絶対に近づけるものか
「レティシア様、ここから先はお母様とご一緒にお過ごしくださいませ。領主様との会談もございますし……」
「でも、エマは?」
「私は……ここの侍女の手伝いをしてきます」
「そう?なら気をつけてね。」
穏やかに微笑むレティシアの姿を背に、エマは深く一礼し、静かに館の裏口を抜けた。
石造りの廊下の先、外の風が冷たい。遠くで人々の喧騒が聞こえる。
空には、まるで嵐の前触れのように雲が渦を巻き始めていた。
皇子と聖女……もう、すぐそこまで来てる
このままだと数分もしないうちに館に到着しちゃう。
足音を殺しながら庭を抜け、視界の開けた丘の上に出る。そこから、街道が一望できた。
遠く、金と白の旗を掲げた豪奢な馬車が見える。
――間違いない。皇子の馬車だ。
このままじゃ……シナリオ通りになる。レティシア様が、“悪役令嬢”になる運命を辿ってしまう
いや、もぅなってるかもしれない。…でも!!まだ変えられるかもしれない。
エマは小さく息を吸い込んだ。
――なら、道を変えるしかない。
彼らが、ここに来られないように。
たとえ、一時的でも。
「……イグニス・バーン。」
低く、短く呟いた。
魔力が、喉奥から熱となって走る。
地面が震え、赤い光が迸る。
轟音。
大地を突き破るように、炎の柱が天へと駆け上がった。
高さ二十メートル――まるで地獄の門が開いたかのような轟々たる火柱。
空気が焦げ、熱気が肌を焼く。
だが――まだ足りない。
あの距離では、馬車は止まらない。避難先に館が選ばれる可能性だってある。
「……もっと。もっと!!」
エマは掌を合わせ―――
「ウィンデ・アディクト」
激しく吹き込む風。空気を巻き込み、炎に酸素が注がれる。
轟、と一際大きな爆音。
炎の色が、ゆらりと変わる。
赤から橙、橙から白――そして、青。
青白い火が夜の帳を切り裂き、まるで天を焦がす流星のように輝いた。
街の人々が叫ぶ声が遠くから届く。
「火だっ!!」「領主館の近くだ!!」
これで、来られないはず…!!いつ火柱が倒れるかわからない以上領主館に近づくのはリスキーだ。
それに青色…この世界では青色の炎なんて伝説級の魔法じゃなきゃ出せる色じゃない!!
それに星の色同様、火だって色によって温度が変わる。
赤→橙→黄色→白→青で温度が遷移していくわけだが、その中でも青色は1万℃を超える温度。
だから…近くにいるだけでもかなりの温度。術者である私だってかなり危険な状況。でも…離れるわけにはいかない!!
エマは歯を食いしばり、魔力の制御を切った。
視界が一瞬、白く弾ける。
立っていられず、膝をつく。
だが、炎は――まだ消えない。
「……設置型、成功っ……!!」
息を整えながら、すぐさま館の方へと駆け戻る。
その頃には屋敷中が大騒ぎになっていた。
「外が燃えてるぞ!」「避難を!」
悲鳴と怒号が交錯する中、エマはレティシアたちを探して廊下を走った。
見つけた。
レティシアと母カレンが、領主夫婦と共に混乱の中に居た。
エマは二人に駆け寄り、息を切らしながら叫ぶ。
「二人とも!逃げましょう!!」
「え、エマ!?どうしたの!?」
「火がこちらに迫っています!早く馬車へ!!」
レティシアの手を取る。カレンも戸惑いながらも頷き、三人は裏門へと走る。
屋敷の裏には、私達が乗ってきた馬車があった。
それに乗り込み、エマが手綱を握る。
「しっかり掴まっていてください!」
蹄が地を蹴る音。
焦げた風が、頬を撫でた。
背後で、青の炎が空を裂くように燃え盛っている。
一方その頃―――
街の中心近くでは、皇子が馬車から飛び降りていた。
「何があった!?」
護衛の兵が駆け寄る。
「原因不明です!突発的に炎が発生しました!それに青色です!人為的としか考えられません!」
「誰がこんなことを……」
炎の照り返しが、皇子の瞳に宿る。
だがその隣で、聖女はただ静かに火を見つめていた。
微かに、口角を上げながら。
「やるわね……エマ。上出来よ。」
小さく呟くその声は、誰にも届かない。
けれど、その瞳には明らかな確信があった。




