第18話 おっさん、新たな肩書きをもらう
問題は、翌日だった。
ユージは、村の外れで柵の修理をしていた。
木槌を持ち、釘を打つ。
「……俺、何してんだろうな」
勇者でもなければ、兵士でもない。
言うなれば、村の雑用係。
そんなことを考えていると――
「ユージさーん!」
村の若者が、全力で駆けてきた。
息が切れている。
「ど、どうした?」
「王国から……使者が……!」
「早いな!」
嫌な予感しかしない。
⸻
村の広場。
昨日より人数が多い。
王国兵ではない。
だが、身なりが整っている。
中央に立つ男は、書類を抱え、やたら姿勢が良い。
「……官僚系だな」
直感が告げていた。
⸻
「失礼」
男は、丁寧に頭を下げた。
「王国中央監査局、臨時特命官補の――」
「長い!」
「失礼しました。
使者です」
潔い。
⸻
「用件は?」
ユージが聞くと、男は一枚の書状を広げた。
「王国評議会の決定を、正式に通達します」
(これ、絶対にアカンやつや)
⸻
「ユージ殿」
男は、はっきり言った。
「あなたを――」
一瞬、間を置く。
「《辺境調停官》に任命します」
「……は?」
村人たちが、ざわめいた。
「ちょうてい……?」
「官?」
「え、偉いの?」
ユージは、完全にフリーズした。
⸻
「説明します」
使者は、淡々と続ける。
「辺境調停官とは」
・王国直轄ではない
・だが王国の“意思”を伝達される立場
・軍事指揮権はない
・命令に対する拒否権はない
・ただし、辺境で起きたことの責任を負う
「……要約すると?」
「便利な緩衝材です」
正直過ぎるだろ!
⸻
「ちょっと待て」
ユージは、頭を押さえた。
「俺は、こんな辞令に同意していない、というか打診されたことも無いぞ」
「承知しています」
「じゃあなぜ?」
使者は、にこやかに答えた。
「拒否された場合――」
一拍。
「“王国が対話の手段を失った”と
魔族側に誤解されるでしょう」
「……」
「結果として、
この村は戦場になりますね」
村人たちが、息を呑んだ。
⸻
「つまり」
ユージは、遠い目をした。
「選択肢は?」
「ありません」
「クソゲーじゃねえか」
⸻
沈黙。
風が吹く。
ユージは、村を見た。
守ろうとした場所。
気づいたら、守りたいと思っていた場所。
「……条件がある」
使者が、頷く。
「どうぞ」
⸻
「俺は、王国の命令を“実行”しない」
「……?」
「必要だと思えば、魔族側に伝えるだけだ」
「それは……」
「判断は、現地でやる」
「……」
「あと」
ユージは、真っ直ぐ見た。
「俺の裁量で、
王国兵を引かせる権限を寄越せ」
使者は、初めて表情を変えた。
⸻
「それは……」
「無理と言うのか?」
「前例が、ありません」
「無ければ作れ、簡単なことだ」
「……」
使者は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「では、我々の方からも条件を付けましょう」
「聞こう」
「魔族との直接交渉は、
“非公式”にしてください」
「もちろん、最初からそのつもりだ」
俺の意向が王国の意向だと思われたら、こじれた後が厄介だということだろう。
⸻
「……わかった」
ユージは、深く息を吐いた。
「受けよう」
村人たちが、ざわっと沸いた。
「勇者様……!」
「官様……!」
「やめて!」
即座に否定。
「どっちも違う!」
⸻
使者は、深々と頭を下げた。
「これで――
あなたは王国と魔族の“境界”になりました」
「そりゃどうも」
「歴史とは、そういうものです」
やめてくれ、重すぎる。
⸻
夜。
焚き火の前。
ユージは、一人ぼやいた。
「……肩書き、増えすぎだろ」
勇者(非公式)。
旅人(自称)。
辺境調停官(公式)。
「そのうち名刺が必要だな」
火の向こうで、村人が安心した顔で眠っている。
「……呑気なもんだ」
ユージは、立ち上がった。
「もう関わっちまったからな。
でも、あいつらを巻き込まずに済むなら、まあいいか」
⸻
その頃。
森の奥。
魔族の角の女が、報告を受けていた。
「王国が、肩書きを与えたそうだ」
「ほう」
彼女は、楽しそうに笑った。
「つまり――」
目を細める。
「正式に、面倒な存在になったというわけだ」




