夜警交代
―――エマが眠るテントの外から、控えめな声がした。
「おはよう、エマさん」
寝袋の中で身じろぎしながら、エマはぼそりと返した。
「……入ってこないんですね」
「いやいや、女性のテントにずかずか入るほど、僕は馬鹿じゃないよ」
少し笑いを含んだ声。
まだ夜が残る空気の冷たさが布越しに伝わってくる。
「もう……時間ですか?」
「うん。そろそろね」
エマはぱちりと目を開けて、寝袋から這い出す前に言った。
「……4時間ずつ交代で見張りをするって、そう言っていたじゃないですか。今4時ですよ……あと2時間しかないじゃないですか」
「いいのいいの。僕、そういうの気にしないタイプだから」
エマは眉を寄せる。
「……なんだか気を使わせてしまって……」
「気にしない気にしない。ほら早く起きて」
そう言うと、オマハは自分のテントに向かう。
エマはテントを開けると、外に置いてあった剣と、起きる途中に温めておいた紅茶の入ったカップを取った。
外はまだ夜そのものだった。
空には星が散りばめられ、雪に囲まれた高所の澄んだ空気によって、まるでどれもが手の届く距離にあるように見える。
前の世界とこの世界では星座も違う。形も違えば、そこに込められる物語も違う。
……なのに。
―――この世界ではより輝いたほうが勝者なの。
だから貴方みたいな一つの輝きすらない女なんて、どうせ皇子にも見捨てられるわ。だから早く居なくなって。
ふと、胸の奥を刺すように思い出してしまった。
あの、ゲームのイベントで。
王城でレティシアが聖女と遭遇するあの場面―――
レティシアが聖女に浴びせる、その台詞。
何度繰り返しでも聞かされた嫌な言葉。
ただのゲーム台詞なのに、妙に胸に残る。
「……より輝いたほう、ね」
エマは一度息を吐いて、星空を見上げる。
もし一番強く輝く星が“聖女”なら―――
そのすぐ傍で、小さな光を隠すように寄り添って輝く二番星が“レティシア”だろうか。
誰よりも優しくて、誰よりも強いくせに。
それを見せるのが下手くそで。
いつも一歩引いてしまう彼女の光は、確かに華々しさは無いかもしれない。
でも―――
私は……あの静かな輝きの方が、ずっと綺麗だと思うんだけどな……
そんなことを考えていると。
ザザッ、と雪の崖下で音がした。
「……魔物?」
エマは音の方向へ目を凝らした。
ぬるり、と登ってきたのは―――
小型の猫のような姿。
ふわふわした毛。
つぶらな瞳。
「わぁ…チークラグドール……?」
エマは拍子抜けするように言った。
この魔物、基本的には人を襲わない。
近年では従魔として飼う者もいるくらいで、警戒心はあるが比較的穏やか。
ただし―――肉が好物で、肉の匂いに弱い。
ラグドールはエマたちのテント周辺をくんくん嗅ぎまわり、エマのほうへ歩いてきた。
……食べ物目当てか
エマは小さくため息をつき、ベルトポーチから干し肉を取り出して投げる。
ぽとっ。
ラグドールは勢いよく食いついた。
しかし、まだ物足りないようで、首をかしげてこちらを見る。
「……現金な奴め」
エマは干し肉を五切れほど投げ渡した。
ラグドールはそのうち二つをその場で貪り、
残り三つはくわえて、満足げにしっぽをふって去っていった。
「……ここらへんが縄張りなのかな…」
*
―――一時間後。
東の空がゆっくりと明るく染まりだし、
日の光が山肌を淡く照らし始めた。
遠くのティナリの街にも光が落ちていく。
空気が一気に動き出す“夜明けの気配”。
「……もうすぐ六時半だね」
「はい。そろそろ行動開始ですか」
エマは剣を腰に下げ、荷物をまとめ、肩からザックを持ち上げた。
オマハも同じように準備を済ませ、二人で朝の澄んだ空気へ踏み出していく。
「じゃあ、2日目最終日―――行こうか!!」
「気を引き締めて行きましょう」
―――最終日、冒険はまだまだ続きます。




