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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
31/54

やっとお開きですね

舞踏会の騒ぎもようやく落ち着きを見せ、襲撃…ということになったらしいが、とにかく襲撃の後も、皇子の堂々とした演説によって会は無事に締めくくられた。

人々はまだざわめいていたが、次第に笑い声が戻ってくる。

音楽も再び鳴り始め、舞踏会は平和に終わりを迎えようとしていた。


エマとレティシアもようやく帰る準備を整えていた。

会場の空気はまだ熱を帯びていたけれど、どこか現実に戻ったような、そんな静けさもあった。

二人は並んで歩いていたが、ふとエマの視線が横に逸れる。


「……レティシア様、申し訳ございません。トイレに行ってきてもよろしいでしょうか?」

「うん!!ここで待っとくね?」


レティシアはにこりと微笑んで、手を軽く振る。

エマはそのまま人の流れに逆らうようにして廊下を進み、トイレの方へと足を向けた。

―――入っていくのが見えた。さらりとした髪、そして白のドレス。


入ろうとしたその瞬間―――聖女が、化粧台の上に腰掛け俯いていた

何かを思い出すように動ず、下を見つめている。

エマは無意識に足を止める。


「あの白髪は―――」


そう言いかけた瞬間、聖女がゆっくりとこちらを向いた。

瞳には怒りも焦りもなく、ただ静かな光が宿っていた。


「貴方が何を言おうが、考えようが、自由にしなさい。…でも一つだけ忠告しておくわ」


エマは息を飲んだ。


「行き過ぎた考えと無責任な行動は、貴方だけじゃない。周りの人に被害を与えるってことを―――覚えておきなさい」


その言葉はまるで刃のように静かに突き刺さった。

聖女はそのまま肩を軽く押し、何事もなかったかのように出口へ向かう。


コン、と軽い肩パン。

それだけ。

けれどエマの心臓は一瞬止まったような感覚に包まれた。


息を整え、深呼吸。

侍女として、ここで取り乱すわけにはいかない。

いけない、いけない。キレるな。聖女はあれが普通。

彼女は唇を噛んで、落ち着きを取り戻した。


やがてトイレを出ると、少し離れたところに皇子が立っていた。

壁にもたれかかるようにして、腕を組んでいる。

エマが一瞬立ち止まると、彼は穏やかに微笑んだ。


「それで―――決めてくれたかい?」

「…なんのことでしょうか」

「ほら、勉強だよ。教えてくれないのかい?」


その笑みは優しげでいて、どこか探るようでもあった。


「あぁ…申し訳ございません。ここ数日は予定で埋まっておりまして。また後日、連絡させていただきます」

「はは、全く。俺のこと嫌いかい?―――まぁ、待っているよ」


軽く片手を上げて、皇子は人混みの中へと消えていった。

エマは小さく息を吐き、レティシアのもとへと戻る。


「お待たせしました」

「ううん!!ちょうど帰ろうと思ってたところよ」


二人は馬車へと乗り込む。

静かな揺れが心地よくて、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。

座席は向かい合わせ。

エマとレティシア、ちょうど1対1で座るような形だ。


「……あれ? エマ、腕のところ怪我したんじゃないの?」

「…?」


エマは袖を見た。

さっきまで確かに血で滲んでいたはずの布が、今はもう乾いてすらいる。

そのことにレティシアが気づいた瞬間、目を丸くする。


「さっきまで血だらけだったのに…?」

「どうして―――」


そう、舞踏会会場に戻ってきた時。

レティシアは必死にエマの腕に布を巻こうとしていた。

「動かないで!!今押さえるから!!」

「大丈夫です、これくらい直ぐに止まりますから―――」

「いいえ!!駄目よ、直ぐに処置しなきゃ!!」



「怪我していたはずなのですが…」

「分かったわ!! エマは怪我の治りが異常に早いのよ!! 私、本で読んだことあるわ!! なんとか体質…」

「流石本の虫なだけありますね…治宿体質です。」

「そう!!それ!! 魔力を使用して怪我を素早く治すやつよね!?」

「はい、あってますとも。」


レティシアは「やっぱりね!!」と誇らしげに頷く。

けれどエマはその視線を外して、窓の外に目を向けた。

馬車の窓に映る自分の顔には、もう血の跡はない。


……これまで何度も怪我はしてきた。

でも、こんなに早く治ったことはなかった。


一体、何が―――。


エマは小さく息を呑み、目を閉じた。

馬車の揺れが、妙に心地よく感じる。

レティシアは窓の外を見ながら、穏やかに笑っていた。


―――夜の王都は、まるで何事もなかったかのように、静かに光っていた。

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