第33話 月影の宴旅団
空白地帯の中央。
朽ちた砦跡を改修した月影の宴旅団の拠点。
石壁の一室に、タスクフォースの一行は通された。
敵意は感じられなかった。
お互い、武装したまま。
微妙な緊張が流れる。
神楽耶は小さな卓に腰掛けていた。
足はぶらぶらしている。
だが、その目は鋭く光りを放ち、すべてを達観しているかのようだった。
「まず、誤解のないように言っておくが」
アルノルトが口を開く。
「我々はあなたがた王国の敵でも味方でもない」
「そして、魔族に与している訳でもない」
「我々は、我々の意向で動いているのみ」
サトータが静かにに反応する。
「中立、ということですね…」
「言い方は任せる」
神楽耶が扇子をぱたぱたと動かす。
「我らは、微妙な均衡の上に存在しておる」
「ゆえに、均衡の維持を望んでおる」
ユージが腕を組む。
「その均衡が、今崩れそうってことか」
「うむ」
即答。
神楽耶の瞳が鋭くなる。
「王国も魔族も、限界が近い」
「内政が破綻すれば、休戦は簡単に反故にされるであろう」
ナーチャンが頷く。
「双方とも環境破壊による自然災害が増えています」
「魔素濃度の乱れ。土壌劣化。干ばつ」
神楽耶が、静かに言う。
「お互いが自分に都合良く動いた結果じゃ」
「そのくせ、誰も責任を取ろうとはせぬ」
「わらわの父は、その狭間で使い潰された…」
空気が変わる。
ユージが顔を上げる。
「父?」
「おぬしと同じ、召喚者じゃ」
一同がわずかに動く。
「この世界に呼ばれ、魔族との戦に駆り出され、最前線を渡り歩いた」
「英雄と呼ばれ、旗印にされたが」
「一方で補給は乏しく、休む間も無く戦っておったのじゃ」
神楽耶は、淡々と続ける。
「奮闘したが、援軍は来なんだ…」
「勝てぬ戦を、勝てと命じられ続け」
「そして最後は、ここで死んだのじゃ」
神楽耶は、床をつま先で軽く蹴った。
沈黙。
リシュンが難しい顔をして口を閉じている。
神楽耶は目線を上げて、ユージを見る。
「気を付けよ、お主は、似ておるのじゃ」
「英雄として担ぎ上げられ、使い捨てにされるのは、見るに忍び無い」
ユージは眉をひそめる。
「俺は担がれる気ないぞ」
「おぬしにその気があろうがなかろうが、国は英雄を担ぐ気に違いない」
きっぱり。
「王国は、お主に“被害を出さずに終わらせよ”と言ったのであろう?」
ユージが小さく舌打ちする。
「……聞いてたのかよ」
「私が、見ておりました」
誰も居なかったはずの神楽耶の後ろから発せられた声に驚き、
ユージが飛び上がった。
「ビックリした!あんた、どっから出てきたの?」
「仕事ですので」
「盗聴とか、趣味が悪いぞ」
「いえ、諜報活動です」
真顔。
彼女の名は、カセーフ・ハミータ。
月影の宴旅団の諜報担当だ。
神楽耶は気にせず話を続ける。
「被害を出さずに、すべてを終わらせよ、とはな」
「理想としては美しい」
「だがな」
声が低くなる。
「言うは易し、行うは難し、じゃ」
「そして、被害が出た場合、すべてお主に帰する」
サトータが小さく頷く。
「成功すれば英雄として使いつぶされる」
イコタンが続ける。
「しかも、失敗すれば戦犯です」
「厳しい未来しか見えません」
ユージは、静かに息を吐く。
「……知ってる」
神楽耶が、わずかに目を細める。
「では、なぜ受けた?」
少し間。
ユージは肩をすくめる。
「俺が断れば、誰かが同じ立場を押し付けられるだろ」
「他人が苦しむくらいなら、俺たちで挑戦した方がマシだ」
神楽耶が、数秒無言。
そして。
「はっはっは!」
突然笑い出した。
「面白いのう!」
アルノルトがため息をつく。
「神楽耶様、笑うところでは」
「よいよい」
神楽耶は目を細める。
「おぬし、わかっていて引き受けるとは、とんだ大物じゃ」
そして。
少し真剣になる。
「わらわはな」
「奪い合いの未来を望まぬ」
空白地帯を指す。
「ここは、両国が“持て余した土地”じゃ」
「痩せて乾いた土地で、誰も引き受けようとはせぬ」
「なれど、この土地こそが、わらわたちの生きる場所じゃ」
強い意志をその目に溜めて、神楽耶はそう言ったのだった。
その時、黙って聞いていたユージが、ふと呟いた。
「もったいないな」
神楽耶の瞳が動く。
「……なんじゃと?」
「痩せて乾いた土地というが、こんなにも広大な土地じゃないか」
「ここを豊かにすれば、すべて丸く収まるんじゃないか?」
ナーチャンがすぐに否定する。
「土壌は痩せ、魔素は不安定です」
「灌漑も機能していません」
「開発コストは莫大です」
黙って聞いていたリシュンの目が、キラリと光った。
そして、アルノルトも同時に反応。
二人の目が合う。
三秒。
同時に口を開く。
「魔素安定化装置――」
「土壌改良機構――」
「……お?」
「……おお?」
二人の目が輝く。
ユージが青ざめる。
「ん?なんか思いついたの?」
二人が同じように腕を組み、考え込む。
「理論上は可能だ」
「不可能じゃない」
ナーチャンが割って入る。
「採算が取れますか?」
イコタンがにやりと笑う。
「やり方次第ですね」
空気が、わずかに変わる。
神楽耶は、その様子を見ていた。
「ほう」
小さく呟く。
「奪いあわずに済むだけの余剰を作る、か」
ユージは慌てて言う。
「いやいや、そんな大層な話じゃなくてだな」
神楽耶は立ち上がる。
小さな身体。
だが存在感は圧倒的。
「お主」
静かに言う。
「もし、本当に戦い以外の道を示せるなら」
「我が旅団は、お主たちの味方になろう」
沈黙。
王国の面々が神楽耶を見る。
神楽耶は続ける。
「おぬしたちの可能性に賭けてみたくなったわ」
目が鋭くなる。
「じゃが」
「万が一戦になった際には、わらわたちは均衡を守るために動く」
ユージは、少しだけ笑った。
「俺も、戦争で奪い合うのは、性に合わない」
「皆で笑いあう未来を作ろうぜ」
神楽耶が、くすりと笑う。
「気が合うのう」
風が吹く。
空白地帯の草が揺れる。
まだ、何も始まっていない。
だが。
奪うか、作るか。
その分岐点に、彼らは立っていた。




