第5話 無能のはずが、呼び戻された理由
本日2回目の投稿です!
まだまだ前段段階ですが、お楽しみいただけると幸いです。
翌朝。
宿の簡素な朝食を前に、ユージはぼんやりとパンをかじっていた。
「……平和だな」
昨日は街を歩き回ったせいか、久しぶりに“働いた感”がある。
だが、命の危険もなく、誰かに怒鳴られることもない。
異世界に来てから、初めての穏やかな朝だった。
――コンコン。
控えめなノック音。
「はい?」
扉を開けると、そこには昨日と同じローブ姿のナーチャンが立っていた。
ただし、今日は妙に背筋が伸びている。
「おはようございます、ユージ様。
朝から申し訳ありませんが……王城より正式な呼び出しがありました」
「……は?」
ユージの手から、パンの残りがこぼれ落ちた。
「え、俺? なんで?」
「理由は、現時点では不明です」
ナーチャンは言葉を選びつつ続ける。
「ただし、“至急”とのことでした」
「昨日の露店トラブル?」
「それだけで王城が動くとは考えにくいですね」
ユージは嫌な予感しかしなかった。
(あれ? 俺、何かやらかした?)
だが逃げる選択肢はない。
数刻後――
二人は再び、王城の正門をくぐっていた。
昨日測定を受けた広間とは別の、小規模な会議室。
そこには、見覚えのある顔が揃っていた。
老齢の魔術顧問。
鎧姿の近衛騎士団長。
そして――王女マイヤン。
「……あ」
ユージが小さく声を漏らすと、マイヤンは腕を組んで鼻を鳴らした。
「来たわね、“魔力ゼロの勇者様”」
早速の煽り。
(あ、これ詰められるやつだ)
だが、次の瞬間。
「座りなさい」
マイヤンの口調は、昨日よりずっと真剣だった。
ユージは言われるまま椅子に座る。
「結論から言うわ」
王女は資料を机に叩いた。
「あなた、昨日一日で街の揉め事を三件、未然に防いでいるわね?」
「……え?」
「露店での衝突、港区画での価格交渉トラブル、冒険者同士の小競り合い。
すべて、衛兵が介入する前に収束している」
ユージは目を瞬かせた。
「いや……別に大したことは……」
「大したことよ!」
マイヤンが声を荒げる。
「通常、ああいう揉め事は放置すれば必ず暴力沙汰になる。
結果、怪我人が出て、治療費と治安コストが発生する」
彼女は一拍置き、言った。
「それを“言葉だけ”で潰した。
しかも、当事者に遺恨を残さずに」
会議室が静まり返る。
魔術顧問が顎に手を当て、呟いた。
「……これは、魔法ではない。
だが、魔法以上に厄介だ」
ユージは思わず手を挙げた。
「あの、俺、褒められてます?」
「評価されているのよ」
マイヤンは即答した。
「正直に言うわ。
あなたは勇者としては“失敗作”だった」
胸に刺さる言葉。
だが。
「でも――統治補佐としては、異常な適性を持っている」
ユージは言葉を失った。
「……え、俺が?」
「ええ」
マイヤンは視線を逸らさず言い切る。
「だから提案するわ。
あなたには当面、“自由行動のまま”、街と人を見て回ってもらう」
「自由行動?」
「その代わり、定期的に報告を出すこと。
肩書きは……そうね」
少し考え、王女は口角を上げた。
「“特別観察官”とでもしておきましょうか」
ユージは内心で叫んだ。
(なんでそうなる!?)
だが、ナーチャンが静かに補足する。
「これは、異例の抜擢です」
「……拒否権は?」
「ありません」
即答だった。
ユージは深くため息をついた。
「俺、ただ静かに暮らしたかっただけなんだけどな……」
その呟きに、マイヤンは少しだけ笑った。
「残念だけど――」
そして、こう言った。
「あなたみたいな人間ほど、世界は放っておかないものよ」
こうしてユージは、
“役に立たないはずだった男”から
“扱いを間違えると危険な男”へと、静かに格上げされたのだった。




