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悪役令嬢だって悪くない  作者: めめんちょもり
この不条理を変えてみせる
20/54

お嬢様、泣いても良いんです

トレントの領主館に到着してから、レティシアはずっと自室にこもっていた。

あの日、市場で見た光景――皇子と聖女が並んで歩く姿が、何度も頭をよぎる。

微笑み合う二人。その後ろで、人々が祝福の声をあげていた。

彼女に向けられるはずだった笑顔が、他の誰かに向けられている。

その事実が、胸を締めつけて離さなかった。

そういえば…なんで民衆は皇子が聖女と婚約していると思っているんだ…?

レティシアだということを知らされていないのか…?

しかし―――とにかくレティシアを励まさなくてわ。


エマは何度もノックをした。

「レティシア様……お加減はいかがですか?」

返事はない。

部屋の中は静まり返り、ただカーテンの隙間から差し込む淡い光だけが、床に長い影を落としていた。

それでもエマは扉の前に立ち続けた。どうしても、放っておけなかった。


「……エマ。あの子、何があったのかしら?」

後ろから声をかけてきたのは、レティシアの母――カレンだった。

その瞳には深い心配の色が宿っていた。


エマは唇を噛み、覚悟を決めたように顔を上げた。

「……お話しします。すべて」


エマの口から語られる真実に、カレンの顔が青ざめていく。

信じたくない、けれど娘の様子がすべてを物語っていた。


「そんな……あの子が……」


カレンは震える手で扉を開けた。


部屋の奥で、レティシアは布団に顔をうずめていた。

「レティ……」

優しく呼びかけながら、母はそっと娘の髪を撫でた。

「これが貴方の心の助けになるとは思わないわ。でもね、悲しい時は私たちに話して?一人で抱えないで」


レティシアは小さく身を震わせた。だが、言葉は返らない。


そこにエマが入ってきた。

「レティシア様……私は、貴女の悲しみを全部理解することはできません。でも、どうか一人で泣かないでください。どんな時でも、私は側にいます」


沈黙。

そして次の瞬間、レティシアが顔を上げた。

涙で濡れた瞳が、エマをまっすぐ射抜く。

「そんな綺麗事、言わないで!!貴女は……何も知らないくせに!!」


その叫びと共に、頬を打つ音が響いた。

ビンタの跡が赤く浮かぶ。それでもエマは動じない。


「いいえ、知りたいんです。貴女の痛みを、ちゃんと。だから……教えてください、レティシア様」


その一言に、レティシアの肩が崩れ落ちた。

嗚咽が漏れ、押し殺していた感情が一気にあふれ出す。

「どうして……どうして、私はあの人に選ばれなかったの……!」


泣きながら、レティシアはエマの胸に顔を埋めた。

エマはただその背中を抱きしめ、何も言わずに髪を撫でた。


窓の外では、雨が静かに降り始めていた。

それはまるで、レティシアの涙をそっと隠してくれるかのように―――

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