第28話 禁断のメギドの火
夜。
砦の一角、即席の宴席が開かれていた。
酒瓶が並び、兵士たちが肩の力を抜いて笑っている。
リシュンは上機嫌だった。
「で? リーダーの世界には、本当に空を飛ぶ戦艦があったのか?」
「いや、あったっていうか……物語の中の話だよ」
ユージは杯を傾けながら、少しだけ懐かしそうに空を見上げる。
「宇宙を航行する巨大戦艦でな。主砲がとんでもなくてさ」
「主砲?」
「そう。艦首がぱかっと開いててさ――」
手で形を作る。
「エネルギーを収束して、一撃で艦隊を薙ぎ払う」
兵士たちが「おお」と声を上げる。
リシュンの目が、危険な輝きを帯びた。
「収束型エネルギー兵器……」
「いやいや、実在しないからな? アニメだからな?」
「名称は?」
ユージは酔いも手伝って、あやうく口が滑りかけた。
「……波動、いや、名前は……まあいいじゃん」
(最近、コンプライアンスがうるさいからな)
しかしその瞬間。
「波動……なるほど、そうか!」
リシュンの中で、何かが弾けた。
翌日。
砦の対面の丘に、魔王軍の大軍が姿を見せた。
今までの小競り合いとは一線を画す規模の戦力。
遂に魔王軍が本気で砦を攻め落としに来たのか?
砦にいる第三辺境防衛隊に、かつて無い緊張が走った。
その時、兵士たちの何人かは、砦外壁の上に違和感を感じていた。
そこには、今まで見たことの無かった巨大な装置が設置されていたのだ。
ーレンズが埋め込まれた円筒。
ー幾何学模様の魔導回路。
ー中央に輝く巨大魔導石。
「……おい」
ユージが固まる。
「なんだあれ?」
リシュンが誇らしげに腕を組んだ。
「立体魔導投影装置。完全幻影、名付けて”ヤマット”だ」
「なんだそのネーミングセンスは?」
「で、幻影作ってどうするんだ?」
「当たり前だろ。本物作る時間も予算も無い」
さらっと言う。
「でもな、“本物に見える”」
リシュンがニヤリと笑った。
「さあ、リーダー。例の台詞をどうぞ」
「は?」
「昨夜のアレだよ。あの中二病全開のやつ」
「やらねえし!中2病じゃねえし!」
「リーダーのセリフで動く仕様なんだぜ
もう巨大スピーカーも設置済みだ」
外壁に取り付けられた本物の拡声装置が、ずらりと並んでいる。
ユージは、絶望した。
(あかん…俺の黒歴史が兵器になってしまった……)
だが。
境界の向こうには、魔族の大部隊。
一触即発、待ったなしだ。
「……ちくしょう」
腹を括る。
スピーカーに向かい、咳払い。
低く、重々しく。
「砦の諸君。心して聞いて欲しい」
自分で言っていて、寒気がする。
「星さえ滅ぼしかねない力……」
(やめろ俺!)
「我々は、禁断のメギドの火を手に入れてしまったのだろうか……」
兵士たちが固唾を呑む。
「いや、今は思うまい」
顔が熱い。
「これが試しであるならば、我々はその行動で、良き道を示していくだけなのだ」
「抜錨!ヤマット発進!」
魔導石が唸り、砲身が淡く光り始める。
低音の振動。
リシュンが、幻影のエネルギーを最大輝度にする。
空が、白く染まる。
光の粒子が、艦首に空いた主砲の発射口に吸いこまれる。
ユージの声が再び響く。
「エネルギー充填、120パーセント」
空気が震える。
兵士たちが息を呑む。
と、その時。
境界の向こうにいた魔族軍が、じりじりと後退していった。
そして――
発射準備が整っていた主砲は、直前で停止。
あたりは静寂に包まれ、光が、ゆっくりと消えていく。
ユージは、その場に崩れ落ちた。
「……死にたい」
「もう一生酒飲むのやめる…」
リシュンは感動していた。
「最高だ……」
ナーチャンは、冷静だった。
「抑止力としては、満点ですね」
「最悪だ……」
「また一つ、俺の黒歴史ノートに新しいページが加わってしまった……」
――一方、魔王城の謁見の間。
幹部たちが、さきほどの砦の映像を見ている。
皆一様に、驚愕で顔色を失っていた。
巨大な砲。
そこに収束されるおびただしい数の光の粒子。
そして、発射寸前での停止。
沈黙。
若き魔王アサダは、静かに問う。
「禁断のメギドの火とは?」
軍師サムは、目を細めた。
「世界を終わらせかねない力、という比喩でしょう」
「終わらせ“かねない”」
「ええ。“滅ぼす”とは言っていないところが逆に恐ろしいです」
一拍。
「力を持ちながら、使わないという姿勢が見え隠れします」
アサダの瞳が揺れる。
「では、『良き道を示す』とは?」
サムは、低く答えた。
「撃てるが、撃たない」
「戦えるが、戦わない」
「つまり――戦闘を望まないという意思表示でしょう」
沈黙。
「しかしあれは、十中八九幻影です」
サムが静かに続ける。
「投影構造。実弾反応もありません」
「幻影ですか?」
「ええ」
アサダは安堵しかける。
だが、サムは首を振った。
「しかし、未知の兵器です。確信は持てません」
「……どういうことですか?」
「もし本物だった場合のリスクを、我々は負えません」
「たとえ幻影でも、あの演出は“抑止”として十分機能するということです」
一瞬だけ、笑う。
「巧妙ですね」
「本気で戦いたくない者の思考です」
アサダは、静かに息を吐く。
「つまり……彼は」
「和平に盤面を動かそうとしている」
サムの目が鋭く光る。
「彼は今回、兵器を見せたのではありません」
「我々への強力なメッセージを送って来たのです」
沈黙が落ちる。
アサダは、そっと呟いた。
「……恐ろしい男ですね」
サムは頷く。
「ええ」
(我々の想像の遥か上を行く形で、均衡を揺らしてくる)
その頃、砦では。
ユージが床に突っ伏して悶絶していた。
「みんな、頼むから忘れてくれ……」
だが。
魔王軍は戦わずして撤退した。
そして均衡は、確実に形を変え始めていた。
和平という、誰も本気で信じていなかった未来へと。




