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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ


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第36話 芽吹く街

空白地帯――暫定実験特区。


あれから、三十日。


水は止まらなかった。


むしろ、増えた。


山脈から流れ込む雪解け水は、

削られた溝を完全な水路へと変え、

中央低地に大きな貯水池を形成していた。


その周囲に、

杭が立ち、

縄が張られ、

区画が引かれる。


「東区画、灌漑路完成しました」


ナーチャンが淡々と報告を受ける。


地図には、青い線が増えていく。


水の流れを制御し、

高低差を利用し、

重力で循環させる。


無駄がない。


「水量安定。第二期耕作開始可能です」


指示が飛ぶ。


迷いがない。


ここではもう、

彼女が実質的な統治者だった。


一方。


リシュンとアルノルトは、

新たな装置を組み上げていた。


「やはり、魔素濃度にばらつきがあるな」


「ならば補助安定環を二重化したらどうでしょう?」


「なるほど、その手があったな」


二人は図面を奪い合うように書き込む。


驚異的なスピードで完成した土壌改良機構が稼働する。


微細な振動が土中に伝わる。


数日後。


明らかに土の色が変わった。


硬かった地面が、

柔らかく、そして黒くなる。


「……本当にやりやがった」


ユージは呆れ半分、感心半分で眺める。


その裏で。


イコタンが机を叩いていた。


「水利使用料は定額制ではなく収穫比例で」


「初期投資は10年の分割返済。当初3年は返済を据え置きます」


帳簿が積み上がる。


資金が動く。


物資が流れる。


彼女は笑う。


「利益が出れば、誰も文句は言いません」


サトータは、イコタンとは別の方向で動いていた。


「鍛冶ギルド設立を認可します」


「農耕組合、代表を選出してください」


「交易商会は三者合議制で」


経済が回る仕組みを作る。


ただし、利権を集中させない。


争いが起きる前に、ルールを明確にする。


「無秩序は、最も高くつきますからね」


そして、タケシト。


彼はなぜか広場の中央にいた。


簡易舞台。


楽器。


大道芸。


「さあさあ寄ってらっしゃい!」


子どもたちが集まる。


笑い声が響く。


夜には灯りが灯る。


酒が回る。


歌が流れる。


「腹が満ちても、心が空なら意味がない」


彼は真顔で言った。


意外と真理だった。


さらに一か月後。


そこはもう“荒地”ではなかった。


市場が立つ。


作物が並ぶ。


井戸の水は澄み、


多くの家屋が並び始める。


人が集まる。


王国の農民。


獣人、亜人。


種族は関係無い。


肩書きも不要。


ここは、「働く者」であれば誰でも受け入れる。


ただし犯罪者以外。


その噂が、さらなる移住者を誘い込む。


気づけば、それは王都の外郭都市に匹敵する規模になっていた。



ユージは丘の上からそれを見ていた。


隣には神楽耶が静かに佇む。


「神楽耶……なんか、早すぎないか?」


「ほんの2か月前は、ただの荒れ地だったんだぜ」


本音だった。


神楽耶は腕を組む。


「人は、希望の匂いに敏感なのじゃ」


市場の喧騒を見つめる。


「水が流れた瞬間、ここは“希望の未来”になった」


少しだけ笑う。


「そして、おぬしの評判を皆が信じた」


ユージは頭をかく。


「俺の評判ってなんだよ?

俺は何もしてないぞ」


「お主が“やらせた”のじゃ」


「いやいや、そんな訳無いだろ」


「まあ、自覚が無いのが一番恐ろしいってことじゃな」


くすり、と笑う。


中央広場。


タスクフォースの旗と、

月影の宴旅団の旗が並ぶ。


明らかな共存。


その頃。


丘の上から緩衝地帯を偵察していた王国側の偵察兵数名が


目を見開いた。


「……街、だと?」


「しかも、でかいです」


「信じられん。つい先日まで、ここは人の住めない荒れ地だったはず」


「ですが、間違いありません」


「これは、捨て置けぬな」


偵察隊の隊長とおぼしき男が、急ぎ馬を返した。


「至急、王都へ!」


ほぼ同時刻。


魔王軍の偵察隊。


双眼鏡越しに確認。


水路。


畑。


市場。


「なんだこれは!」


「わずか2か月の間に、なんということだ」


「我々が破壊した仮設拠点だったはずだぞ」


「これは……放置できん!」


「報告急げ!」


彼らもまた、急ぎ駆け出した。



夕暮れ。


街に灯りがともる。


水面に夕日が映え、紅に染まる。


それを眺めながら、ユージがぽつりと言う。


「なんか、とんでもないことになってないか?」


神楽耶は静かに頷く。


「うむ」


少しだけ、真顔になる。


「ここはもう、緩衝地帯ではない」


遠くを見つめる。


「この世界の希望となり得るが、一方で争いの元とも言える」


「世界から注目される街となったのじゃ」


「嫌なこと言うなよ」


「事実を言ったまでじゃ」


そんな二人の髪を、爽やかな風が揺らした。


家々からは竈の煙が立ち上る。


美しい川に、滔々と水が流れる。


水と情熱が、新たな街を作った。


だが、同時に――


両国の均衡を、


静かに揺るがし始めていた。


(続く)

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