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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ


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第4話 力がなくても、仕事はできる

 街に出て、最初に感じたのは――匂いだった。


「……なんか、すごいな」


 ユージは思わず口に出した。


 焼いた肉の香ばしさ。

 香草と油が混じった屋台の匂い。

 その裏に、ほんのりと混ざる獣臭と、汗と、生活の匂い。


「活気、ありますね」


 ナーチャンが言う。


「あるある。でも――」


 ユージは眉をひそめた。


「これは、間違いなく揉め事が起きる匂いだな。

俺の経験則がそう告げている。」


「え?」


 ナーチャンが聞き返した、その瞬間だった。


「おい! 先に並んでたのは俺だろ!」


 怒鳴り声が飛ぶ。


 見ると、露店の前で屈強な獣人と、痩せた人族の男が睨み合っていた。

 周囲の客が、距離を取り始める。


「順番を守れって言ってんだ!」


「人族はすぐ嘘をつく! お前が割り込んだんだろう!」


 ああ、これは――。


(典型的な“些細だけど放置すると面倒なやつ”だな)


 ナーチャンが一歩前に出ようとしたが、ユージが軽く手で制した。


「待て!俺が行く」


「ユージ様? ですが……」


「大丈夫。魔法も剣も使わないから」


 そう言って、ユージは二人の間に割って入った。


「はいはい、ストップ」


 二人が同時に睨んでくる。


「なんだお前!」


「部外者は引っ込め!」


 ユージは怯えもせず、露店の鍋を指差した。


「なあ、おっちゃん。この鍋、材料はまだあるのか?」


 突然話を振られた店主が目を瞬かせる。


「え? えーっと……次で最後だな。

少し残ってるが、一杯分には足りねえ。」


「そっか。」


 ユージは頷いてから、二人を見る。


「で、あんたたちはどっちが先に並んでたんだ?」


 二人が言葉に詰まる。


 雑然とした市場において、きっちりと列を作っている客なんて、そうはいない。


 人族の男が言う。


「俺が先だが、まあ、ほぼ同時に来たかな。」


 獣人も言う。


「何だと!確かにほぼ同時だったが、間違いなく俺が先だ!」


「OK。OK。」


「そういうのはな、水掛け論って言うんだ。

ほぼ同時に雑に並んだんだろ?じゃあ、割り込みはなかったってことさ。」


 ユージは淡々と言った。


「次。」

「揉めてる原因は“誰が先か”じゃない。“どっちが得するか”だ」


 二人が怪訝な顔をする。


「こうしよう」


 ユージは指を二本立てた。


「おやじ!残ってる材料を全部入れて、鍋を作ってくれないか?

そんでもって、値段は2杯分の三割引きな!

具材が少ないんだから、そのくらいいいだろ?」


「いいぜ。

残るより売れちまった方がいいからな。」


「よし、お前ら、おやじが作ってくれた大盛り鍋を二人で仲良く食べろ。

それでいいだろう?」


「ちょっ、待てよ!

なんでこんな奴と一緒に鍋をつつかなきゃなんねえんだ!」


「俺だってまっぴらごめんだ!」


 文句を言う二人に、ユージは続ける。


「不満なら、ここで殴り合って怪我して、衛兵に連れていかれる。

 今日は飯、抜きだな」


 沈黙。


 獣人が、ふっと鼻を鳴らした。


「……合理的だな」


「仕方ない。俺も、それでいい」


 あっさり決着がついた。


 周囲から、ほっとした空気が流れる。


「これで解決!

それにな、鍋ってのは、一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しいもんなんだよ。

これも何かの縁だ。今夜は、俺も仲間に入るから、一緒に酒でも飲もうや!」


「おお、いいねえ!」


「俺も酒に誘われて断るほど野暮じゃねえぜ」


「よし、話は決まった。

はい、解散解散」


 ユージは手を叩き、踵を返した。


 ナーチャンは、少し呆然としていた。


「……今の、どうしてあんなに早く……」


「理由は簡単」


 ユージは歩きながら言う。


「争いってのはな、大体“感情”じゃなく“損得”で起きる。

 だから損得を整理してやれば、だいたい収まる」


「魔法も、権威も使わずに……」


「使わない方がいい時もある」


 ユージは笑った。


「上から抑えると、後で反発が来るからな」


 ナーチャンは、その横顔をじっと見ていた。


(この人……戦えないのに)


(場を制する力がある)


 街を一周した頃には、彼女の評価は明確に変わっていた。


「……ユージ様」


「ん?」


「本日の観察記録に、“危険性なし”と書くつもりでしたが」


「つもり?」


「訂正します。“危険性あり”です」


「え、ひどくない?」


「ええ。でも――」


 ナーチャンは真剣な目で言った。


「それは、“扱いを誤ると国家規模で影響が出る”という意味です」


 ユージは苦笑した。


「それ、褒めてる?」


「評価です」


 きっぱりと言い切られ、ユージは肩をすくめた。


「まいったな……」


 夕暮れの街で、鐘の音が鳴る。


 この男は、まだ知らない。


 今の小さな判断の積み重ねが、

 やがて国の形そのものを変えていくことを。

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