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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
23/54

令嬢としての"当然"です

レティシアの「綺麗になりたい」という一言から、静かに、だが確実に地獄の七日間が幕を開けた。


「ではまず、背筋を伸ばしてください。貴族令嬢の姿勢とは、呼吸の仕方から始まるのです」

「す、吸って、吐いて……って、これ……苦しい……」

「苦しいくらいがちょうどいいです。聖女様は、きっと呼吸すら美しいでしょうから」

「うぅ……」


エマは笑顔を崩さない。だがその笑顔の裏は、鋼のように厳しい。

レティシアは肩を落としながらも、言われた通りに背筋を伸ばし、歩き方、座り方、指先の動きに至るまで徹底的に矯正された。


午前は姿勢と礼儀。午後は教養と会話の練習。

「淑女は話すよりも、聴くことで品を見せるのです」

「じゃあ私、黙ってればいい?」

「そうではありません。“聴くように見える話し方”です」

「そんな難しいこと……!」

「出来ます。やります。」


夜には、控えめなキャンドルの光の下で読書と所作の復習。

何度も本の上に突っ伏して眠りそうになるレティシアを、エマが軽くつついて起こす。

「……寝てはいけません。努力の途中で眠るのは、美しさを途中で放棄するのと同じです」

「ぅうぅ……わたし、ただの令嬢なのに……」

「ただの令嬢ではありません。だから誇りを持って美しくあってください。」

エマの声は厳しくも、優しく包み込むようだった。


三日目。

今度は体の美しさを磨く番だ。

「では、軽く運動を始めましょう。美しい姿勢には、支える筋肉が必要です」

「運動……ですか?」

「はい。聖女様は戦場で癒しの奇跡を使うほどの体力をお持ちです。負けてはいけません。

舞踏会までには間に合いませんが、とにかく2ヶ月ほどします」

エマの指導の下、レティシアはランニング、剣術素振り、軽い筋トレ、そして魔法を使った身体強化まで行った。

汗が髪を濡らし、息が荒くなるたびに、エマは水を差し出す。

「よく頑張りました。これで今日、聖女様をひと睨みできますね」

「……ほんとに睨むの?」

「ええ。品よく。」


四日目の午後、ドレスの仮縫いの時。

鏡の中に映る自分の姿を見て、レティシアは小さく息を呑んだ。

背筋はまっすぐで、姿勢も自然に美しい。

「……私、少し……変わったかも」

「ええ。ようやく、“自分を見て笑える”顔になりましたね。」

エマの声には、わずかに誇らしさが混じっていた。


その夜、食後のティータイムで、レティシアがぽつりと呟いた。

「お、お菓子食べたい……」

「駄目です。聖女に笑われますよ。」

「……えぇぇぇぇ」

「甘さは、努力を腐らせます。代わりに」

「リンゴ……?」

「特別です」

レティシアは口を尖らせながらリンゴをかじり、エマはその様子に小さく笑った。


五日目。

ついに最終調整の日。

立ち姿、歩き方、声の出し方――エマは一切の妥協を許さなかった。

「もう一度。レティシア様、背筋が下がっております」

「はい……っ」

「笑う時は口角を三分の一。目で笑うように」

「こ、こう?」

「完璧です。聖女様が見惚れるレベルですね。」

「そ、それは困る……」


訓練が終わるころには、レティシアの全身が汗に濡れ、息も絶え絶えだった。

だがその顔には、どこか満足げな笑みが浮かんでいる。


エマはタオルを差し出しながら、静かに言った。

「これで、もう誰に笑われても平気です。…美しいです」

「……ほんとに?」

「ええ、本当に」


レティシアは少し恥ずかしそうに俯いたが、その頬にはほんのりと光る自信が宿っていた。

あの日泣き崩れた令嬢の面影は、もうそこにはなかった。

代わりに立っているのは、強く、美しく、そして誰よりも優しい―――

“悪役令嬢”レティシア=ヴァン=クローネだった。

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