第37話 豊かさゆえの争いの種
王都――謁見の間。
報告は、歓喜ではなく緊張をもたらした。
「空白地帯、農地転換成功」
「恒常水流、安定確認」
「人口増加傾向」
沈黙。
最初に口を開いたのはヒロ・サナディ。
「……戦略的価値は?」
「極めて高い」とニシダトが即答する。
「灌漑が安定すれば、王国の穀倉地帯になり得る」
マイヤンの唇がゆっくりと吊り上がる。
「つまり?」
ゲユタカが静かに言う。
「王国の土地とするべきでしょう」
円卓の空気が固まる。
サナディが頷く。
「タスクフォースは王国直轄」
「その成果は、王国の成果だ」
ニシダトも続ける。
「特区とはいえ、認定主体は王国」
「法理上の余地はある」
マイヤンは玉座に背を預けた。
「では――使者を送りなさい」
その声は柔らかい。
だが、決定だった。
数日後。
黄金色に染まり始めた特区。
王国の紋章を掲げた使節団が到着する。
代表は、王国法務官。
冷静な男だった。
ユージ、ナーチャン、サトータが応対する。
「本件土地は、王国の特区認定を受けている」
法務官は文書を広げる。
「よって、王国が最終的統治権を有する」
ユージは眉をひそめる。
「いやいや、ちょっと待て」
ナーチャンが一歩前へ出る。
「特区認定第十二条」
淡々と読み上げる。
「“当該区域における自治・経済運営は、申請主体の裁量に委ねる”」
ページをめくる。
「第十七条」
「“王国は軍事・税制における直接干渉を行わない”」
静まり返る。
ナーチャンは続ける。
「本区域は、王国の直轄地ではありません」
「法的に、独立運営が保証されています」
法務官の額に汗が浮かぶ。
「しかし、タスクフォースは王国組織である!」
今度はユージが口を開く。
「だから?」
場が凍る。
「俺たちは“被害を出さずに終わらせろ”って王命を受けただけだ」
「土地を差し出せとは聞いてない」
使者が言葉に詰まる。
ユージは続ける。
「ここを王国のものにした瞬間、魔王国が黙ってない」
「そしたらまた戦争だ」
「それ、意味あるか?」
静寂。
サトータが補足する。
「経済的にも、現在の中立性が最大利益です」
ナーチャンが締める。
「王国が所有権を主張する法的根拠は存在しません」
使者は、唇を噛んだ。
「……本件、持ち帰る」
悔しさを滲ませ、王都へと引き返す。
王都。
報告を受けたマイヤンの目が冷たく光る。
「突っぱねられた?」
「法的には……彼らの主張が正当です」
ニシダトが苦々しく言う。
「特区認定が裏目に出ました」
サナディが拳を握る。
「ごり押しは出来ぬのか」
ゲユタカが首を振る。
「軍を動かせば、魔王国が介入します」
沈黙。
マイヤンは立ち上がる。
「タスクフォースは王国の組織よ」
「王国に有利に動くべきでしょう?」
怒りが混じる。
だが同時に。
わずかな焦り。
(制御出来ない?)
彼女の中で、疑念が芽生える。
夕暮れ。
黄金色の大地。
風が穂を揺らす。
ユージとナーチャンが並んで立つ。
しばらく無言。
ナーチャンが静かに言う。
「……よろしかったのですか」
「王国の要求を拒絶して」
ユージは空を見上げる。
「なあ」
少しだけ真面目な声。
「ここを王国に渡したらどうなる?」
ナーチャンは答える。
「魔王国が即座に軍を派遣するでしょう」
「逆も然りです」
ユージは頷く。
「だろ?」
風が吹く。
「ここは、どっちにも渡せない」
ゆっくりと言う。
「渡した瞬間、戦が始まる」
少し間を置く。
「だからさ」
黄金の穂を見つめる。
「ここは、穀倉地帯にする」
「世界を救う土地にする」
ナーチャンの瞳が揺れる。
「……それは」
「国、ってやつにしないと守れないかもな」
静かな決意。
声は小さい。
だが揺るがない。
ナーチャンは、数秒沈黙した後。
「……承知しました」
それだけ言った。
夕日が沈む。
黄金色が、赤に染まる。
まだ誰も知らない。
だがこの瞬間、
緩衝地帯は、
“どちらの国でもない場所”から
“新しい国の種”へと変わった。




