お疲れでも頑張ってください
煌びやかな舞踏会の余韻が、まだ王都の夜空に漂っていた。
音楽が止み、客人たちの笑い声が遠ざかっていく。
長い時間、笑顔を絶やさずに立ち振る舞っていたレティシアは、帰りの馬車の中で既に舟を漕いでいた。
王都からレティシア家までは、馬で数時間はかかる。
車だったら1時間もかからない距離だろうが、まぁ…馬だからしょうがない。
夜更けにようやく屋敷へ戻った頃には、エマの方も脚が重く、とにかく眠かった。
ここまで眠いのは勤務先での1ヶ月残業が終わった時だろうか。
「……はぁ。レティシア様、着きましたよ」
「うん……ありがと、エマ……」
答えはまるで夢の中。
靴を脱ぐのもままならず、階段にも躓きかける。
なんとか持ちこたえたレティシアは、ふらふらとベッドへ向かおうとした。
「寝る前にまずはお風呂です!臭いですよ」
「寝ちゃ駄目だの〜…?」
「眠くても駄目です。死にますよ」
「もう、エマってばほんとお母さんみたい〜」
「メイドです」
お母さんかぁ…あと数年生きてられたらお母さんになれたのかぁ…
そんな考え事を回らない頭でしながら、二人は浴室へ。
湯気の立ち込める大理石の湯殿に浸かると、全身がとろけるようだった。
レティシアは湯の中で頬を赤らめ、夢見心地に目を閉じた。
「今日、楽しかったぁ……。エマも来てくれてよかった」
「お役に立てたなら幸いです」
「でもね、途中で抜け出しちゃった。……ベランダで飲んだワイン、美味しかったな」
「……まだ15の未成年です。お酒はお辞めください」
「そういうエマだって未成年じゃないの?」
「私は大丈夫です。もぅ18ですので」
エマは思わずため息をつく。
「お嬢様、お風呂で寝られると溺れますよ」
「一生寝てられるんだったらそれでもいいわ〜」
「じゃあ溺れさせますよ」
「やだ」
湯を出ると、レティシアは髪を軽く拭いただけで、ふわふわのナイトドレス姿でベッドへ直行。
「おやすみ〜……」
ぽすん、と音がして、布団の中に消えた。
「レティシア様!髪が濡れております!ちゃんと乾かさないと風邪を――」
「んー……いいの、エマがあとで乾かして……」
「……それはもう乾いてますよ、私が倒れてる間に」
呆れつつも苦笑して、エマは濡れた髪をタオルで優しく拭った。
月光の中で金糸のように光る髪が、指の間をすべる。
ほんのり甘い香りがして、なんだか心が鼻血が出そう。
すべてを整えて部屋の明かりを落とすと、エマもようやく腰を下ろした。
「レティシア様、私も寝ます」
そう呟いた瞬間、ベッドからひょいと顔を出す影。
「エマ、一緒に寝よ?」
「……」
「広いし、ひとりじゃ寂しいんだもん」
「いえ、私は侍女ですので」
「えま〜……」
その上目遣いに、エマは抵抗を諦めた。
「……今夜だけです」
「やったぁ!」
二人は並んで布団に入る。
いつもは冷たい玄関だった。誰かの温もりなんて感じずに寝てた。
だから…レティシアの温もりが温かい。
温もりが近く、レティシアの寝息が小さく響く。
けれど、その静けさの中で、ふと彼女が目を開けた。
「ねぇ、エマ」
「はい」
「明日も特訓、あるの?」
「お疲れなのは分かっておりますが、あります」
「……何の?」
「色々です」
「……大変?」
「大変です」
レティシアが大きなため息をつく。
「出来るだけ優しくしてね…?」
「約束できません」
そう言うとベッドに顔を埋める。
さて、明日は何をするかな〜。
どうせだし…異世界来たんだから魔法の特訓でもしようかな。




