第34話 魔王軍の反攻 ~ 幻影の先に流るるもの
空白地帯――暫定実験特区。
王国からの承認は、驚くほどあっさり下りた。
利用価値のない土地。
戦略的意味も薄い荒地。
「勝手にしろ」と言わんばかりだった。
予算も認可。
ただし――タスクフォース枠内。
王国の懐は痛まない。
失敗しても損はない。
(つまり、成功したらめっけもん、ってことだな……)
ユージは苦笑する。
「人手については、わらわたちが負担しよう」
神楽耶の一言で、月影の宴旅団も正式に協力を決めた。
荒野に溝が刻まれていく。
組み上げ途中の魔導装置。
仮設の足場。
その中心にあるのは――リシュンの新型機構。
名目は「土壌改良補助装置」。
実態は、誰にもよく分からない。
アルノルトが横で図面を引き直している。
目が輝いている。
危険な目だ。
その時。
ナーチャンが顔を上げた。
「北西、魔素反応多数」
一瞬で空気が変わる。
「規模は?」
「大軍勢です。威嚇ではありません」
黒い軍旗が丘の向こうに現れた。
魔王軍。
重装歩兵。
魔導砲車両。
展開陣形。
ユージは額を押さえる。
「もう察知したか。早すぎるだろ……」
リシュンは落ち着いていた。
投影装置の魔導結晶を回転させる。
「逆にちょうどいい」
「何がだよ」
「まあ、見ててくれや」
巨大投影機構が起動する。
空気が震える。
魔素が唸る。
光が収束し――
再び空に浮かぶ巨大艦影。
ヤマット。
荒野に、あの威容が戻る。
旅団の者たちが息を呑む。
神楽耶は目を細める。
「これが噂のヤマットか……」
「確かに、迫力は十分じゃ」
「じゃが……二度目は効かぬやもしれぬ」
――魔王軍陣中。
軍師サム・ハヤシオは静かに観察していた。
前回の映像は徹底解析済み。
揺らぎ。
屈折。
魔素波形。
そして今。
やはり、わずかな歪みがある。
「間違いありません。あれは幻影です」
副官が問う。
「断言を?」
「ええ」
サムの視線は、冷静だった。
「では我々は――本物を見せましょう」
「魔導砲、展開!」
王国未確認の最新兵器。
山を削る威力。
巨大な砲身が角度を取る。
魔力が光の粒子となり、砲口へ吸い込まれていく。
地面が振動する。
それを見たユージが叫ぶ。
「待て待て待て待て!」
「絶対あかんやつや!」
「みんな逃げろ!!」
リシュンが即座に指示する。
「全員、シールド裏へ!」
魔導防壁展開。
その直後――
閃光。
世界が白に染まる。
光の槍がヤマットを貫く。
艦影が歪み、崩れ、霧散。
轟音。
衝撃波。
爆風。
砂塵。
だが。
リシュンの防壁は、揺るがない。
そして。
光は止まらなかった。
仮設拠点を貫通。
荒野を一直線に削り。
そのまま――山脈へ。
一瞬の静寂。
そして。
地を裂く轟音。
山腹が爆ぜる。
岩盤が割れ、白煙が噴き上がる。
地鳴り。
地下で、何かが軋む。
ユージの顔が青ざめる。
「……これ、やらかしてないか?」
神楽耶は遠くを見つめる。
「山脈を穿ったの」
ゴゴゴ……。
長く、重い振動。
まるで、地下深くで巨大な門が開く音。
その瞬間。
リシュンとアルノルトが同時に顔を上げた。
視線が合う。
三秒。
同時に、にやり。
「通った」
「抜けたな」
「何が通ったんだよ!」
ユージの叫びが荒野に響く。
二人は答えない。
ただ、山を見つめている。
――魔王軍陣中。
「命中確認。敵幻影、消失」
副官が報告する。
サムは頷く。
「やはり」
「追撃は?」
「不要です」
副官が驚く。
「なぜです?」
サムは静かに答える。
「幻影だったことが答えです」
「彼らは、戦闘を望んではいない」
「我らが応じる理由もありません」
撤収命令。
だが。
サムの視線は、山に固定されていた。
(あの角度……)
(あの位置……)
偶然か?
いや。
まるで。
撃たせるための配置だったかのように。
(我らは、利用された?)
胸の奥に冷たい感覚が走る。
幻影を見破ったはずだ。
だが。
何かが、噛み合っていない。
(もし、あれが計算の内なら――)
ユージという男は。
我らより、一手先を見ている。
サムの背筋を、微かな寒気が走った。
「撤収」
戦術的勝利。
それで十分。
だが疑念は残る。
そして疑念は、やがて畏怖へ変わる。
――荒野。
砂煙が晴れる。
一直線に削られた大地。
山へと繋がる溝。
神楽耶が静かに言う。
「何かが、解き放たれたのう」
地鳴りはまだ続く。
ユージは空を見上げる。
「頼むから、悪い方向じゃないことを祈るぞ……」
遠く。
山腹の奥。
氷の層のさらに下。
長く閉じ込められていた水脈が。
亀裂を見つけ。
ゆっくりと。
確実に。
流れ出そうとしていた。
それはまだ、誰の目にも見えない。
だが。
世界の底で。
水は動き始めている。
――そして。
水は、剣よりも強い。




