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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
22/54

見下してやりましょう

朝の光がレティシアの部屋を淡く照らしていた。

しかし、そこにいる彼女の瞳はまだどこか遠く、どんな言葉をかけても届かないようだった。

「……レティシア様、朝でございます」

エマがそう告げても、返事はない。

それでも彼女は毛布をめくり、支度を整えさせ、食事を運び――まるで“いつも通り”を繰り返す。


「剣の練習をしましょう。少しだけでも、体を動かせば気持ちが晴れます」

「……今は、そんな気分じゃ」

「なら、なおさらです。気分は行動に引きずられますから」


レティシアは渋々立ち上がり、庭の訓練場へと足を運ぶ。

剣を握る手に力はない。それでもエマは何も言わず、優しく見守った。

最初の数振りは、まるで木偶のように鈍かった。

けれど時間が経つにつれて、少しずつ剣筋にかつての鋭さが戻ってくる。


「……ふぅ」

「レティシア様、お疲れ様です。元気を取り戻して来ましたね。」

「……そう、かな」

「ええ。剣は主の心を映します。剣にも活力が見えました」


小さく笑ったような気がした。

その表情にエマは心の底から安堵する。


午前の訓練が終われば、昼前にはいつもの勉強。

最初は文字を追うだけだったレティシアも、次第に数式を書き込むようになる。

「ここ、どうやって解くの?」

「ここは微分ですね。傾きの変化を――」

いつの間にか、以前のような柔らかな声が戻っていた。


昼過ぎには、ほとんど普段のレティシアそのものになっていた。

昼食をとりながら他愛のない話をして、少し笑う。

エマの胸の奥にもようやく小さな希望の灯がともる。

“このまま、元気を取り戻してくれれば――”


そう願っていたのだが―――


夕方、入浴の支度を終えたレティシアを見て、エマが浴室の外に出ようとしたとき、

背後からそっと裾が引かれた。

「……レティシア様?」

振り返ると、レティシアが俯きながら、か細い声で言った。


「……一緒、入って……」


……っくぅ〜…可愛いかよ。血吐いちゃいそう。

エマは一瞬だけ迷い、静かに頷く。

「……かしこまりました」


湯気が満ちる浴室に二人の姿が映る。

白い湯けむりの中、沈黙がただ流れていた。

お湯の表面に落ちる雫の音だけが響く。


やがて、レティシアがぽつりと呟いた。

「……ねぇ、エマ?」

「はい」

「皇子と聖女様って……愛し合ってるのかな」

エマは目を伏せた。

「……そう、かもしれません」

「……そっか。じゃあ、私と皇子は……愛し合えなかったのかな」


彼女の声は震えていた。

小さな笑みを浮かべようとしても、すぐに消えてしまう。

それでもエマは静かに言葉を選んだ。


「愛は、形が違うものです。きっと、レティシア様の想いも……本物でした」


レティシアは俯いたまま、湯の中で拳を握る。

「……うん…そっか、そうだよね。じゃあ私も、頑張らなきゃ……!」


その笑顔には、まだ痛みが残っていたが、確かな力も宿っていた。


しばらくして、レティシアは立ち上がる。

「出よっか」

その背中にエマが問いかけた。


「…レティシア様。聖女様を……見下したいですか?」

レティシアは振り向き、わずかに笑う。

「ん〜……うん」

「では、綺麗になりましょう」

「え……?」

「聖女様は美しい方です。ですが、レティシア様も負けてはいません。だから―――もっと、綺麗になりましょう」

レティシアは目を瞬かせ、思わず笑った。

「でも……一週間でどうこうできるものなの?」

エマは湯気の向こうで胸を張る。

「――させてみせます」


その声に、レティシアは小さく吹き出した。

笑いながら、瞳に光が戻る。


「……よろしくね、エマ」

「お任せください」


夜の静けさの中、湯気がゆっくりと消えていく。

二人の心の距離も、少しずつ温かく溶けていった。

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