第3話 測れない男は、測られている
扉を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
年の頃は十代後半だろうか。
落ち着いた色合いのローブに身を包み、腰には分厚い書類鞄。髪はきっちりまとめられ、視線は真っ直ぐ――だが、どこか緊張している。
「突然の訪問、失礼いたします」
彼女は軽く頭を下げた。
「私はナーチャン。王城文官局所属です。
本日より、ユージ様の――生活状況の確認と、経過観察を担当することになりました」
「……経過観察?」
ユージは思わず聞き返した。
「俺、もう“不適格”って判断されたはずだけど?」
ナーチャンは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らす。
「はい。公式判断としては、その通りです」
しかし、と前置きしてから、続けた。
「ですが……測定結果に、いくつか“説明不能な点”がありまして」
説明不能。
その言葉に、ユージは内心で肩をすくめた。
「測れなかっただけじゃないの?」
「通常、“測定不能”という結果は存在しません」
ナーチャンは即答した。
「魔力量がゼロであればゼロと出ますし、微量であっても数値は表示されます。
ですがユージ様の場合、魔力が“存在しない”のではなく――」
彼女は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「測定器が、反応そのものを拒否したのです」
「……拒否?」
「はい。古代式・近代式、双方の魔力測定器で同様の現象が確認されました」
淡々とした報告。
だが、その裏には明らかな違和感が滲んでいた。
「つまりは、どういうことだ?」
ユージが言うと、ナーチャンは小さく言った。
「前例が、ありません」
なるほど、前例が無いね。
つまりそれは、”危険人物”と同義だ。
勇者として役に立たないどころか、理解不能な存在。
だからこそ――追い出さず、殺さず、監視する。
「それで、俺を観察?」
「はい。あくまで非公式です」
ナーチャンはそう言って、書類鞄から一枚の紙を取り出した。
「当面の間、宿泊費は王城負担。
城外での行動制限はありません。
ただし――」
彼女は視線を上げ、真っ直ぐユージを見る。
「定期的な報告への協力を、お願いします」
条件としては、まあ悪くなかった。
放置されるより、よほど好待遇と言っていい。
「……俺に、何を期待してる?」
ユージの問いに、ナーチャンは即答しなかった。
数秒の沈黙。
「正直に申し上げます」
そう前置きしてから、彼女は言った。
「私たちは、ユージ様が“何者なのか”分かっていません」
勇者でもない。
魔法使いでもない。
だが、測れない。
「だから――怖いのです」
ナーチャンの声は、少しだけ震えていた。
「だから、見極めたいというのが本音です。
有害なのか、無害なのか……あるいは――」
言葉を濁したまま、彼女は口を閉じた。
ユージは、しばらく黙っていた。
そして、ふっと笑う。
「なるほど。
要するに、俺は“得体の知れない厄介者”ってわけだ」
「……否定はできません」
「正直でよろしい」
ユージは肩をすくめた。
「まあいいや。観察でも監視でも、好きにしてくれ」
その反応に、ナーチャンは少し驚いたようだった。
「……よろしいのですか?」
「拒否して、野垂れ死にコースは勘弁だからな」
現実的な理由だった。
だが、もう一つ。
(どうせ、放っといても何か起きる)
そういう予感が、どこかにあった。
「じゃあ、まずは街を案内してもらえるか?」
ユージが言うと、ナーチャンは一瞬戸惑い、それから小さく微笑んで頷いた。
「……承知しました。非公式ですが」
二人は宿を出る。
石畳の街路。人と異種族が行き交う雑踏。
その中で、ナーチャンは横目でユージを観察していた。
(魔力反応、なし)
(威圧感、なし)
(異常兆候、なし)
――だが。
街の空気が、ほんのわずかに“馴染んでいる”。
その違和感を、彼女はまだ言語化できなかった。
この男が、
世界を揺らす存在になるなど――
この時点では、誰も想像すらしていなかったのだから。




