第38話 実りの大地は誰がために
空白地帯――特区。
王国からの召集状が届いたのは、収穫前の最も忙しい時期だった。
「王都へ出頭せよ」
「やっぱりそう来たか」
法務官を追い返した時から、薄々予想はしていたのだが。
嫌な予感しかしない。
ユージは広場で仲間を見回してつぶやいた。
「……みんな、ついて来てくれるよな?」
最初に声を掛けたリシュンは
よくわからないが、何かの装置の調整中だった。
「悪い、今手が離せねぇ」
アルノルトも図面から目を離さない。
「水流制御は繊細ですので」
イコタンは帳簿をめくりながら言う。
「今月分の収支が固まりません」
サトータはにっこりと笑って。
「外交はリーダーの仕事です」
タケシトは当然のように言う。
「一人でも大丈夫だろ? リーダーなんだから」
誰も真面目に相手にしてくれない。
「どうしてこうなる……
ユージは天を仰いだ。
「……ナーチャン」
「はい」
「一緒に来てくれ」
「仕方ありませんね」
優しく微笑んでそう言ったナーチャンが
その時のユージには女神に見えた。
「ナーチャン、ありがとう!
やっぱり君だけが俺の味方だよぉ!」
そう言ってハグしようとしたユージの頬を、
ナーチャンは情け容赦なく張った。
ビシッ!
「調子に乗らないでください」
「そんなぁ…」
涙目で頬を押さえるユージの姿を
仲間たちが微笑みながら見ていた。
「ホント、頼もしいのか情けないのか」
「判断に悩むご仁じゃの」
「でもまあ、何故か信頼できるんだよな」
「まあ、リーダーのことですから、今度も
私たちの予想の上を行ってくれることでしょう」
様変わりした特区に、いつも通りの風が吹いていた。
王都――謁見の間。
重厚な扉が閉じられる。
玉座にはマイヤン。
左右にニシダト、サナディ、ゲユタカ。
王国の最高決定機関。
マイヤンが口を開く。
「ユージ殿、素晴らしい成果ね」
そう言って笑うが、その目は笑っていない。
「法務官に何か言っていたみたいですが」
「タスクフォースは王国直属組織ですよ」
「当然、その成果は王国に帰属するべきでしょう?」
「特区は王国の穀倉地帯として発展させて行きましょう」
「よろしいですね?」
沈黙が流れる。
すると、ユージが顔を上げる。
そして、まっすぐマイヤンを見返して言った。
「断る」
空気が凍る。
サナディが低く唸る。
「王命に背くのか」
ユージは静かに答える。
「王命を覚えていないのか?」
「被害を出さずに終わらせろ、だったよな?」
「そもそも特区として独立を認めたんだ」
「つまり、王国が所有権を主張することは、法理に反する」
ニシダトがイラついて杖を鳴らす。
「王国の民は飢えておる!」
「救える命があるのだぞ!」
理屈でダメなら、情に訴える。
まるで、正義は彼らにあるかのように。
そして、責任はユージにあるかのように。
王国首脳陣から、強烈な圧がかかる。
だがユージは目を逸らさない。
「飢えてるののは王国の民だけなのか?」
ゲユタカが言葉を詰まらせる。
ユージは続けた。
「魔王国も同じだろ」
沈黙が流れる。
「特区を王国のものにした瞬間、魔王国は奪いに来るぞ」
「そしたら、また畑は焼かれる」
「折角の穀倉地帯が、また焼野原になる」
「それが、救いになると思うか?」
静寂。
マイヤンが冷たい声で言う。
「では、どうするというの?」
ユージは息を吸った。
覚悟の声だった。
「収穫の半分は特区の維持に使う」
「残り半分を、王国と魔王国に均等に渡そう」
場がざわつく。
ユージは続ける。
「ただし」
視線を玉座へ向ける。
「停戦を恒久化することが条件だ」
「破れば、供給は止める」
凍る空気。
ゲユタカが初めて口を開く。
「……なるほど」
サナディが低く言う。
「欲をかけば、魔王国に有利に働く可能性もある」
ニシダトも苦い顔で頷く。
「戦火が戻れば、すべて失う」
マイヤンは立ち上がった。
怒りを隠さない。
「あなたは、私が召喚した勇者なのよ!」
そう言われたユージは、苦笑して言った。
「失格の烙印を押されて放り出されたけどな」
「タスクフォースは私が作った王国の組織よ」
相変わらず人の言うことを聞かない奴だ。
「王国のために動くべきでしょう?」
ユージは静かに返す。
「戦わずに戦争を終わらせる」
「それが俺たちが受けた王命」
「そして、王国にとって最も有利な選択だろ?」
長い沈黙。
やがて、マイヤンは目を閉じた。
「……いいでしょう」
悔しさが滲む。
「条件付きで了承します」
「ただし」
目を開く。
「あなたの責任は重いわよ」
ユージは肩をすくめた。
「俺にとっては最初から重い」
「リーダーなんて、柄じゃないんだ」
帰り道。
王都を離れる馬車の中。
ナーチャンが静かに問いかける。
「よろしかったのですか」
「あなたの功績です」
「すべての権利を主張することもできたでしょうに」
ユージは窓の外を見た。
遠く、黄金色の地平。
「俺は最初から何もしてないさ」
涼しげに笑う。
「なあ」
「みんなが笑って暮らせる国」
「あったらいいな」
ナーチャンは少しだけ目を細める。
「……あなたは、本当にそれでいいのですね」
ユージは答えない。
ただ、特区の方向を見つめる。
あの土地は、
もう誰のものでもない。
奪うための土地ではない。
守るための土地でもない。
育てる土地だ。
その夜。
魔王城に早馬が走った。
「ユージ殿、王国より帰還」
「王国との何らかの協定を結んだ模様」
新たな局面は、均衡を再び揺らすのか?
魔王国は、ユージの案を受け入れるのか?
魔王城で報告を受けたサムは、静かに呟いた。
「……なるほど」
「今度はこちらの番ですね」
そんな緊張をよそに。
荒れ地だった場所には、たわわに実った麦穂が揺れていた。




