第31話 戦う理由、終わらせる方法
王都――戦略会議室。
重厚な円卓を囲み、空気は張り詰めていた。
壁面には巨大な魔導投影。
王国と魔族領の国境線。
赤と青で示された支配域。
そして、点滅する紛争地帯。
ケル・サトータが、静かに口を開く。
「本日の議題は、王命に基づく“対魔族戦略の再定義”です」
淡々とした声。
だが隙がない。
「現状、停戦は維持されていますが、均衡は脆弱。どちらかが一歩踏み出せば崩れます」
ヒロ・サナディが腕を組む。
「軍としては、防衛強化を継続する。攻められれば応戦する。それだけだ」
ニシダト・シユキが低く唸る。
「だが、あの幻影兵器のような奇策は二度と通じぬぞ」
視線が、ユージに集まった。
ユージは椅子に浅く座り、頬杖をついている。
(早く帰りたい…)
イコタンが資料をめくった。
「財政状況を申し上げます。両国とも、戦費の余裕はありません」
投影が切り替わる。
穀物収穫量の推移。
災害発生件数。
復旧費用。
右肩上がりの赤いグラフ。
「ここ十年で穀物収量は十二パーセント減少。洪水と干ばつは倍増」
ナーチャンが補足する。
「魔族領側も同様です。魔素濃度の低下、氷河の後退、地盤の不安定化。環境悪化が加速しています」
サトータが結論を述べる。
「領土問題は表層。根底は資源不足です」
室内が静まり返る。
ユージが、ぽつりと呟いた。
「つまりさ」
全員が止まる。
「なんで戦争してるんだ?」
沈黙。
サナディの眉が動く。
ナーチャンが答える。
「領土の奪い合いです」
「だからなんで?
ただでさえ、食料とか足りないんだから、戦争なんかしたら余計にダメじゃん」
ユージは首を傾げる。
「要は、土地が欲しいんだろ?」
「土地そのものではありません。土地に付随する水、穀物、魔素資源です」
「つまり……腹が減ってるってことだよな?」
場の空気が、わずかに揺れた。
タケシトが、にやりと笑う。
「『一番ダメなのは、お腹がすいていること』って、ばあちゃんも言ってたしな」
「ああ、お前あのアニメ映画好きだったな」
そんなふざけた二人を、ナーチャンが冷静に窘める。
「単純化しすぎです」
だが否定はしない。
ユージは机に肘をついた。
「じゃあさ」
皆がユージを注目する。
「足りないのが問題なら、足りなくなくすればいいだろ?」
沈黙。
完全な沈黙。
ニシダトが目を閉じる。
「それが出来たら誰も困らぬわ」
サナディが低く言う。
「まったく……単なる理想論だ」
ナーチャンが、静かに整理する。
「農地は限界です。水源は枯渇傾向。魔素は減少。財政は逼迫」
「“増やせばいい”は、誰もが考えています」
「出来ないから、奪い合うのです」
会議の緊張が、ふっと抜けた。
呆れ。
失望。
サトータが淡々と進行に戻そうとする。
「では現実的案として――」
そのとき。
カリ、と音がした。
リシュンが、机の上の投影図をじっと見つめている。
「……水か」
イコタンが、別の資料を引き寄せた。
「魔族領北部の雪解け量……増えてますね」
サトータが視線を向ける。
「何か?」
リシュンは、わずかに口角を上げた。
「いや、なんでもない」
イコタンも微笑む。
「ですが……面白いですわね」
ナーチャンが二人を見る。
「何を考えているのです?」
リシュンがニヤリと笑って答えた。
「お楽しみは、先にとっとくもんだぜ」
空気が、再び張る。
ユージは、きょとんとしていた。
「さすがリシュン、ちゃちゃっと解決しちゃおうぜ」
誰も答えない。
サトータがゆっくりと言う。
「資源を“増やす”か……」
その言葉は、先ほどまでの「防ぐ」「守る」とは違う響きを持っていた。
ニシダトが低く呟く。
「今までの常識では不可能じゃ…」
だが、その声は先ほどよりも弱い。
ナーチャンは、ユージを見た。
「無責任な発言は慎んでください」
しかし、その瞳の奥にはわずかな思考の光がある。
ユージは肩をすくめた。
「だって、奪い合いなんかしてても、誰も得なんかしないぜ」
タケシトが吹き出す。
「そりゃそうだな」
会議は一旦、散会となった。
誰も明確な結論は出していない。
だが。
退出するリシュンとイコタンが、廊下で小声で何かを話している。
「理論的にはいける」
「財務スキームも検討が必要ですね」
ナーチャンがそれを横目で見る。
(一体、何をひそひそと話しているのかしら……?)
遠く。
王都の窓から見える山並み。
さらにその向こう。
境界の雪山。
まだ、誰も言葉にはしない。
だが確かに――
戦い以外の選択肢が、
まだ誰にも見えぬ形で、芽吹こうとしていた。




