悪役令嬢だって悪くない
夜の街は、まるで誰かの命を吸い取るように暗かった。
終電を逃してタクシーも拾えず、私はひたすら、ヒールの音を響かせて歩いていた。
「……今日は、残業何時間だ…?」
指折り数えようとしたけど、もう頭が回らない。
なんせ、現在の時刻は深夜1時半。
パソコンのブルーライトを浴びすぎて、目の奥が焼けるように痛い。
目の下のクマはコンシーラーでも隠せなくなって久しい。
髪は乱れ放題で一切と言っていいほど整いがない。散髪屋に行ったのもいつか思い出せない。
それでも、やらなきゃ。明日の会議資料。上司の修正。クライアントの無茶ぶり。
……止まったら、全部が崩れる気がして。
家にたどり着いた頃には、夜明けが近かった。
鍵を差し込む手が震える。
靴を脱いで、一歩、廊下に踏み込んだ瞬間―――世界がふっと遠のいた。
死、一瞬この言葉がよぎる。
重い体が、倒れる感覚もないまま、視界が真っ白に溶けた。
――ふわり、と。
鼻先をくすぐる花の香り。
光がまぶしい。布団が、やけに柔らかい。
「……知らない天井だ…」
目を開けると、見知らぬ天井。
純白のカーテン、金の装飾が施されたドレッサー。
夢にしては、やけに精密だ。
…一度死んだんじゃ?
っていうか!!いま着てるの寝間着?…
しかも、ふわふわのナイトドレス、明らかに高級品……エッ―――
ぼんやりしてると、勢いよくドアが開いた。
「エマ!!なにしてるの、早く着替えなさい!!」
突然の怒声に、思わず飛び上がった。
入ってきたのは、五十代くらいの厳しそうな女性―――いかにも「できる女」って感じの人。
背筋がピンと伸びて、目が鋭い。
でもその声には、どこか心配も混じっているような。
「いつもは一番早いじゃないの!今日はどうしたの!?レティシア様が起きる時間よ!」
「!?」
レティシア様!?
って…誰だ?
どこかで聞いたような名前。
スペインの王妃様だっけ。あの綺麗な人…
頭がぼんやりしていて、すぐには思い出せない。
「ほら、これを着て!」
メイド長らしき人が差し出したのは、黒いワンピースと白いエプロン。
手触りの良い布地。胸元には見覚えのあるリボン飾り。
……あれ、このメイド服。
どこかで、見たことがある。
袖を通した瞬間、整骨院の電気みたいに冷たい電流が走った。
この服、知ってる…うわぁ…嘘。
“レティシア=ヴァン=クローネ専属メイド、エマ・フィールド”―――
それ、『ローズ・オブ・カレンデュラ』のモブキャラ…
「嘘ぉ……」
私がかつて、と言っても社会に出るちょっと前だから3年くらい前。
プレイしていた乙女ゲームの中で、最悪の評判を誇る悪役令嬢。
主人公を聖女に奪われ、聖女をいじめ、そしてすべてを失う―――
なんともテンプレ展開と言わざるを得ないが…
そのレティシアに仕えるメイドが、私!?
頭が混乱して、思わず鏡をのぞき込む。
映っていたのは、栗色の髪を三つ編みにした少女。
目も、顔も、全部、ゲームの立ち絵そのまま。
……こ、これ、ガチで転生!?
やばい!!適応が追いつか―――
「どうしたのエマ!早くなさい!」
メイド長の声に、慌ててスカートを整え、部屋を飛び出す。
「レティシア様、エマがお見えになりました!」
ノックをすると、内側から柔らかな声が返ってきた。
「入って。」
その声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。
覚えてる。この声、ゲームのイベントシーンで何度も聞いた。
けど、ドアを開けた私の目に映った彼女は――想像していた“悪役令嬢”とはまるで違っていた。
淡い金髪が朝日にきらめく。
白い肌。繊細な指先。
彼女は机の上の花瓶をそっと整えながら、こちらに微笑んだ。
「おはよう、エマ。今日はちょーっとだけ寝坊したのね?」
「……!も、申し訳ありません…」
慌てて頭を下げる。
けど、次の瞬間、レティシア様が小さく笑った。
「ふふ、そんなに慌てなくてもいいのよ〜人間だもの、寝坊くらいするわ」
……え
この人、こんなに優しいキャラだったけ…
ゲームの中の彼女は、いつも冷たくて、氷みたいな笑みしか浮かべなかった。
でも、今目の前にいる彼女は――儚くて、少し疲れていて、それでも、ちゃんと笑っている。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
気づけば、私は小さくつぶやいていた。
「……レティシア様、素敵です」
その瞬間、彼女は少しだけ目を丸くした。
でもすぐに、柔らかく笑って言った。
「ふふ……ありがとう、エマ」
あぁ…この人、ゲームの中よりずっと、ずっと綺麗だ。
吐きそう。血を。
よし決めた。
たとえこの世界がバッドエンドでも、私はこの人と一緒に生きてみせる。
現在、私の代表作である「異世界来てもチートはなし!!なので頑張って頂点を目指します」と並行して投稿していきます。
ですので1日に投稿できるのは1作から2作が限界となります。
何卒ご配慮の方よろしくお願いします。
あ、あと
「悪役令嬢が本当に悪いって話、全然見ないんだよね。作者はいつも、悪役令嬢を良く見せるために、色んな言い訳を必死でしてる」
とかいうやつは…ね?




