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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
52/54

準備しましょう

ギルドで臨時パーティー申請を済ませたあと、エマとオマハはそのまま街の大通りへ向かった。

トレントでも一、二を争う登山用品店《シャンクの山嶺(いただき)》。ギルドの冒険者も、登山家もこぞって利用する老舗で、店の外だけでもザックやらピッケルやらが吊り下がっている。


「ここだよ、エマ。必要な道具は大体揃う」


「すごいですね…まるで本格的な…」


店の中はさらに圧巻だった。壁一面に登攀ロープ、厚手のザック、防寒具、魔力炉式ランタン。棚には魔力式の方位羅針盤まで置いてある。


「このお店凄いでしょ?ほら、羅針盤もあるし」


オマハは勝手な様子で歩きながら、ロープの束を一本手に取る。


「長期戦はしないけど、一応は持っておかないとね。標高差が大きい場所は、滑落の危険も増えるし」

「はい。あと、ザックと…地図も必要そうです。あとは非常食…」

「うん。あと、魔物よけとか、簡易テントも持っていこう」


エマは真剣に道具を見ながら、どんどんカゴに入れていく。

そんな中、オマハがふと彼女の後ろから声をかけた。


「ねぇ、エマ。君はさ、どうしてずっと敬語なんだい?」

「えっ…?」


驚いて振り返るエマに、オマハは少し柔らかい目で続ける。


「所作を見る限り、どこかの屋敷に仕えていたのは分かる。ただ…」

「ただ…?」

「どうして僕みたいな冒険者にまで、ずっと敬語なのかが気になってね」


エマは一瞬反応に困り、視線を商品棚へ逃がした。


「それは……その……初めて会ったような人には、つい敬語で話してしまう癖があるんです」


そう――これは前世の癖だ。

ブラック企業で毎日上司の圧を浴びながら働き続けていた頃、

“初対面の相手はとりあえず敬語”という習慣が骨の髄まで染みついてしまっている。


「そういうことか。まぁ、できれば敬語はやめてくれよ」

「…たぶん無理です」

「そんな断言するほど!?」

「なんというか…癖で…」

「まぁいいさ。人の喋り方をとやかく言う筋合いはないし」


―――“とやかく言う”。


その言葉に、エマの脳裏で何かがカチリと音を立てた。


―――君たちの行動にとやかく言う筋合いはないからね。


ゲームの中で、聖女と皇子のパーティーに対し、いつも冷静に助言していた男のセリフ。

オマハ・デスティファー。

ゲーム中盤で事件の真相を解説し、時には観客のように状況を語っていく。

そしてこの小説内でも解説係の立場を確立しつつある稀有な存在なのである。



「レティシアはさ、皇子への毒だろ? 聖女様でも浄化できないほどの。だったら地獄の業火で燃やしてさ、無理やり浄化できるんじゃない?」


あの発言。

彼の何気ない一言が、レティシアの処刑を決定づけたのだ。


これが一番のハッピーエンド…今となっては皮肉なものだ。


エマは商品を選びながら、ぽつりと聞いた。


「オマハさんは…レティシア=ヴァン=クローネのことをどう思いますか?」

「クローネ家? 君の仕えてるところかい? ん〜……弱い家だと思うね」

「弱い…ですか」

「A級冒険者ともなると、国の色んな情報が耳に入るんだよ」

「色々、というと?」

「例えばだけど……レティシアと皇子の婚約解消の件とかね」


―――こ、婚約解消!?


エマは棚越しに振り向き、オマハの顔を睨むように見た。


「ちょ、そんな睨まないでくれよ…」

「再婚約相手は…?」

「相手は確か……聖女だった気がする」

「聖女様とですか…」

「まぁ、皇子が誰と婚約しようがどうでもいいさ。彼の人生は彼が決める。周りのガヤがとやかく言う筋合いはないよ」

「……“とやかく言う”って、口癖なんですか?」

「面倒事に関わりたくないだけさ」


そう言って、オマハは再び荷物選びへ戻った。

エマも黙々と買い物を続け、ようやく必要な品がすべて揃う。


そしてレジへ。


「えーっと…会計は――5800チェルーだよ」

「5800……」


この世界で1チェルー=日本円で約100円。

つまり58万。

メイドの月給は4000チェルー前後、日本円にして40万円。

税金の概念がほとんどなく、生活費も屋敷持ちでほとんどかからないため、貯金はある。あるのだが―――


な、なんという高さ!!いや、物価高すぎる……!! 現代なら10万円もしないはずの量なのに……

確かに高い装備であれば1つで100万とかしないこともないけど…


その顔色を読んだのか、オマハが小声で囁く。


「僕が払おうか?」

「いえ、自分で払います」

「人の親切を無下にするなよぉ〜」


そう言いながら、オマハは少し拗ねたように頬を膨らませた。


エマは仕方なく会計を済ませ、色とりどりの登山用品が詰まったザックを肩にかけた。


「よし! 必要なものは全部揃ったね」


オマハが爽やかに言い放つ。


「それじゃあ……今から行こうか。リトルカグア」


エマは深く息を吸い、そして力強く頷いた。


「……はい!!」


こうして、

“遭難者続出の山”へ向かうための準備は整った。

次に待つのは、標高5000mまでの道のりの3000mの世界。

魔物と、吹雪と、そして何か“得体の知れないもの”が潜むと噂される、恐るべき聖域。


二人の即席パーティーは、ついにその第一歩を踏み出した。



この小説字体エマが主役なので仕方ないというのもあれですが、後2〜3話はレティシア殆ど出てこないのでご了承ください。

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