ほら、起きてください
この世界の朝は、どうしてこうも早いのか。
カーテンの外では鳥がさえずり、廊下の向こうからはメイドたちの忙しない足音。私はトレーを抱えて、今日もお嬢様の部屋へ向かう。
転生してから、もう一週間。
かなりパニックだったけど、今では掃除も紅茶の準備もすっかり板についてきた。
人間、慣れるものなんだなぁ……前世の会社でも、これくらい早く順応してたら過労死しなかったかもしれない。
あれかな。このエマの記憶。体が覚えてるとかかな。
「……んぅ……おはよう、エマ」
レティシア様が、まだ半分夢の中みたいな声でつぶやく。
金色の髪が枕の上に広がって、朝日に透けて輝いている。寝癖でハネてるけど、それすら尊い。
「おはようございます、レティシア様。朝食の支度が整っております」
「……あと五分……」
出た。“あと五分”詐欺。昨日も十五分寝坊して遅刻ギリギリだったくせに。
この世界にもこれはあるのだな…時間詐欺。
私はおもむろにカーテンを開けた。
ぱっと光が差し込んで、彼女が布団を頭までかぶる。
「敵ね……太陽……」
「お嬢様、それ毎朝言ってます」
「恒例行事よ……」
「恒例行事やめましょう」
諦めたように布団の中から腕がぴょこんと出て、私の袖を掴む。
「エマがいないと起きられないの」
「そんな可愛いこと言っても起きませんよ」
「……じゃあ、ドレス選んで」
ほら、結局起きる。単純。かわいい。
鏡台の前で、私は彼女の髪をとかしていく。
櫛を通すたび、ふわりと花のような香りが漂う。
ぐぁぁぁ…いい匂いだ。倒れてしまいそう。
「ねぇ、エマ」
「なんでしょうか?」
「あなたの手、あったかいわね」
「そうですか?いつも冷え性なんですけど」
「じゃあ、私の手が冷たいのね…あっためて?」
いきなり両手を重ねられて、心臓が跳ねた。
ちょ、ちょっと!距離近くない!?
しかもそのまま、にやっと笑って――次の瞬間、背中に柔らかな温もり。
「れ、レティシア様!?」
「おはようのハグよ〜?だめ?」
「だ、だめじゃないですけど!!」
耳元で小さく笑う声が、反則的に甘い。
ぐっ…血を吐いてしまいそう。
「今日も、がんばりましょうね、エマ」
「……はい」
顔が熱くて、まともに返事できない。
こんな朝が、あと何回続くんだろう。
でも――できることなら、ずっとこのままでいい。
不器用で少し甘えんぼなこの人を、私は今日も支えたい。
だって、彼女が笑ってるだけで、私だって笑顔になれるんだから。




