山霧スープ
お湯を沸かしているオマハの横で、
―――あれ、エマさんはどこへ行ったんだろう?
気がつけば、彼女の姿がふいと消えていた。
「まぁ……大丈夫か…」
オマハは雪の積もる大地に座り込み、
鍋の中で揺れる湯気をぼんやり眺めつつ、肉を投入するタイミングを見計らっていた。
お湯がぐつぐつと音を立てて沸騰し始めた頃―――
「よし、そろそろだね」
パゴクロークスの肉を鍋へ入れる。
固く締まった肉は、火が通るまでには時間がかかる。
細かくほぐれるようになるには……最低でも一時間。
一時間後―――。
鍋からいい匂いが漂い始めた頃。
「戻りました」
エマがひょっこり姿を現した。
「どこ行ってたんだい?」
「……なにか食べられるものがないかと思って、探していたのですが……何もありませんでした」
「山菜とか?」
「……はい」
「はは、ここら辺には生えてないと思うよ。魔物にぜーんぶ食われてるだろうしね。っていうか!!」
急に声を強めるオマハ。
「こんな長時間席を外すなら、ちゃんと僕に報告してから行くこと!報告は冒険者の基本中の基本だよ!?」
「……申し訳ございません」
しゅん、と肩を落とすエマ。
オマハは鼻を鳴らしながらも、すぐに頷いた。
「……よろしい!」
エマは鍋の中を覗き込む。
「熊肉……もういい感じですね」
「じゃあ、今から僕は何をすればいい?」
「もう大丈夫ですよ」
「……何もすることないの?」
「はい」
エマは干し肉をちぎって鍋にぽんぽん投入し、
ついでに―――オマハの顔へ干し肉を投げつけた。
「あっぶない!!エマ!君なんでも投げつける癖でもあるのかい!?」
「……なんか、いえ、なんでもありません。雪を溶かしておいてください」
「はは……まったく」
なんとなく腹が立つ、とは言わないでおこう。
オマハが再び雪を鍋に放り込み、水を確保している間、
エマは調味料をぱぱっと入れ、乾パンを砕いて投入し、
塩気と唐辛子で味を整えていく。
やがて―――
「できました。“山霧スープ”です」
素朴。
だが、不思議と身体が温まる香りが漂う。
隣では、並行して焼いていたパゴクロークスの肉もいい具合に焦げ目をつけていた。
二人は焚き火の前に並んで座り、スープの器を手に取る。
オマハがひと口。
「……うん、美味しいね」
「お口に合ってよかったです」
「ところでずっと思ってたんだけど……君、こういう状況に慣れすぎじゃない?」
「……登山の経験がありますので」
「登山中の戦闘も?」
「……ある人のほうが少ないと思いますが」
「だよね。そりゃそっか」
軽い会話とともにスープを飲み干すと、
二人はしばし焚き火を囲んで休んだ。
ふと空を見上げるエマ。
光が一切ない分、星々は驚くほど近く、鮮明だ。
まるで頭上に銀河が落ちてきそうなくらい。
「すごく…綺麗です」
オマハも同じ方向を見ていた。
「ね〜」
凍った空気、雪の静けさ、遠くで鳴く魔物の声。
それでも、この一瞬だけは―――何もかもが穏やかだった。
エマがテントへと入る。
「おやすみ、エマ」
「絶対に入ってこないでくださいね」
「入らないさ。…ただ、交代の時は入って良い?」
「絶対に駄目です」
「じゃあ…僕一人寝ずに見張っとけと?」
「…その時だけです。他で入ってきたら殺します」
「はは、分かったよ」
深い山の夜。
静かな雪の音を聞きながら、エマは眠りについた。




