戦いに決着を
聖女のドレスが揺れる。審判の声が響いた瞬間、レティシアは静かに息を吐いた。
結果は―――聖女の勝利。だけど、不思議と心は穏やかだった。
皇子の腕に聖女が寄り添い、会場の視線を集める。
あの二人は本当に絵になる。あれだけの美男美女、憎らしいほどお似合いだ。
だけど、今のレティシアの胸に広がっていたのは、悔しさよりもどこか温かい気持ちだった。
やっぱり…綺麗だな。お似合い。
たしかに負けた。けど、踊っている最中に見た皇子の表情。
ほんの一瞬だけ、彼は聖女を応援していたようにも見えた。
そう思えば、不思議と納得できてしまう自分がいる。
グラスを取って、軽く口をつける。気を落とすわけにもいかない。
レティシアは微笑みを浮かべ、再び喧騒の中に歩み出した。
「レティシア様、とても素敵でしたわ!」
「負けてしまったなんて信じられないわ!本当に綺麗だった!」
令嬢たちが次々に声をかけてくる。その言葉が胸に染みて、少しだけ涙が滲む。
「―――ありがとうございます!!」
その笑顔は、悔しさではなく確かな成長の証のように輝いていた。
その頃―――
ベランダの手すりを軽く乗り越えて、エマは庭園へと降り立った。
ドレスの裾を片手で押さえながら、暗がりの中を見渡す。
「…居ない、逃げられた…?」
さっき視線を交わしたあの白髪の男の姿がない。
だが、胸の奥に嫌な予感が広がる。もしや、狙いは―――レティシア?
―――その瞬間、背後から冷たい手が口を覆い、同時に首筋に強い圧がかかる。
「―――っ!!」
呼吸が詰まる。
う、後ろから…!?
だがエマ、体術だけは誰にも負けない。前世で色々習っていたのだ。
右肘を思い切り後ろに突き上げる―――鳩尾に、クリーンヒット。
「―――ぐっ!!」
相手の手が一瞬緩んだ。すかさず左肘でもう一撃。
「ぐはっ!!」
さらに、ハイヒールのかかとを思いきり相手の足の甲へ叩き込む。
鋭い音と同時に、相手の呻き声が漏れた。
「あぁぁぁ…!!」
エマは身を翻して距離を取る。
月明かりに照らされた男の顔を見た瞬間、息が止まった。
「―――白髪野郎」
間違いない。街道で盗賊を仕向けてきたであろう張本人。
なんで…ここに…?
庭の奥では音楽が鳴り、舞踏会の喧騒が響いている。まだ誰もこの異変に気づいていない。
このまま戦えば、すぐにバレる。レティシアに余計な心配をかけるわけにもいかない。
でも、ここで逃がせばまた襲われる。
喉元をかすめるような風。男が剣を抜いた。
エマは太ももの短剣に手をかけたが、わずかに動きを止める。
どうする…逃げるか、それとも…ここで決着をつけるか
胸の鼓動が、やけにうるさく響いた。
「さあ―――どっちにしようかしら」
自分に問いかけるように呟いた声が、夜の庭に静かに溶けていった。




