第15話 おっさんは、村を出なかった
結論から言うと。
ユージは、その村を出なかった。
いや、違う。
正確には――出させてもらえなかったのだった。
朝。
こっそり旅立とうと思い、村の入り口に差し掛かったユージの前には、
見事な人垣が出来ていた。
老若男女、総出。
「勇者様、もうお発ちに?」
「まだ早いですよ!」
「せめて朝食を!」
「いやもう無理!今朝だけで三回も食べたんだよ!?」
⸻
村長が、深刻な顔で進み出る。
「勇者様……正直に申し上げます」
「うん、なに?」
「王国兵が戻らなかった件ですが」
「うん」
「別の部隊が派遣される可能性が高いと思われます」
「……だよね」
まあ、普通に考えると、そうなる。
⸻
「そして」
村長は、深く頭を下げた。
「勇者様がこの村を去られた後を見計らって
やって来るでしょう」
「……」
「こんな寂れた村、さほど税収が上がる訳ではありません」
「ですが、ほとぼりが冷めるまでは――」
村人たちが、一斉に頭を下げた。
「勇者様!どうか、
どうかもう少しだけ……!」
⸻
ユージは、頭を掻いた。
「……まあ、気持ちはわかるんだけどさ」
ゆっくり、言う。
「俺、勇者じゃないんだよね」
「なんて言うか、勇者認定されなかった残念な奴って感じ?」
「承知しております!」
「王国とも、今あんま良い関係じゃない」
「それでも!あなた様は我々を救ってくださった!」
「魔王討伐とか、無理なんだけど?」
「まったく構いません!」
村長としての期待と不安が、同時に押し寄せてくる。
⸻
「……はぁ」
ユージは、空を見上げた。
王都の空より、ずっと近い。
「わかった。
ほとぼりが冷めるまでだぞ」
村人たちの顔が、一気に明るくなる。
「本当ですか!?」
「それと、条件がある」
空気が、引き締まった。
「俺を勇者扱いするな」
「……?」
「俺は、特に何もしない」
「もちろん、力仕事や農作業は手伝う」
「ただで泊めてもらう訳にはいかんからな」
「では、我々はどうすれば……?」
「自分たちで考えて、動け」
ユージは、真っ直ぐ村長を見た。
「俺は、最悪の時の頼りない保険だと思え」
⸻
沈黙。
やがて、村長が頷いた。
「……それで、十分です」
⸻
その日から。
ユージの生活は、一変した。
畑仕事。
柵の補修。
魔物避けの簡易結界。
「おい、あれって勇者様だよな?」
「なんで勇者様が力仕事なんかしてんだ?」
「なんでも、ご自分から言い出されたそうだ」
「そらまた、変わった勇者様だな」
「そうさ。でも、そのおかげで俺たちはめちゃくちゃ助かってるんだ」
「ありがたいお方だぜ」
村人たちが口々に噂していた。
⸻
夕方。
見張り台の上。
ユージは、遠くの森を見ていた。
「……何か来るな」
気配。
人ではない。
魔物――
いや、知性のある何か。
そのとき。
背後から、声。
「やはり、ここにいましたか」
振り返ると、
フードを深く被った人物が立っていた。
老人。
杖を持つ、魔道士。
「誰?」
「通りすがりの、魔導士です」
老人は、ユージを見つめた。
「あなたが、噂の“新しい勇者”ですね」
「違う、勇者ではない」
即答。
「ですが」
老人は、微笑んだ。
「魔族側も、あなたに注目している」
ユージの表情が、変わる。
「……何故だ?」
「監視対象として」
「買い被りだ」
「あなたが思っている以上に、
……あなたという存在は、脅威なのです」
老人は、意味深に言った。
「それに――
“未知の力”には警戒を怠らないことが大事だとは思いませんか?」
⸻
「これは忠告です」
老人は、踵を返す。
「あなたの持つ得体の知れない何かと比較して、この村は、脆弱すぎる」
「……何が言いたい」
「王国、もしくは我々があなたに対抗すべく全力で攻めたとしたら」
「こんな村など、跡形も無く消え去るでしょう」
老人は、振り返らずに言った。
「どうやって戦いを避けるのか?
……あるいは選択を、迫られますよ」
「俺に、トリアージをしろというのか?」
「ははは、どう取られるかは、あなた次第です」
と、その時。
風が、強く吹いた。
ユージが気付いた時、既に老人の姿は跡形も無く消えていた。
⸻
夜。
焚き火の前。
ユージは、一人考えていた。
王国。
村。
魔族。
「……ほんと、想定外ばっかだ」
だが。
逃げるという選択肢は、なかった。
「居座るつもりは、無かったんだけどな」
火の向こうで、村の子どもが笑っている。
「しゃあない……もう少しだけ」
ユージは、立ち上がった。
「付き合うか」
「俺に何が出来るかわからないけどな」
そう言って、苦笑いを浮かべながら、ユージは宿に戻っていったのだった。




