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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
43/54

エマ、あなたは普通じゃないわ

「…では今から私が測ります」


レティシアが笑顔で胸を張った。今日、屋敷の訓練場で行われるのは、エマの体力測定。前話にレティシアが受けたのと同じ内容を、まったく同じ場所・同じ環境で計ることになった。


「えー?エマ絶対いい結果出るじゃん!!」


「いえ…衰えたかもしれませんので……」


「嘘だ!!絶対動けるんだから!!」


測定の主役であるエマは、相変わらず控えめだ。しかし、侍女の制服に動きやすい上着を羽織る姿は、明らかに普通の侍女ではない。髪を結び直し、少しだけ不安そうに深呼吸して訓練場の中央へと歩く。


まずは体格測定から。


身長169cm。レティシアより少しだけ高い。


そして体重――59kg。


エマはその数字を見て一瞬だけ顔を曇らせる。


……太った…?いや、胸が……。しょうがない。前世ではここまで大きくなかったんだし、多少重くても許容範囲、許容範囲……


と、完全に痩せ型なくせに、何故か自分を励ます。レティシアはというと、

「……なんで体重でそんな深刻そうな顔するのよ……」

と小声でつっこみを入れていた。



次は握力。鍛錬場に常備されている測定器具――金属製の非常に硬い引きバネ式だ。

エマが握ると、手首・前腕の筋肉が浮かび上がり、血管がトレーニングの積み重ねを物語る。

レティシア、目を見開く。


カチッ――計測完了。


◆握力

右 61kg

左 56kg


前世の倍……嬉しい……

エマは胸の前でぎゅっと拳を握り、控えめに喜びを噛みしめた。レティシアは思わず呟く。


「…………この時点で侍女じゃないわよね?」


続いて上体起こし。


「これは…得意です。前の……いえ、以前から重点的に鍛えてましたので」


エマは仰向けになり、脚を固定。合図と同時に、目にも止まらぬ速度で起き上がり始めた。


スッ、スッ、スッ!


テンポが落ちない。フォームも乱れない。訓練場に体を倒す乾いた音だけが連続して響く。


◆上体起こし

37回


「あまり落ちてませんでした。維持できてよかったです」

「維持して“37”なの……?」


レティシアの声がもう驚愕を通り越していた。

次は長座体前屈。

風呂上がりや寝る前に、毎日柔軟をしていたというエマ。

計測台に片足を伸ばし、背筋をすっと伸ばして前へ。


◆長座体前屈

70cm


「前より10cmくらい伸びてます……!!」


レティシアが感嘆の声を漏らす。


「むしろどこを伸ばしたらそれだけ伸びるのよ?! 私なんか60いくかどうかよ!?」

「継続は力なり、です」


エマ、満面の笑み。

続いて反復横跳び。


「瞬発力も落ちていると……思っていたのですが……」


そう言った瞬間、開始の合図。エマは地面を蹴った。

タッ タッ タッ!!

動きが速すぎて靴音しか追えない。金髪の馬尾が揺れ、影が二倍にも三倍にも見える。


◆反復横跳び

73回


「は……速……っ!!」

「瞬発力……残ってて良かったです……」

「昨日の縮地技ができればこんなものよね…」


さらに50m走。


エマがゆっくりアップをすると、うっすら筋肉の輪郭が浮く。それを見たレティシアは、


あ、足の筋肉が…すっごい浮き上がってる…


と心の中で叫んでいた。


スタート。


直線を駆け抜ける姿はしなやかで、剣の抜き打ちのように無駄がない。


◆50m走

6.6秒


「走り込んでいた甲斐ありました…」

「運動できる人のそれね…」


次は立ち幅跳び。


地面を蹴り込み、体を伸ばしながら飛ぶ。


◆立ち幅跳び

225cm


「悪くないほうですね……」

「いや十分“良い”だから!!」


最後、ハンドボール投げ。

この世界のボールは動物皮が使われており、少し重く空気抵抗もあり飛びにくい。しかしエマは涼しい顔で構えた。

振りかぶり――そして、投擲!!

まるで砲弾のように飛び、空気を切って一直線に放物線を描く。


◆ハンドボール投げ

41m


「よ、41…」

「肩だけは少し自身がありまして…」


ラストは持久走。グラウンド5周。

タイム計測開始。

最初から流れるように呼吸が整い、手足のリズムも崩れない。ストライドは前より大きく、腕の振りも洗練され、明らかに走ることを知り尽くしているフォーム。


◆持久走

3分39秒


「はぁ……はぁ……良かった、まだ動ける……」


息は上がっているが、限界ではない。レティシアは何度目か分からない驚愕のため息を吐いた。


「あなた……侍女なんかより冒険者なりなさいよ……。この成績で、剣もできて、勉強もできて、顔もスタイルもいい!! 非の打ち所がないじゃない!!」

「わ、私……実はおっちょこちょいです!!」

「フォローになってない!!」


レティシアが思わず張り上げた声が、訓練場に響く。

測定が終わり、並んでベンチに腰かけた二人。


レティシアが不満げに睨む。


「エマ、あなた絶対“普通”じゃないから。あなた本当に私の2個上の17歳…?」

「……普通の17歳ですよ?」

「普通の17歳は50mを6秒台で走らないの!!」

「そうでしょうか……」


照れ笑いするエマ。だが表情はどこか嬉しそうだった。

その横顔を見ながらレティシアは、

強すぎる侍女……いや、もう私より強い……

と苦笑いしつつ、


「でも、頼りになる」


と、小さく、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。

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