さて、どの山に行くか選ぼう
「それは―――」
カタリナの声音が沈んだ。
エマはその先を促すように首を傾げた。
「それは…?」
「…あの山、最近遭難者が続出してるんです」
「遭難者ですか…」
「はい。リトルカグアという山の名は“小さな番人”という意味なのですが、その名の通り難易度はかなり高い山です。ただ…これまでも年に数人の死者は出ていましたが、直近3ヶ月ほどで、これまでの累計を越える死者が出ているんです」
エマは眉を寄せた。
「天候が急変するとか…そういう理由ではないのですか?」
「確かにあの山域は標高が高いので天気が変わりやすいのですが…」
カタリナは言い淀んだ。
エマは続きを引き取る。
「…要するに、そこまで激しい風雪が頻発しているわけではない、と」
「はい。それに、リトルカグアは魔物の出現頻度が異常に高い山としても有名なのですが…」
そこでカタリナの声が震えた。
「これまでに、魔物討伐と遭難者捜索のため、30人規模のBランククランが編成されました」
「それで…帰還者は?」
カタリナは凍ったような表情で答えた。
「―――予定帰還時刻を大幅に過ぎて…遠征開始から4日後の早朝。戻ってきたのは、たった1人だけでした」
「……1人だけ?」
「はい。そのクランはBランク以上の冒険者のみで構成されており、先導する3名はAランクの精鋭でした」
エマは思わず息を呑む。
「帰還した冒険者のランクは?」
「Bランクです。帰還時には息もあり意識もあったのですが…懸命の治療もむなしく…」
ギルドの空気が一瞬で冷え切った。
奥のテーブルでカードゲームをしていた冒険者たちですら動きを止める。
「では…リトルカグアは危険すぎると」
「はい。できれば…本当に辞めていただきたいです。それに、現在はAランク以上でなければ入山禁止になっています」
そう言うとカタリナは横目でオマハを見る。
「…僕に彼女を守れと言いたいのかい?」
「もし、彼女が登りたいといえばの話です。あなたと臨時でパーティーを組めばAランク相当の扱いになりますから」
「言わせてもらうけど、彼女のランクはDでもAでもないよ」
「それはどういう…?」
カタリナが首をかしげる。
オマハはわずかに笑い、続けることなく話題を切った。
「まぁ、とにかくだ。危険を犯してまでリトルカグアに登る必要はないんじゃないかい?」
エマは淡々と答えた。
「では、チェチェンホルンでも行きましょうか」
その瞬間、オマハがぼそっとつぶやく。
「……その流れでリトルカグアに行かないことあるんだ」
エマとカタリナがそろってオマハを見た。
「では、貴方が私を――、では貴方が彼女を―――、」
「「守ってくれるんですか?」」
二人して口を揃える。
オマハは頭を抱えた。
「……はぁ。分かったよ。遭難者の捜索も兼ねて行くとしよう。ただし――5000mを高所順応なしで登るのは危険すぎる。3000m近くまで登ったら一度引き返す。それでいいね?」
「…はい」
「よし!! カタリナ、臨時パーティー申請よろしく」
「了解です!!」
その途端、ギルド中がざわつき始めた。
「なんでオマハがあの美女とパーティーを…!?」
「抜け駆けかよ!!」
「羨ましい…羨ましすぎる…!」
「俺も守りたい!!」
「いや、あれは守る側じゃなくて守られる側だぞ…?」
「黙れ、夢くらい見させろ!!」
エマはその騒ぎを完全にスルーしながら、荷物リストを手帳に書き込んでいた。
「…さて。まずは準備ですね」
「ほんと、肝が据わってるよ君は…」
ぼやきながらも、オマハはどことなく楽しそうだった。
―――次なる舞台は…リトルカグア?
ところで、レティシアは今どうなっているんだ?
ま、そんなことはどうでもいいか。




