り向くと、タケシトが走ってきた。
「王国から使節団が来てるぞ!」
ユージが顔をしかめる。
「また?」
「今度は交易の話らしい」
「交易?」
丘の下。
王国の紋章をつけた馬車が数台止まっていた。
サトータが応対している。
商人たちが荷物を降ろし始めていた。
タケシトが笑う。
「向こうも必死なんだろ」
「戦争やめた分、商売しないと国が回らないからな」
ナーチャンが補足する。
「王国は軍費を三割削減しました」
「代わりに農業と商業に投資しています」
ユージは驚く。
「マジで?」
「ええ」
「ゲユタカ卿が主導しているようです」
ユージはパンをかじった。
「へぇ……」
しばらく沈黙。
風が麦畑を揺らす。
そのとき。
空に影が落ちた。
巨大飛行戦艦ヤマット。
ゆっくりと巡航している。
その周囲を、ホワイトタイガーが旋回していた。
今日2回目の巡回飛行だ。
ユージはそれを見上げる。
「……なんか」
また呟く。
「とんでもないことやっちゃった気がする」
ナーチャンは言った。
「いいえ」
「まだ途中です」
「途中?」
「ええ」
少し遠くを見る。
「世界はまだ、戦争のない世界のあり方を知りません」
「私たちは、今それを作っているのです」
ユージは苦笑する。
「なんか黒幕っぽいこと言ってるぞ」
ナーチャンは真顔で答えた。
「あなたのことですよ」
うーん、ちょっと何言ってるかわからないんだけど…。
そのとき。
遠くの空に黒い影が見えた。
小型飛行艇。
魔王国の紋章がついている。
タケシトが笑う。
「今度は魔王国か」
「忙しい国だな、ここ」
ユージは頭をかいた。
「休む暇ないじゃん」
ナーチャンが静かに言った。
「それだけ世界が動いているということです」
「あなたを中心に」
ユージは即座に否定する。
「俺じゃない」
街を見る。
「お前らだよ」
市場。
畑。
工房。
学校建設のための木材。
そこには多くの人々が働いていた。
サトータ、イコタン、タケシト。
タスクフォースのメンバーがそれぞれ真剣に指揮を執っていた。
ユージは小さく息を吐く。
「まあ」
「悪くない世界だな」
ナーチャンは微笑んだ。
「ええ」
「しかしようやく、始まったばかりですよ」
その頃――
研究棟。
リシュンとアルノルトが巨大な魔導装置の前に立っていた。
円形の金属構造。
複雑な魔導回路。
中央には巨大な演算結晶。
リシュンが言う。
「出力計算、もう一回やるぞ」
アルノルトが頷く。
「誤差は許されません」
装置の名は――
超高出力時空間転移機構。
リシュンが笑った。
「あと一ヶ月ちょっとってところだな」
アルノルトも微笑む。
「ええ」
「完成すれば――」
窓の外を見る。
丘の上にユージの姿が小さく見える。
「彼は帰るのでしょうか?」
その言葉に、少しだけ沈黙が落ちた。
リシュンが肩をすくめる。
「まあ」
「誰しも故郷は懐かしいもんさ」
「しかし、彼が帰ってしまったら」
表情を硬くするアルノルトに向かって、少し陰のある顔でリシュンが言った。
「つまらなくなるかもな」
そして、ただ静かに装置を見つめていた。
その装置は――
一人の男の運命を変えるだろう。
あるいは。
変えるのは世界の運命かもしれない。
しかし本当にその日が来たとき、
彼がどんな選択をするのかを。
そして、この世界がどう変わってしまうのかを。
――まだ、誰も知らなかった。
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