レティシア様、実践訓練です
屋敷の中庭を抜け、訓練場へ向かう石畳の道を二人で歩いていく。秋の冷たい風が抜け、木々の葉が一枚、また一枚と落ちていく。エマは手に木剣を、レティシアは腰に吊るした杖を軽く指で叩きながら歩いていた。しかし、道中ずっとレティシアは不満げに口を尖らせていた。
「やだ。私絶対エマに勝てないじゃん。実戦形式とか言ってるけど、どう考えても私負け確定だし」
「負けが分かっているなら、勝つ努力をすればいいのです。練習とはそのためのものですよ」
「言ってることはもっともなんだけどさぁ!魔法があっても意味ないじゃん。だってエマ、魔法使わないん
でしょ?それなのに剣だけで私の魔法に勝つんだもん…意味わかんない。不公平」
エマはレティシアの肩を軽く押しながら進む。
「公平とかではなく、実戦です。敵が自分より強ければ、強い方に合わせて戦わなければなりません。それが実戦というものです」
「や〜だ〜。エマに引きずられて訓練場へ向かうなんて初めてなんだけど」
言いながらレティシアは足を引きずるようにしながら歩く。まるで駄々をこねる子供にしか見えなかった。訓練場の扉が見えてくると、レティシアはさらに渋い顔になり、扉の前でぽすんと肩を落とした。
「……帰っちゃダメ?」
「ダメです」
即答である。レティシアはますます目を細め、まるで「処刑場へ向かう罪人」のような表情で中へと入っていった。
石造りの床に日差しが反射する広い訓練場は、既に道具類が片付いており誰もいない。エマは中央に立ち、軽く礼をして構えた。木剣を両手で握り、無駄のない低い姿勢。剣術家のそれだった。
「ではレティシア様。いつでも始めてください」
「はぁぁぁ……分かったよ」
レティシアは杖を抜き、長いため息をついたあと、杖先を構えた。
「―――ファイアバレット!」
炎の弾丸が四発、雷鳴のような音を立ててエマへ飛ぶ。エマは身体を半歩ずつ滑らせるように動かし、斜めに回り込んで避けていく。まるで風の中を流れる水滴のような軽さだった。
「ちょっ……避けるなぁぁ!」
レティシアはさらに魔力を練り、ごく小さな詠唱で次の魔法を発動する。
「バーニングノヴァ!」
レティシアの周囲に炎が一瞬集まり、次の瞬間――爆ぜた。激しい熱風と火炎が同時に広がり、床を焦がす。レティシアは少し身を引いて目を細める。
「ふっ……どう?これなら――」
しかし言葉は最後まで続かなかった。
爆炎の中心からエマが消えていた。
「え?」
空気を切り裂く音。床に一拍遅れて響く靴音。
「―――レンデルム流縮地術 龍流闊歩」
エマは一直線にレティシアへ迫り、木剣の先で優しく、しかし確実にレティシアの額へコツンと当てた。
「痛っ……!え、今何!?何が起きたの!?」
エマは淡々と答える。
「制御のなっていない広範囲魔法は敵の意表を突くかもしれません。しかし同時に自分にも被害が及びます。そういう技は、魔力操作が確実になってから使用すべきです」
「うぅ……言い返せない……」
レティシアはその場にずるずると腰を落とし、とうとう仰向けに寝転がってしまった。焦げた床と天井を見上げ、両手を投げる。
「疲れたぁ……もう無理……」
エマは呆れた溜息をつきながらも、近づいて声をかける。
「お召し物が汚れてしまいます。起き上がってください」
「……少しだけ休憩させて?ほんとに疲れたんだってば……」
子供のように言うレティシアに、エマは仕方なく隣へ膝を折った。しんとした空間に、二人の呼吸だけが響く。
エマは軽く息を整えてから言う。
「……少しだけですよ」
「うん。少しだけ」
レティシアは目を閉じ、疲労と達成感の入り混じった笑みを浮かべた。エマもその横顔を見て、どこか柔らかな笑みを落とす。
静かな訓練場に、ゆるやかな休息の時間が流れていった。
皆さまへ
いつも拙作をご愛読いただき、本当にありがとうございます。今回は、読者の皆さまに大切なお知らせとお詫びをさせていただきます。
本来であれば「一日二作投稿」を掲げ、継続的に作品をお届けするはずだったにもかかわらず、投稿が途切れてしまいました。また、その間、執筆を一時休止していたことについて、事前のご連絡や説明を差し上げられなかったこと、深くお詫び申し上げます。不安にさせてしまった方、更新を楽しみにしてくださっていた方、本当に申し訳ありませんでした。
休止していた理由といたしましては、物語の今後の展開や新章の構成など、作品をより良い形でお届けするため、物語全体の流れを見直し、再構築する時間を頂いていたことによります。ただ進めるだけではなく、皆さまに納得いただけるクオリティを保つために、あえて立ち止まる決断をいたしました。
また、休止中にも筆を止めていたわけではなく、いくつか書き溜めていたものもございます。こちらについては、状況を見ながら少しずつ解放していく所存です。お待たせした分、少しでも楽しんでいただける内容をお届けできればと思います。
執筆はすでに再開しており、今後は投稿ペースを徐々に戻してまいります。すぐに元の速度には届かないかもしれませんが、目標である「一日二作投稿」にも再び挑戦していきます。これからさらに熱を入れて続けていきますので、楽しみにしていただければ幸いです。
改めまして、今回の無断休止と投稿停止について、深くお詫び申し上げます。そして、変わらず応援してくださる皆さまに、心より感謝いたします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。




