エマ、あなたは普通じゃないわ
「…では今から私が測ります」
レティシアが笑顔で胸を張った。今日、屋敷の訓練場で行われるのは、エマの体力測定。前話にレティシアが受けたのと同じ内容を、まったく同じ場所・同じ環境で計ることになった。
「えー?エマ絶対いい結果出るじゃん!!」
「いえ…衰えたかもしれませんので……」
「嘘だ!!絶対動けるんだから!!」
測定の主役であるエマは、相変わらず控えめだ。しかし、侍女の制服に動きやすい上着を羽織る姿は、明らかに普通の侍女ではない。髪を結び直し、少しだけ不安そうに深呼吸して訓練場の中央へと歩く。
まずは体格測定から。
身長169cm。レティシアより少しだけ高い。
そして体重――59kg。
エマはその数字を見て一瞬だけ顔を曇らせる。
……太った…?いや、胸が……。しょうがない。前世ではここまで大きくなかったんだし、多少重くても許容範囲、許容範囲……
と、完全に痩せ型なくせに、何故か自分を励ます。レティシアはというと、
「……なんで体重でそんな深刻そうな顔するのよ……」
と小声でつっこみを入れていた。
次は握力。鍛錬場に常備されている測定器具――金属製の非常に硬い引きバネ式だ。
エマが握ると、手首・前腕の筋肉が浮かび上がり、血管がトレーニングの積み重ねを物語る。
レティシア、目を見開く。
カチッ――計測完了。
◆握力
右 61kg
左 56kg
前世の倍……嬉しい……
エマは胸の前でぎゅっと拳を握り、控えめに喜びを噛みしめた。レティシアは思わず呟く。
「…………この時点で侍女じゃないわよね?」
続いて上体起こし。
「これは…得意です。前の……いえ、以前から重点的に鍛えてましたので」
エマは仰向けになり、脚を固定。合図と同時に、目にも止まらぬ速度で起き上がり始めた。
スッ、スッ、スッ!
テンポが落ちない。フォームも乱れない。訓練場に体を倒す乾いた音だけが連続して響く。
◆上体起こし
37回
「あまり落ちてませんでした。維持できてよかったです」
「維持して“37”なの……?」
レティシアの声がもう驚愕を通り越していた。
次は長座体前屈。
風呂上がりや寝る前に、毎日柔軟をしていたというエマ。
計測台に片足を伸ばし、背筋をすっと伸ばして前へ。
◆長座体前屈
70cm
「前より10cmくらい伸びてます……!!」
レティシアが感嘆の声を漏らす。
「むしろどこを伸ばしたらそれだけ伸びるのよ?! 私なんか60いくかどうかよ!?」
「継続は力なり、です」
エマ、満面の笑み。
続いて反復横跳び。
「瞬発力も落ちていると……思っていたのですが……」
そう言った瞬間、開始の合図。エマは地面を蹴った。
タッ タッ タッ!!
動きが速すぎて靴音しか追えない。金髪の馬尾が揺れ、影が二倍にも三倍にも見える。
◆反復横跳び
73回
「は……速……っ!!」
「瞬発力……残ってて良かったです……」
「昨日の縮地技ができればこんなものよね…」
さらに50m走。
エマがゆっくりアップをすると、うっすら筋肉の輪郭が浮く。それを見たレティシアは、
あ、足の筋肉が…すっごい浮き上がってる…
と心の中で叫んでいた。
スタート。
直線を駆け抜ける姿はしなやかで、剣の抜き打ちのように無駄がない。
◆50m走
6.6秒
「走り込んでいた甲斐ありました…」
「運動できる人のそれね…」
次は立ち幅跳び。
地面を蹴り込み、体を伸ばしながら飛ぶ。
◆立ち幅跳び
225cm
「悪くないほうですね……」
「いや十分“良い”だから!!」
最後、ハンドボール投げ。
この世界のボールは動物皮が使われており、少し重く空気抵抗もあり飛びにくい。しかしエマは涼しい顔で構えた。
振りかぶり――そして、投擲!!
まるで砲弾のように飛び、空気を切って一直線に放物線を描く。
◆ハンドボール投げ
41m
「よ、41…」
「肩だけは少し自身がありまして…」
ラストは持久走。グラウンド5周。
タイム計測開始。
最初から流れるように呼吸が整い、手足のリズムも崩れない。ストライドは前より大きく、腕の振りも洗練され、明らかに走ることを知り尽くしているフォーム。
◆持久走
3分39秒
「はぁ……はぁ……良かった、まだ動ける……」
息は上がっているが、限界ではない。レティシアは何度目か分からない驚愕のため息を吐いた。
「あなた……侍女なんかより冒険者なりなさいよ……。この成績で、剣もできて、勉強もできて、顔もスタイルもいい!! 非の打ち所がないじゃない!!」
「わ、私……実はおっちょこちょいです!!」
「フォローになってない!!」
レティシアが思わず張り上げた声が、訓練場に響く。
測定が終わり、並んでベンチに腰かけた二人。
レティシアが不満げに睨む。
「エマ、あなた絶対“普通”じゃないから。あなた本当に私の2個上の17歳…?」
「……普通の17歳ですよ?」
「普通の17歳は50mを6秒台で走らないの!!」
「そうでしょうか……」
照れ笑いするエマ。だが表情はどこか嬉しそうだった。
その横顔を見ながらレティシアは、
強すぎる侍女……いや、もう私より強い……
と苦笑いしつつ、
「でも、頼りになる」
と、小さく、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。




