第32話 事件は現場で起きている
王都――対魔族特別戦略タスクフォース仮設会議室。
机の上には、地図、報告書、統計資料。
空気は、重い。
「結論から言えば――」
ケル・サトータが淡々と口を開く。
「双方とも、引けない状況にあります」
マリナ・イコが資料をめくる。
「干ばつ。土地の荒廃。食糧不足。」
「王国側・魔族側、どちらも内政が限界です」
タケシト・ミザワは腕を組んだまま言う。
「だから外に敵を作る。
典型的なガス抜きだな」
ニシダトの魔導分析も加わる。
「魔族領はここ十年で魔素濃度が変動しておる。
作物収量は三割減」
サナディは短く言う。
「奪わねば生き残れん。
それが現実だ」
沈黙。
完璧な袋小路だ。
ユージは椅子に背を預け、ぼそりと言った。
「そもそもさ」
全員の視線が集まる。
「なんで奪い合う前提なんだ?」
空気が止まる。
「足りないなら――」
頭をかく。
「奪う前に、増やせばよくね?」
「お互いにさ」
静寂。
マリナがゆっくり瞬きをする。
「具体的には?」
「いやだから、食い物とか資源とか。
協力してさ、奪わなくても余るくらい用意すれば――」
ナーチャンが冷静に遮る。
「理想論です」
即断。
「気候は変えられません。
土地も突然増えません。
技術革新も、短期では不可能です」
ユージは口を閉じる。
リシュンが、ふっと笑った。
「……短期では、な」
イコが、にやりとする。
「面白いですね」
二人の目が、危険な方向に輝く。
ユージは嫌な予感しかしない。
「お前ら、二人で思わせぶりな表情してんじゃねえ」
タケシトがぽつりと呟く。
「やっぱ、現場を見ないと始まんないな」
サトータが頷く。
「そうですね。
議論も煮詰まって来ましたし、ここは現地視察ですかね」
こうして。
タスクフォースは、王国と魔族の“間”へ向かうことになった。
そこは、辺境砦よりも北に位置する緩衝地帯。
かつては芳醇な農地だった場所。
しかし今は、見る影も無い荒地。
数日後。
タスクフォースの面々は、現地視察に赴いていた。
草はまばら。
見渡す限り、生き物の気配すら無い。
ナーチャンが静かに言う。
「ここには、どちらの統治も及びません」
「緩衝地帯、という名の放置地帯です」
ユージは周囲を見渡す。
「……もったいないな」
その瞬間。
気配。
サナディが即座に剣に手をかける。
「囲まれている」
風が揺れる。
影が動く。
そして――
木陰から、一人の少女が現れた。
いや、少女の姿をした何か。
白い和装。
長い黒髪。
年端もいかぬ顔立ち。
だが、瞳だけが異様に古い。
「ほう」
小さく笑う。
「これが、例の男か」
後方から、長身の男が現れる。
「神楽耶様、勝手に先走らないでください」
さらに、気配もなくもう一人。
黒子のように風景に溶け込んでいるので、誰も気づかない。
「……」
ナーチャンが低く呟く。
「月影の宴旅団の皆様ですね…」
「我々は、王女直轄の戦略タスクフォースです。
お初にお目にかかります」
ユージが小声で聞く。
「有名なのか?」
「空白地帯最大勢力です」
少女は一歩前へ出る。
「わらわは神楽耶」
胸を張る。
「健気な美少女にして、月影の宴旅団を率いる者じゃ」
百年を生きた二代目。
だが外見は、十代半ば。
ユージは目を瞬く。
「……子供?
しかも、美少女って、自分で言ったぞ」
空気が一瞬凍る。
後ろの長身の男――アルノルトが肩をすくめる。
「その発言、命がいくつあっても足りませんよ」
神楽耶はにやりと笑う。
「よい。慣れておる」
そして、ユージをまっすぐ見る。
「お主、調停官とやらじゃな」
「……まあ、一応」
「聞いておるぞ」
少しだけ声を落とす。
「魔族とやりあって」
「戦わずして退かせたと」
ユージは頬を染めて視線を逸らす。
「なんでお前らにまで俺の黒歴史が伝わってるんだ……」
神楽耶は、くすりと笑った。
そして。
一歩、距離を詰める。
「お主」
声が変わる。
子供のそれではない。
百年の重み。
「このままでは王国にとって都合の良い英雄にされるぞ」
空気が張る。
タスクフォースの面々が静まる。
「そしてな――」
神楽耶の瞳が細まる。
「都合の良い英雄ほど、早く死ぬものじゃ」
沈黙。
ユージの喉が、わずかに鳴る。
「……俺は英雄なんかじゃない」
神楽耶は静かに返す。
「英雄は自ら名乗る者ではない」
「周囲が認めた者が英雄なのじゃ」
風が吹く。
空白地帯の草が揺れる。
「わらわは知っておる」
「国にとって便利な者が、どのような最後を遂げるかをな」
その背後で、アルノルトが目を伏せる。
カセーフは、無言で観察を続けている。
「利用され、消費され、そして忘れ去られる」
「それが“英雄”の末路じゃ」
ユージは、何も言えない。
神楽耶は、ふっと笑う。
「じゃが――」
「お主は少し、自分を軽んじすぎておるな」
視線が鋭くなる。
「まあしかし、戦いたくない者は嫌いでは無い」
そして。
「わらわと、話をせぬか?」
静かな提案。
だが、それは――
空白地帯の風が、盤上の駒を静かに揺らした瞬間だった。




