まだ戦いたいというやつは?
そして―――
エマの足が、誰の目にも止まらない速度で地面を蹴った。
観客席のざわめきが遅れて耳に届く。すでに彼女の姿は、巨体のボスニアの真正面の“懐”へと滑り込んでいた。
「うっそだろ…!?」
ボスニアが驚愕して剣を抜こうとする――が、遅い。
鞘が半ば抜けかけた瞬間には、エマの体勢は―――
「―――レンデルム流打突術 亀甲割り」
鞘に収めたままの剣で“突く”。
直後、大きな衝撃音とともに、ボスニアの胸部の鎧に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
さらに一拍置いて、甲冑が内部から弾け飛ぶように砕ける。
「がはっ――」
泡を吹き、白目を剥き、ボスニアはそのまま地面に倒れ込んだ。
静寂。
本当に、風の音すら消えたようだった。
カタリナとオマハ…いや観客席からの声は震えていた。
「「ほ、本物の…レンデルム流…」」
エマは剣をそっと納め直し、無言で周囲を見渡す。
彼女の一言で、場は完全に凍りついた。
「まだ戦いたい人は…?」
あのモブC級冒険者を含めた全員が、一歩も動かない。
顔を青ざめさせ、尻尾を巻いて逃げる覚悟すら持てないほどに。
ギルドのロビー。
実践形式の試験が終わって一時間が過ぎた頃。
エマは椅子に腰掛けて静かに待っていた。そこへ勢いよく駆け寄ってくる影がある。
「エマさん!! 冒険者カード発行完了しました!!」
息を切らしながらカードを差し出すカタリナ。
その表情はどこか誇らしげだ。
エマはカードを受け取って確認する。
「…D級からですか」
「はい…あの剣技、本当ならばA級でもおかしくないんですが…水晶での計測ができなかったのと、実技だけでは確定できないので…本当にすみません…」
「いえ、D級からでも嬉しいです。ありがとう、カタリナ」
「…はぅっ…!」
その一言に感極まったのか、カタリナはそのままエマへ抱きついた。
と、そのタイミングで、背後から落ち着いた声が響いた。
「ところでさ君はランク制度がどんなものか知っているかい?」
椅子に肘をつくように座りながら、A級冒険者オマハ・デスティファーが言った。
「…いえ、あまり」
「なら、どうせだし教えておこうか」
エマが内心で“こういう解説してくれる人ってどこにでもいるのかな…”と思っていると、カタリナがどこからともなくボードを持ってきた。
オマハが説明を始める。
SS 国家戦力級。一個の国家と軍事的に互角以上
S 化物。世界に数えるほどしかいないが、複数揃えば国が震える
A これより上は国家管理クラス。A級パーティーはS級1名に匹敵
B ベテランの実力者。生活には困らない
C 中堅。戦闘力はBに劣らない者も多いが、対人戦の力量が境目
D 一般冒険者
E ルーキー
F 駆け出し
「―――という感じかな。理解できた?」
「えぇ、一応は」
「ところでさ、君はどうして冒険者に?」
「登山のついでに…魔物素材の売買ライセンスも欲しいので」
「登山かぁ。どこの山に行くんだい?」
「すいません、地図を持ってきてもらえますか?」
「任せてください!!」
カタリナは勢いよく奥から地図を抱えて戻ってきた。
カタリナはそれを広げて指で山脈をなぞる。
「えーっと…高い山だと、パルカティア山脈とトリポリ山脈…あとは独立峰ですが、チェチェンホルンがあります。高さは4000mほどです」
「パルカティアとトリポリの最高峰は何mですか」
「パルカティアはテイガー。3700mですが、切り立っていて剣みたいな山です。トリポリの方はリトルカグア。5000mはないけど、魔物が多い山ですね」
「リトルカグアですか…」
「君は何日の行山予定かな?」
「2日ほどで、行って下りてこれれば…」
その言葉を聞いた瞬間、カタリナが青ざめた顔で声を上げた。
「リトルカグアは辞めたほうが良いです!」
「どうしてですか…?」
「それは―――」




