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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
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勉強が嫌いになりそうですか

レティシアの机の上には、山のように詰まれた教材が並んでいた。

代々王族が受け継いできた王国史の厚い本。さらに地理資料として、各都市や地方の交易路・年間の収穫量・土地ごとの税額の変動を示す書物まである。

歴史の地図には、過去三百年の国境線の変化が細かく描かれ、軍事侵攻のルートや外交文書の抜粋まで載っていた。


「領土争いの主因……経済指標の差と軍事要衝の確保……」


レティシアは紙にペンを走らせながら呟く。内容が貴族令嬢の教育としては異様に高度だ。

さらに地理の資料をめくると、主要都市の人口推移グラフ、城塞の特徴、農業様式、外国との海上交易品目までまとめられている。


「これ、中級貴族じゃなくて官僚試験じゃない……?」


レティシアは頭を抱えたが、エマは淡々と次の資料を開く。


「次はこちら。ドラグニウム王国の成立史。歴代国王ごとに政治姿勢をまとめてください」


レティシアは顔を上げ、涙目で叫ぶ。


「私、勉強嫌いになりそう!!」


エマは微動だにしない。


「泣くのは後にして、手を動かしてください」


レティシアは椅子に背を倒しながら呻く。


「あー……もう私の人生の色が灰色に変わっていく……」


しかし地獄は学問だけでは終わらなかった。数学の分厚い本をエマがトンッと置く。


「では数学。こちらの問題を」


広げられたページには見慣れた記号。


sin

cos

tan


一瞬、レティシアは気づかない。

しかしエマは本を覗き込んだ瞬間、眉をぴくりと動かす。


……この世界、三角関数があるんだ……


エマは驚きに目を伏せる。評価する視線でページをめくった。

さらに数学は三角比だけではない。関数に加え、対数・指数・コンビネーション・近似解法に至るまで大学レベルと言って差し支えない内容が並ぶ。


数学だけじゃない……地理、測量法、星の位置を計算する天文学。それに古代遺跡の層構造の解析まで……


どうやらこの世界――

剣や魔法の発展とは逆に、


数学

地学

天文学

考古学


この四分野だけ異様な発展を遂げていた。

望遠鏡が細かく設計され、星の運行表まで作成されている。地図は誤差が少なく、建築や城壁設計には高度な算術が用いられている。


魔法より科学的な学術が進んでいる、とすら思えるほどだ。


「では、角θがこちらの直角三角形において、sinθを求めてください」

「うぅ……三角形と三角関数……中が三角地獄……」


椅子にズルッと崩れ落ちるレティシア。

だが、エマは淡々と追撃を放つ。


「――レティシア様、あと五ヶ月ほどで王立学園の受験になりますが」


バチィッと音がするほど、レティシアの目が見開かれた。


「うそ!? あと五ヶ月!? 五か月しか無いの!?」


エマは静かに手帳を開く。


「五月のお誕生日の際にお伝えいたしましたが……」

「だから最近勉強増えたの……!?剣術も魔法も!?」

「よくお気づきで」


レティシアは机に崩れ落ちる。


王立学園――

国内最高の難度を誇り、毎年の入試倍率は数十倍。

多い年では二百倍近くになることもある。

だが、その分だけ入学すれば最高の教師、最高の授業、最良の推薦と華々しい未来が保証される。

そして何と言っても階級の区別がないこと。お陰で有力な平民などが入学して、現在では国内の有力な官僚として活躍している


日本で言うなら――実質的な「東○大学」。

国の頂点ともいえる存在。


レティシアが悲鳴も出ないほど沈むのは当然だった。


エマは休む気配すら見せず、問題集をめくる。


「では計算が終わったら、先ほどの王国史の続きに戻ります」

「休憩どこ行ったのよぉーーー!!」



数時間後。

猛勉強の末、レティシアの手は震えていた。


エマは湯気の立つハーブティーをそっと置く。


「よく頑張りました。少し休憩を」


レティシアは両手でカップを抱え、魂が抜けた声で言う。


「私、明日朝起きたら数学の記号で唇が動いてそう……」


エマは片付けながら、何とも言えない視線をレティシアへ向けた。


勉強量は足りている。だが――


エマは視線をレティシアの体へと移す。

豊かに育った胸元。柔らかな腕。

脚も頬も――全体的に丸い。


静かに、しかし明確に告げる。


「――レティシア様、痩せましょう」

「え、痩せ……!? ちょ、待って! 私は太ってるの!?」

「貴族としては標準……いえ、標準より少しだけ豊か、です」

「ちょっと! エマァァァ!!」


レティシアは椅子から転げ落ちるように崩れた。


エマは淡々と続ける。


「剣術も魔法も、基礎体力がなければ効果が薄まります。明日より体力メニューを増やします。食事指導も」

「契約にそんなの無かったよ!?」

「努力すべきは学業だけではありません」


レティシアは机を殴りたい気持ちを抑えつつ天井に向かって悲鳴を上げる。


「もー! 王立学園ってなんなのよぉぉぉーー!!」

「――入学すれば、最上の未来が開けます」

エマは片付けを終え、静かにカーテンを閉じた。


今日も屋敷に夜が訪れる。

明日も学問、剣術、魔法、体力作り。

休む暇はない。

だが、それでも前に進むしかない。


最難関の門を突破するために――。

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